第48話 シュリにヒール
さて、置き場を移動させたい貴重品とは、クリフォード製のティーセット、給料袋、そして作ってもらったばかりのスリッパだ。
クリフォード製のティーセットは貰ったときのケースに全て納めた。
そしてそのティーセットは俺が持ち、給料袋はシュリ、スリッパが入った籠はティアが持った。
「うわっ、すごい。ずっしり。」
シュリは給料袋の口を開けて覗いたが、何も言わずにゆっくりと口を閉めた。
微妙な表情を見せるシュリに「気にしたら負けよ。」とティアが声をかけると、シュリは無言で頷いた。
なんとも言えない空気感の中、部屋を出てティアの研究室に向かった。今回も研究室に入れてくれない。
「ダメ。男子禁制なの。」
そうするとシュリは入れる?とシュリを見た。シュリはティアを見た。ティアは「シュリは……。」と悩んでいるようだ。
シュリはティアの耳元で何かをささやき、ティアが頷いた。
「コーヅくんは後ろ向いてて。」
この前と同じ展開だなと思い、窓から中庭を見ていた。後ろでドアが開く音がしたが、振り返らなかった。見せなくないのは、部屋が散らかっているとかそんな理由だろうし。
―――
しばらく中庭を見ていたが、中庭には人も来ないし飽きてしまった。なかなか2人は部屋から出てこない。鋭意片付け中なのかな。
俺はふと気付いた壁や床の欠けているところを修復して時間を潰すことにした。壁の欠けていたりヒビが入っているところを魔力を流して綺麗にした。1か所綺麗にすると周囲のヒビなども気になってしまう。あちこちを少しずつ補修していった。
そんなことを続けているとドアが開き2人が出てきた。
「何してるの?」
「壁を綺麗にしてるんだよ。」
「あ、本当だ。さっすが、コーヅ♪今日じゃなくて良いけど残りもよろしくね。」とティアは今日もさらっと図々しい。
「やっぱり凄いな、コーヅくんは。いいなぁ、その多才な魔力が羨ましい。」とシュリが呟いた。
以前、シュリは生物魔術がCランクという事で悲しい顔をしていた。魔力の素質にコンプレックスみたいなのがあるのかもしれない。でも十分優秀だと思うけどなぁ。
ティアはそのまま研究室に残った。
俺とシュリで部屋まで戻り、シュリはそのまま部屋の前の警護に戻った。
部屋では先ほどと変わらず、職人たちが作業を続けていて、コツコツと石を削る音が響いている。
俺は椅子に座って朝の大聖堂での治癒魔術の事を考えた。
患者と魔力を通わせられたけど、悪い部位を感じる事ができなかった。慢性的に悪いところは何となく違和感として伝わってきた。やり方が正しくないのか、それとも感度を高めるように訓練を続けるのが良いのか、さっぱり分からない。
でも分からないことを悩んでても仕方ない。俺は廊下に顔を覗かせて、シュリにコツを聞いてみた。
「正しい状態をイメージしながら魔力を流すだけだと思うけど。それじゃ駄目だった?」と小首をかしげた。
「まだ見習いだから魔力で感じ取るだけだったんだ。だから治すって事はしてないから分からないな。」
「じゃあ、試してみようか?」
そう言ったと思ったら、突然シュリは壁を殴った。
ペチン
「いったーい。」と作ったような可愛い声をあげ、手をぶらぶらしている。
「な、何してるの?」と俺は驚きシュリを見た。
「はい。」とシュリは手を差し出してきた。
「?」
「コーヅくんが治して。」
まじか!?そこまでしてくれるなんて。
戸惑いながらも俺は「分かった。」とシュリの手を取った。
拳からは血が滲んでいる。俺はまず魔力を流しシュリの体の状態を確認していった。
特に引っかかる感じはない。シュリからは何の問題も無いように感じる。
ここまでは今朝と同じだった。今回は怪我を治すために手のひらが触れている部分に魔力を注いでいく。
体が正常な状態を意識する。血が滲んでいるので恐らく切れているであろう毛細血管同士の結合をイメージする。そして炎症を起こしている状態を落ち着かせるために血管の拡張を抑えるようにする。
良くなってきているのか、分からないままに魔力を注ぎ続けた。
「もう大丈夫かも。ちょっと止めてもらっていい?」とシュリに言われ手を離した。
シュリは手を握ったり広げたり、患部を触ったりしていた。
「コーヅくん、上手に治ってるよ。ありがとね。」と笑顔と治った小さな拳を見せてくれた。
「良かった……。びっくりしたよ、急に壁を殴るとか。」
俺はホッと小さく息を吐いた。
「衛兵やってたら痣くらいできるものよ。このくらい怪我の内には入らないよ。」
俺は怪我は怪我だと思うから釈然としない。でも郷に入れば郷に従うべきなんだろうな。慣れるには時間がかかりそうだけど。
「でも、ありがとう。お陰で治療の練習ができたし治せたし。」
俺は自分の治し方の考え方が良いのか悪いのか分からなかったので、シュリに聞いた。
「何なのそれ?」
「体の事を勉強してた訳じゃないからほんの触りだけど。血が出るのは血管が切れるから。だからそこを繋ぐイメージで治療したんだ。」
俺は自分の手の甲の浮き出た血管を指差した。
「それもニホンの知識なのね。他にどんな考え方があるの?」
俺は分からないなりに、血管が詰まっても病気になるとか説明した。
「あんまり良く分からなかったけど、体の構造を意識してるのね。それが治療にも活かせると良いね。」
この世界には無い考え方のようだ。魔力で何とかなるから医療を発展させる意味が薄いもんな。
俺は「そうだね。」と同意し、シュリに改めてお礼を言ってから部屋に戻った。
部屋のテーブルの上には50個の小さな魔石が残されている。
アデリーナのところで親切心半分で買ったのは良いけど、消費が追い付かない。なにか良い使い道は無いものだろうか。
魔獣狩りで使えそうな何かの武器とか?この前、携帯温水シャワーを作った時のあの原理で飛び道具とか、……危ないな。間違って後ろにでも飛んで来たら、俺が死ぬと思う。
危なくない事か。あ、石筒に光魔石を入れてスポットライトとか。庭園の間接照明に使えるか。
我ながらナイスアイディアと自画自賛した。
まず、石筒を作り片側だけを閉じた。そして電球色の光魔石を作り、魔力を流して光らせ、石筒に放り込んだ。
すると思った通りに懐中電灯のように光ってくれた。
これが何本必要だ……?両側のゲートに2本ずつ。両側のメインの東屋1か所に4本ずつくらいかな?ベンチはベンチの下に浅い石筒を1つかな。ざっと数えると普通サイズを12本と浅い石筒を1つか。
俺はスポットライトのような石筒を1本と1つ作り上げた。
でも、これだけあると結構持ち辛いし、籠じゃ重すぎて底が抜けちゃいそう。
「手伝って欲しいんだけど。いい?」
ドアを開け外に顔を出してシュリに声をかけた。
「いいよ。どうしたの?」とシュリが部屋に入ってきた。
俺はスポットライトを見せた。
「コーヅくんの好きな形の石ね。これをどうするの?」
何だよ、その好きな形って。確かにこの手の石筒は良く作るけどさ。
「これを庭園に持っていきたいんだ。」
「何するの?面白そう。いいよ、半分持つよ。」
シュリはテーブルの上に無造作に置かれた石筒から6本持ってくれた。
俺たちは部屋を出ると、薄暗くなってきた廊下を進んだ。
「うーん、何に使うんだろう……?」
シュリはスポットライトの石筒を見ながら考えている。「庭園だから水を自動的に撒くようなもの?」と俺を見てくる。
「ブブー。違います。」
「えー、ちょっと待って。」
シュリはもう一度考え始めた。
「あ、花を挿しておくとか?」「ブブー」
なかなか次の答えが出ないうちに訓練場を通り抜けて庭園に着いた。
「どうする?答えるまで待ってた方がいい?」とシュリをからかうように聞いた。
「もう!いじわる。もういいよ。答えを教えて。」
俺は2つの魔石に魔力を通し光らせてから石筒に放り込んだ。そしてゲートの左右から天辺を照らすようにスポットライトの石筒を設置した。
下から照らされたゲートが薄暗い空間に浮かび上がるように映る。
「わぁ、素敵!」
シュリがゲートに見惚れている間に、俺は反対側のゲートにも設置した。そして新しくリフォームし始めているベンチの下に浅いスポットライトを置いた。それから東屋を斜め下から天井に向けて照らすように設置していった。
「これはすごいよ!コーヅくんはやっぱり天才か。」
「いや、こういうのって全部日本で見てたことだよ。俺のオリジナルな物は何にも無いよ。」
「そうなのか。シンを除いたニホン人は天才集団か。」
シュリもさらっとヒドイな。
俺は続いて元々の東屋にもスポットライトを設置した。これで持ってきたスポットライトは全て使い切った。
設置している間にも少し暗くなり、来たときよりも明確にゲートや東屋が浮かび上がるように見えるようになった。
俺とシュリはベンチに腰掛けて、しばらく庭園を眺めていた。
「こういうのって彼氏と見に来たかったな。」
「彼氏居るんだ?」
「ううん、居ないよ。彼氏を作って、こういう綺麗なものを一緒に見れたら幸せなんだろうなって思ったの。」
早く良い人が見つかると良いねと思うけど、シュリは性格も見た目も能力もどれを取ってもモテる要素しか見当たらないんだけどな。でも生活すら厳しい世界だから、恋愛感も俺たちとは違うのかな?男性陣にもいつか恋バナを聞いてみたい。
暗がりにいつも無い光が見えるからか、ぽつぽつと人が集まり始めた。暗くて顔は良く見えないのでどんな人が集まってきているのかはよく分からない。
「そろそろ帰る?」とシュリに声をかけられた。
「そうだね、帰ろうか。光は点けっぱなしで大丈夫かな?」
「いいと思うよ。みんな楽しんでるみたいだし。」
俺とシュリは庭園に来る人たちとすれ違いながら部屋に戻った。
「良いもの見せて貰ったな。ありがとね。」とシュリは優しくほほ笑んだ。
「気に入ってもらえて良かったよ。あれを大きくして砦自体に下から光を当てると、遠くから砦全体が浮かび上がって見えて、すごく綺麗になると思うよ。」
「えー、それも見てみたい!やってみてよ。」と乗り気だ。
「あの俺の好きな石筒を少し大きめに作って、魔石ももう少し強く光るものを入れたら出来上がり。準備自体はそんなに難しくないよ。」
「そうなのか。いつかそういう事もやってみたいな。なんか楽しくなってきた。ふふふ」とシュリは盛り上がっている。
俺はシュリと別れて部屋に戻ると、既に食事が用意されていた。俺はさらっと食事をすませ、風呂に入った。
そして身体強化の練習をした。とにかく行軍を遅れさせてしまうのが一番迷惑をかけるからだ。
身体強化で部屋の中を行ったり来たりしていた。もう歩くこと自体に苦労は無い。ただ今のレベルで本当に魔獣狩りを無事に終えられるのか分からないから、不安を消すために練習を繰り返していた。
どのくらい歩いただろうか。歩くだけではあまり疲れを感じる事は無かった。それよりも同じところを行ったり来たりしている飽きと戦っていたくらいだ。
今日はまだ早い気がするが、無理せずに早寝することにした。
明後日はいよいよ魔獣狩りか。
生きるとか死ぬとかって感覚がどうも身近に感じられないので、ピンと来てないところはあるんだけど。でも家族の元に帰るまでは絶対に死ねない。
シュリのマネをして壁を殴ってみようと思い立って壁を見た。
ペチン
痛いけど怪我するほどじゃない。2、3回殴ってみたが怪我はできなかった。
根性なしだな、と苦笑交じりのため息をついた。
俺は諦めてベッドにもぐり込み、枕元から家族の写真を取り出した。
「生き延びて、いつか帰る方法を見つけるから。」
写真に向かって呟いてから目を閉じた。
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