第47話 魔獣狩り前、最後の訓練

「最近魔石が少なくなっちゃって。またアデリーナさんの店にも寄りたいんだ。」

 

 ティアはいいわよ、と返事をしてゲーベルス靴工房から、アデリーナの店へと行き先を変更した。


 アデリーナの店に入ると、目的の小さな魔石の籠は2つになっていた。売ってるより、買い取ってる方が多い感じなのかな。


「こんにちはー。」と、ティアが奥に向かって声をかけた。

 奥の方からガタッと物音がして、ゆっくりとアデリーナが出てきた。俺たちの顔を見るとため息をついた。

「またあんたらか。またそのクズ魔石でも買っていってくれるのかい?」

「はい。そのつもりで来ました。50個ください。」

 この小さな魔石は、きっと子供たちが売りに来ているんだろうと思い、買ったばかりのクッキーから3人前をアデリーナに渡した。

「ふん。まぁ、助かるわね。」

 お金とクッキーを渡し、代わりに俺は小さな魔石でポケットを膨らませて店を出た。


 そしてゲーベルス靴工房に向かって歩き出した。


「コーヅってすごくアデリーナさんの事を気にしてるよね。」

「うん。なんか好きなんだ。口は悪いけどすごく優しいよね。」

「子供たちが集まるってことは、きっとそういうことよね。」


 ゲーベルス靴工房には程なく着いた。

「見て、コーヅ。」

 ティアの指の先にはショウケースに飾られているスリッパがあった。靴と同列に飾ってくれている。

「すごいね。飾ってくれてるじゃん。」

 デザインは俺たちが買った物とは違うオリジナルなものだった。


「こんにちは。」

 俺たちは店のドアを開けて入った。

「あ、お客さん。いらっしゃい。スリッパを取りに来たのね。」

 そして工房に向かって「おーい、親方ーー、フィーゴー!スリッパのお客さんだよ~!」

 ロザリーは毎度変わらない感じで俺たちを出迎えてくれる。そんなロザリーもスリッパを履いている。


 ズルッ、ペタ。ズルッ、ペタ


「いらっしゃい。領主様に献上する分は、商業ギルドに納品しておいたよ。今日はお客さんたちが使う分だけ持って帰ってくれ。それでも22足で多いけどな。」


 ティアが前回の不足分の大銀貨1枚を支払い、すべての支払いが完了した。


「おい、フィーゴ!まだか?」と親方が奥に向かって声をかける。


 ズルッ、ペタ。ズルッ、ペタ


 フィーゴがスリッパが入っていると思われる布袋抱えて出てきた。


「これだけあると大変なんだよ。」

 フィーゴは親方に文句を言いながら、カウンターの上にスリッパが入った袋ドサッと置いてから並べていった。


「中身を確認してくれ。スリッパと同じ生地で袋は作ってある。」


 おお、それは配りやすい。ご配慮痛みいります。


 俺たちは中身を確認していくが、ティアは自分の絹製のスリッパしか見ていない。でもすごく嬉しそうで、隠しきれない笑みがこぼれている。

 

 スリッパの数は多いが、1つ1つがとても丁寧に仕上げられている。そして袋の入れ間違えも無かった。

 確認が終わると、サービスで持ち帰り用の籠を用意してくれた。そしてその籠にフィーゴが丁寧に詰めてくれた。

 その横顔は最初に会ったときに比べ、頼もしさが増した気がする。


「お客さん、お陰で1つだけどスリッパも売れたよ。試し履きの評判も良いから、そのうち売れていくといいんだがな。こればっかりは分からんな。」と親方は笑った。

 

 俺たちはスリッパが詰まった籠を受け取り、お礼を言って店を出た。親方たち3人も一緒に店の外まで出て見送ってくれた。


「また用事は無くても遊びに来て、ニホンの靴の話をしてくれ。」

「領主様に献上するものを作れるなんて、こんな経験は滅多にできないよ。ありがとな。」

「私はこのスリッパの履き心地が良過ぎて幸せだよ。ありがとね。また私の美味しいお茶を飲みに来てね。いつでも歓迎するよ。」


 別れの挨拶を言葉を贈られると、急に寂しさがこみ上げてきた。

「靴を買うときにはまた来ます!」

 砦に向かって歩き始めた。曲がり角で店の方を見ると、まだ見送りしてくれていた。

 俺が手を振ると、彼らも振り返してくれた。


「これでまた1つ完成したわね。」

 ティアの声に頷いた。

「こういうものを領主様が帰るまでに、どれだけ積み上げられるかだね。」

「そうよ、あんたは高給取りなんだから。その分はしっかりと働きなさいよ。」


 う、それを言われると……。でもどれだけやると足りるとか分からないからなぁ。


 俺が悩んでると、ティアの方からフォローしてくれた。

「コーヅは頑張ってるわよ。ずっとあんたと一緒に居ると忙しすぎて目が回りそうよ。」

 

―――


 砦に帰り着くと、訓練場ではすでに午後の訓練が始まっていた。

 今日は建材部長のポニー達も来てドアや窓の設置してくれるので、ティアに立ち会ってもらうことになっている。

 俺は更衣室の前でティアにスリッパの籠と魔石とクッキーを預けた。

「ちょっとぉ、持たせすぎでしょ!?」

「ごめん。」

 俺は籠を抱えたティアから文句のあれこれを浴びたが、なだめすかしてお願いした。

 そして更衣室に入り本番用の鎧に着替えると、腰ベルトは装着したまま広場に出ていった。

 今日は街の中をちょくちょく身体強化して歩いていたから慣れてきた。本番用の鎧を着ても身体強化していると重さを感じない。


 俺が広場に出るといつもの様にショーンがすぐに気付いて歩み寄ってきた。


「お、格好良いベルトを買ってきたね。良く似合ってるよ。」

 ショーンに褒められると、少し照れくさくなり、はにかむように笑顔を返した。


「いよいよ明後日から魔獣狩りだよ。訓練はこれが最後になるね。まずは復習で身体強化したまま歩いて1周してみて。その後、自分にできる最高速度で10周してみてもらえる?」


 俺はショーンに言われた通り、まずは歩いて1周。もう歩くだけならもう問題は無い。

 ショーンに親指を立てられた。


 そして2周目からは走った。

 速く走るなら1歩を大きく跳ねるように走ると良い。でも戦いをイメージしてステップを小さくして走ると魔力操作のペースが追い付かない。

 自分なりに色々な走り方を試した。そして、最後の1周は1歩を大きく跳ねるようにして、自分にできる最高速度で走った。


「うん。行軍には全く問題ないレベルだね。短い期間だったけどここまで成長するなんて凄いよ。」と、ショーンには肩をポンポンと叩かれた。

「次は身体強化して打ち込みと受けの練習をしよう。まずは身体強化をして僕に打ち込んできて。」

 俺たちは休憩無しで、すぐに次の訓練に移った。


 俺は腰から模擬刀を抜いた。

 ショーンを見据えるとまずは腕を身体強化した。そして1歩踏み込んで模擬剣を振り下ろした。


 カン!


 甲高い音がしてショーンの模擬刀に弾かれた。

「腕だけ強化しても駄目だよ。足腰がしっかりしていないと剣は上手く振れないよ。」

 そう言えばシュリにも言われてたな。全ては足腰か。そうすると結局バランスを考えると全身強化なのかな。

 俺は全身強化し、もう一度打ち込んだ。


「さっきより良いよ。でも、まだまだ。もう一度。」

 俺は何度も何度もショーンに打ち込んだ。でも全て軽く受け止められた。

「少しずつ上達しているように感じたよ。最後に受けの練習をしよう。今度は僕が打ち込むからコーヅは剣でも盾でも良いから受け止めて。いくよ。」


 ショーンがゆっくりと剣を振り下ろしてきた。俺は腕にクリスタルシールドを出してそれを受け止めた。


「お、この盾はいいね。じゃあ少しずつ早めていくよ。身体強化も合わせないと受けきれなくなるからね。」

 さっきよりも速く強く剣を振り下ろしてきた。


 ガン!


 俺の打ち込みよりも重たい音が響き渡る。

 まだ合わせられる。


 段々と速度が上がってくる。痛くは無いが、衝撃が腕に伝わってくる。俺はそれを身体強化をしながらも受け止めていたが、速度と強さが上がってくるにつれ、徐々に魔力と体のバランスが崩れてくる。

 そして遂に受けきれずに頭の上で剣を止められた。


「まだ魔獣と戦うレベルじゃないからね。魔獣に出会ったら、とにかく他の人の後ろに逃げることだよ。」とショーンからのアドバイスだ。それは俺も重々承知してます。

 

 これで魔獣狩り前の最後の訓練が終わり、更衣室に戻った。


「明後日は日の出の頃にここに来るんだよ。その時はヴェイも誘ってね。着替えが終わっても移動せずにここで待ってて。後衛班のみんなで一緒に食堂へ移動しよう。」

 

 具体的な話をされると、いよいよ魔獣狩りに行くんだなという実感が湧いてくる。

 でも俺はとにかく迷惑をかけないように、後ろからくっついていくだけだから魔獣狩り見学だけど。


 そしてショーンに部屋まで送り届けてもらった。

「おかえりなさい、コーヅくん。魔獣狩りの準備は着々のようね。」

 シュリは自分の腰をトントンと指で叩いた。俺が買ってきたベルトに気付いてくれたみたいだ。

 そしてシュリは胸にこぶしを当てて敬礼のような仕草をした。

「ショーンくんもお疲れ!あとは引き受けたから大丈夫だよ。」

「ははは、ありがとう。あとはよろしく。」

 ショーンも胸にこぶしを当てて答礼してから戻っていった。


「もう建材部の人たちも建築部の人たちも来て作業してるよ。」

 俺たちは一緒に部屋に入った。玄関から見える範囲のドアは設置が終わっていた。


 俺は建材部長のポニーに挨拶するために、リビングに設置されたばかりのドアを開けて廊下に出た。


「こんにちは、ポニーさん。」

「あ、コーヅさん。早速なんだけど、窓を取り付けたいの。」と挨拶もそこそこに来た道を折り返してリビングに戻った。


 既に古いカーテンは取り外されていた。 

 まず俺は窓を取り外すために少し隙間を作り、職人たちが窓を外しやすいようにした。

 そして新しい窓の大きさに合わせて壁を調整した。職人たちが窓をはめ込んだ後、壁を再調整して窓枠をしっかりと固定した。

 窓はリビングと寝室と浴室にもあるので、それぞれ同じような作業を繰り返して窓を交換した。

 窓を交換した後は職人たちが高級感の漂う赤いカーテンを取り付けた。

 うん。俺には似つかわしくないな。

 

「コーヅさんが居ると作業があっという間ね。他の作業現場でも手伝ってくれると助かるんだけどな。」と窓が取り付けられる様子を見ていたポニーの感想だ。そう言ってもらえるのはありがたいな。


 その後、すべてのドア、窓、カーテンを設置し終えたポニー達は帰り支度を始めた。そして、これで建材部の作業は全て終わりという事で羊皮紙にサインを求められた。

 俺は漢字で神津と書き入れた。

「珍しいサインね。」

「はい。日本語です。」

「へぇ、面白いわね。」と手を差し出された。なんの意味だろうとポニーを見ると「また一緒に仕事をしましょう。」と笑顔だ。

 俺はポニーの柔らかい手を握って、笑顔を交わした。

 最初会った時はこの人は俺の大事なシューズクロークを物置き呼ばわりするし、何て失礼なんだろうと思ったけど、良い終わり方ができたな。

 

 ポニーは建築部長のディルクのところに行き、何か話をして戻ってきた。


「私たちはこれで失礼します。ではまたお会いしましょう。」と職人を連れて部屋を出ていった。

 

「また1つ終わったわね。」とティアに声を掛けられた。

「そうだね。積み重ねだね。」

「何の話をしてるの?」とシュリも会話に交じってきた。

「コーヅは領主様が帰ってくるまでに色々実績を積み上げとかないとねって話よ。」

「へぇ、面白そう。私も協力するよ。今までどんな事やってきたの?」


「え?えーっと……。」

 俺はこれまでやってきた事を思い出しながら順番に言っていった。

 「天ぷら、唐揚げ、フレンチトースト、ラスク、茶こし、スリッパ、携帯温水シャワー、部屋のリフォーム、庭園のリフォームかな?」


「コーヅくんって私が警護しているくらいだからまだ3週間経ってないよね?なんでそんなに色々なことをやってるの?」

「全部を自分がやってる訳じゃないからね。レシピは書いて少し教えただけだし。茶こしもスリッパも作ってもらったし。全部何かしら手伝ってもらってるから、1人でやった物なんて無いよ。」

 シュリは苦い顔をして「ティアちゃんが苦労するのも分かるよ。」とティアを見た。すると間髪を入れずに「でしょ?」とティアが乗っかって来た。

「ホントに毎日毎日次から次へと色んな事やってて忙しくてたまらないわよ。」


 いやいや、あなたは結構本読んで過ごしてることが多いですよ?と言いたいけど、絶対に言わないけど。


 そこからティアが盛り上がってしまい愚痴が止まらない。

 もうこうなるとその先は俺は黙って聞いているだけだ。聞いているというか聞き流しているんだけど。たまに「コーヅは分かってるの?」とか聞かれるから「分かっているつもりなんだけど。ごめんね。」と適当に合わせておく。


 2人の会話が落ち着いてきたところで、「シュリにもスリッパを作ってもらったんだ。」と1足渡した。


「えー、嬉しい!見ていい?」と聞いておきながら、俺の返事は待ってなくて袋を開けてスリッパを取り出した。


「……何これ?」

「部屋の中で履くサンダルみたいな物だよ。これは足が楽なんだ。」

「うーん……コーヅくんは他にやる事があると思うよ。」と、感想は想定外の説教でした。

「やっぱり?シュリもそう思うよね。スリッパも可愛くて悪くないんだけど。他にやる事あるよねって思う。」とティアはその話に乗っかってきた。


 ティアめ……高い絹のスリッパを3足のくせにと言いたいけど、絶対に言わないけど。


「スリッパは来たばかりの頃で、まだ住み心地のことしか考えてなかったから。今は少しこの街の問題も少しわかってきたけど。でも貧困問題なんかは日本でも全く関わってなかったから何にも知らないんだよ。」


「え?街の外壁の外に畑用の外壁を作れば良いだけじゃない。」

「それだけで良いの?」

「どんな事考えてたの?」


 どうやら食べ物を栽培する敷地が不足しているそうだ。農民にはゴブリンでも危険なので安全に作業できる場所の提供が必要なのだが、外壁を作るには相当なお金がかかるから実現していないそうだ。

 俺はもっと生産改革の様なことをしないといけないと思い込んでた。でも畑が広がるだけで、労働者も増えるし食べ物も安くなる。

 でも自分でも役立てそうなことで良かった。とはいえ、ある程度の高さの外壁になると相当な厚みも必要だし、建築ギルドの助けも必要なんだろうな。


「良かった。コーヅくんてば才能の無駄遣いにも程があるよ。私は外壁の件は警護が終わっても最後まで手伝いたいな。」とシュリが協力を志願してくれた。


「ありがとう。サポートしてもらえると心強いよ。」

「私もコーヅの心意気を買って手伝ってあげる。」とティアは上から来たが、その言葉はありがたく頂戴した。


 会話が一区切りしたところで、ティアの研究室に貴重品の移動をお願いした。

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