第46話 冒険者カードを作りました
冒険者ギルドに入ると、むわっとした獣臭が鼻につく。そして更に多くの視線や、もはや殺気と感じるような圧力をすぐ近くから感じる。
生きた心地がせず、俺の視線は足元を漂う。
冒険者ギルドがどんな建物かとか、それどころでは無くて、ただただこの時間が早く過ぎ去ることを願うばかりだった。でも隣のティアはどこ吹く風で気にした様子もなく受付に向かう。
「こんにちは。冒険者カードを作って欲しいんだけど。」
「はい。ご紹介者様の冒険者カードをお見せいただけますか?」
ティアが冒険者カードを差し出す。
受け取った受付の女性がジッとカードを見つめる。そして視線を上げてティアを見る。もう一度カードを見直す。
「ティア様……?」と疑問形でティアに話しかけ、それにティアは頷く。
「爆炎の?」と続けて聞かれると、ティアは「それ止めて。」と語気を強めてその呼び名を拒否した。
「失礼しました。少々お待ちください。」と言って受付の女性は奥に入っていった。
ギルドの職員が居なくなるとすぐに後ろから「ちょっと、いいか?」と男性に声をかけられた。ティアが「何?」と面倒臭そうに返事をした。
「あんた、もしかしてティアか?」
「だったら何?」と不機嫌そうに答える。
「本当にティアか?あの爆炎の?」と少し驚きそして興奮しているように聞いてきた。周囲の目がティアに注がれる。
「次、それ言ったら怒るわよ。」と男性を睨んだ。周囲から「おぉ!」という声と共に「あれが爆炎のティアか。」「俺初めて見た。」「あんなに可愛いのにSランクなんて。」など色々な声であっという間に冒険者ギルドがにぎやかになった。
「おっと、ごめんよ。すまないが俺たちの連れがあんたのファンなんだ。握手してやってくれないか?」と後ろを指差す。
そこには魔術士という感じの帽子とローブの女の子が立っていた。
「あ、あ、あの。ティアさんに憧れて魔術士になりました。握手してください!」と頭を下げ、手を差し出した。
ティアは優しい笑顔を向けて「私の握手で良ければ。」と手を握った。
手が握られた瞬間に魔術師の女の子は顔を上げキラキラした笑顔で「ありがとうございます!」と喜んでいた。
「あの、俺も良いですか?」と椅子に座ってる剣士が立ち上がってティアに声をかけた。ティアは諦めた顔をして「いいわよ。その代わり大聖堂に行って寄付をしてくること。約束できる?」と聞くと「勿論です!」と言ってティアに握手を求めてきた。
握手が終わるとティアにお礼を言った後、「うぉぉぉ!ティアと握手した。」と言って走って冒険者ギルドを出ていった。
そして受付の女性は他の冒険者とは違った静かな威圧感を持った男性を連れて戻ってきた。
「ティア、久しぶりだな。」
「お久しぶりです、バルナバスさん。」
「こんな所じゃ落ち着かないだろ?俺の部屋に来い。」と言って奥に戻っていった。
それにティアが続き、俺は遅れないようについて行き、最後に受付の女性が続いた。
部屋に着くとバルナバスはまず自分がソファにどっかりと座り、俺たちには正面の2つのソファに座るようにと促した。
「ティアが冒険者ギルドに来るなんて珍しいな。今日は何の用事だ?」
「このコーヅに衛兵の魔獣狩り用の装備が買いたくて。冒険者カードを作ってもらおうと思って来ました。」
「コーヅ?」とバルナバスは俺の方を観察するように見る。「まぁ、お前の紹介であれば問題は無かろう。おい魔力測定具を持ってこい。」と受付の女性に指示した。
受付の女性は分かっているとばかりに魔力測定具を俺の前に置いた。俺も一度やった事があるので、前と同じように手を魔力測定具の上に置いた。体の中から魔力が引っ張り出される感覚だ。気持ち悪さも3回目なので慣れてきた。
そして今回ははっきりと各種の魔力を引っ張られていると感じ取れる。使ったことがない心属性と空間属性の感覚も今なら分かる。
心と空間の区別は付いてないが、この感覚は覚えておこう。
測定が終わると前と同じ結果が出た。
火 …… B
水 …… B
風 …… B
土 …… A
光 …… C
生物 …… A
心 …… B
空間 …… D
「……」
受付の女性はその結果を不思議なもののように見つめていた。そして「すみません、調子が悪いんですかね。他の魔力測定具を持ってきます。」と取りに行くために部屋の外に向かおうとした。
「待て。」とバルナバスが止めた。「タイガーから聞いていたんだけど、どうしても信じられなくて。目の前で測らせて貰ったんだ。」
そして魔力測定具の方を見やって「見てもやっぱり信じられないけどな。」と呟いた。
「えっと、それではギルドマスター、コーヅ様をこのまま登録してよろしいでしょうか?」と受付の女性はバルナバスに聞いた。
見当はついていたけどやっぱりバルナバスがギルドマスターなんだな。
「ああ、頼む。」
「それではコーヅ様。冒険者カードを登録させて頂きます。冒険者ランクはGランクとなります。」
冒険者ギルドの仕組みなどを教えて貰った。
カードを見せると冒険者ギルド内の買い物が安くできる。それも冒険ランクが上がると割引率が上がる。そして冒険ランクを上げるには任務をクリアするとポイントが加算されていきランクが上がる仕組みだ。
この街に多いのはD~F辺りだそうだ。あまり強い魔獣が居ないので、これ以上のランクは上げにくいそうだ。だからぼちぼち稼ぎたい冒険者と駆け出しの冒険者が多いらしい。
そういう意味でも、尖っている人もあまり居なくて冒険者達も全体的に仲が良いそうだ。
ここの冒険者ギルドで尖ってないとかありえないし!と心の中で突っ込んだ。
「エマ、すまんがリーディエを呼んできてくれ。それからお茶も頼む。」
エマと呼ばれた受付の女性は一礼して部屋を出ていった。
エマを見送るとバルナバスがティアに話しかけた。
「それにしても久しぶりだな。あれ以来だもんな。何年になる?」
「もう5年ですね。」
2人は昔話に花を咲かせている。俺は黙って聞いている。
「本当に無鉄砲で手に焼いたよ。まぁ、ギルドとしてはお前の無茶狩りで潤ったところもあるから感謝もしてるけどな。」
「私もまだ若かったんですよ。もう止めましょうよ、その話。」
バルナバスは、俺にティアの昔話をしてくれた。
ある時、少し大きめなゴブリンの村が見つかった。
ギルドは慎重にメンバーを集めて、ティアやバルナバスを含む15人のパーティを結成して討伐に向かった。
ゴブリン村に着いた途端、ティアは命令を無視して巨大なメテオを村に撃ち込んだ。
その大きな隕石は村に居たゴブリンも建物も問わずに全てを焼き尽くした。そしてその爆風は村のみに留まらず、討伐隊までも吹き飛ばした。
それは死者は出なかったものの、一歩間違えたら全滅するというような被害だった。
ボロボロになった討伐隊が街に戻ると、それを見た人たちが「どんな戦いをしてきたんだ!?」と大騒ぎした。
でも討伐隊の面々は恥ずかしくて、何もしてないとは言えなかった。
「今となっては笑い話だけどな。」とバルナバスは笑った。
それでついたあだ名があれなんだろうか?
過去のティアには他にも色々ありそうだ。大聖堂にもかなり深い繋がりがあるようだったし。
俺がそんな思考を巡らせていると、「ギルドマスター、お呼びですかい?」と体が引き締まっている中年の女性が入って来た。昔は冒険者でした、と体が雄弁に語っている。
「ああ、リーディエ。このコーヅに衛兵の魔獣狩り用の装備を見繕ってやってくれ。」
リーディエに値踏みでもされるように見据えられた。
「あんた、衛兵っぽくも冒険者っぽくも無いわね。新米にしては歳いってるし。興味惹かれるけど、詮索しないのが冒険者ギルドのルールってもんさね。」と独り言で会話を完結させた。
そしていくつかの質問をしてきた。
「あんた、魔術師かね?」「はい、どちらかというと。」
「後衛だね?」「はい。」
「持っている道具はあるのかい?」「いえ、何も持ってません。」
それだけ聞くと一度リーディエは部屋を出ていった。
「リーディエに任せておけば間違いない。」
そしてリーディエと入れ違うように、エマがお茶を淹れて戻ってきた。
俺たちの前にお茶を並べると、部屋を出ていこうとした。しかしドアの前で立ち止まり、振り返ってティアの前に戻った。
「握手してください!」と手を差し出した。
ティアは苦笑しながら握手をした。エマはその手をブンブンと上下に振るようにした。そして名残惜しそうに手を離すと、頬を上気させ、踊るように部屋を出ていった。
「相変わらずお前の人気は凄いな。」と、バルナバスは苦笑した。
「昔の話は何倍にも大きくなりますからね。」とティアは何事も無かったかのようにお茶をすすった。
「で、コーヅは冒険者になる気があるのかい?」
俺は建築ギルドに所属して建物とかの修復をしようと思っていることを伝えた。
「この能力でか!?それは勿体ない。」
そう言われても、俺は殺生とか慣れてないし。ここ数年は蚊とハエとGしか殺してないと思う。
その後もバルナバスは冒険者ならではの一攫千金の血生臭さい話を熱く語りながら、ちょいちょい冒険者ギルドへの勧誘を差し込んでくる。
その勧誘を受け流しながら聞いていると、リーディエが戻ってきた。
「お客さん、立って。」
俺は言われたとおりに立ち上がって、リーディアに近づいた。
リーディエは腰にベルトを巻いてくれた。サイズは丁度良い感じだ。そして携帯水道、ナイフ、魔力回復薬を2つと解毒薬と治癒薬をそれぞれ1つ持たせてくれた。そして干し肉をケースに入れてベルトに通してくれた。
「はい、できあがりだよ。全部で小銀貨8枚と大銅貨5枚ね。」
ティアがその場で支払いを済ませてくれた。そしてティアを立ち上がり「さ、コーヅ。冒険者ギルドの用事も済んだし、行きましょう。」とバルナバスとリーディエに分かれを告げて、冒険者ギルドの広間に戻った。
受付に戻っていたエマが横を通り過ぎていくティアに憧れの眼差しを向けるが、ティアはそれには気付いていなさそうだ。
「ここから離れるわよ。」
ティアは急ぎ足で冒険者ギルドを出ていった。俺はそれに遅れないように早歩きをした。歩くたびに腰ベルトは上下に揺れて音を立てた。
―――
会話も無いまま、急ぎ足で冒険者ギルドから遠く離れたところまで来た。
「ここまで来れば大丈夫かな。」とティアが歩みを緩めた。そして大きくため息をついた。
「お陰で魔獣狩りの準備ができたよ。ありがとね。」
「久しぶりの冒険者ギルドだったわ。懐かしい顔に会えたのは良かったけど、若かったころの話が残っているところは嫌ね。」
「爆炎の……うぐっ」
ティアの肘がわき腹に入った。
「言わないで。私はその呼び名が嫌いなの。」と恥ずかしさと怒りからか顔が紅潮している。
「ごめん、もう口にしない。気を付けるよ。」
ティアは本気で嫌みたいだ。これ以上深追いして爆炎の餌食にされたらたまらない。
「お昼ご飯を食べて帰る?」
「そうしようか。……本当はもうこのまま家に帰りたい気分だけど。」とティアは疲れた声で答える。
俺たちはフィーロのパン食堂で食事をすることにして店へと向かった。
―――
店に着いたが、今日も看板にはフレンチトーストは完売と貼られていた。
ふふふ。明日食べられるから今回は気にならない。大人の余裕だな。
店内を見渡すと先客は1組だけだった。俺とティアは空いているテーブル席に座った。
「あ、いらっしゃい。今日もありがとう。ご注文が決まったらお呼びくださいね。」と、フィーロは厨房に戻っていった。
俺たちはいつも通りの卵パンのセットとお茶を注文することを早々に決めてしまった。そしてフィーロが厨房から顔を覗かせた時に注文した。
フィーロはお茶を持って戻ってきた。そしてテーブルにカップを並べて注いでくれる。柔らかくフルーティなお茶の香りが鼻腔をくすぐってきた。
はぁ、お茶はいいな。
先ほどまでの強い緊張が解きほぐされていくのが感じられる。
そして卵パンができあがった頃には、先客も帰っていて俺たちだけになっていた。フィーロはいつもの様に自分の椅子を持ってきた。
「びっくりしたわよ。」
開口一番で突然どうしたんだ?と俺とティアは顔を見合わせた。
「領主様の使いの方が来られて、サラ様が明日この店に来るから周辺を警護するって言われて。」
「そうなの?いつもそんなことしてないと思ったけど。」
「そういう時は早く帰ってると思うわよ。今回は遅くまで残る気のね、きっと。」
「もう、軽く言わないでよ。私は心臓が縮み上がる思いだったのよ!」と頬っぺたを小さく膨らませた。
そして領主の使いからは領主家族向けにお土産の注文を受けたそうだ。領主家族とは妻のマリカ、長男のコンラート、次女のマナだそうだ。
「準備も多いし、失敗できないから、明日はお店を休みにして準備しようと思ってるの。」とため息をついた。
「ごめんなさい。こんな面倒なことになると思ってなくて。」
サラって身近だし、謙虚だから領主の娘って事を忘れちゃうんだよな。今回は完全に配慮不足だった。
でもフィーロはそこはもう大して気になって無いところで、とにかく領主一族に対して献上できるだけの品質で作れるか、それだけが心配ごとだそうだ。
「それなら浸す卵と牛乳の量を増やして、長い時間浸すとしっとり仕上がりやすいよ。」
「本当に?早速試してみるね。本当のところはフレンチトーストの質はまだ安定してなくて悩んでたの。」とフィーロはアドバイスに喜んでくれた。
「明日の昼間は時間もありそうだから、ラスクにも挑戦しようと思ってるの。明日は試食して感想を聞かせてもらおうかな。」
その後も雑談をしていると、また新しいお客さんたちが入って来た。
元々、卵パンはすごく美味しいし、きっかけを掴めたら繁盛するお店だったのかな。
俺たちも邪魔にならないようにと、食べ終わったら持ち帰りでクッキーを5人分ほど買って早々に店を出た。
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