第45話 大聖堂でヒールの勉強
朝の日課にしているストレッチをしていると、ヴェイが朝食を持って来てくれた。
「おはようさん。」
ヴェイはいつもに増して機嫌が良さそうだ。
「楽しそうだね。どうしたの?」
「お?聞いちゃうか?」
ヴェイは魔獣狩りをどれだけ楽しみにしているかという事を熱く語ってくれた。それはまだ頭がはっきりと起きていない俺には、辛いテンションだった。
話半分で適当に相槌を打って流しておいた。
その熱くて長い話を要約すると、強い魔獣と力一杯戦って打ちのめしたいということだった。
「でもさ、強い魔獣は居ないってタイガー隊長から聞いてるけど。」
「まぁ、それはわかってるよ。でも目の前に居る敵を最強の敵と見立てて全力を尽くすんだ。この平和な時代の衛兵じゃ、これが精一杯なんだよ。」
ヴェイは寂しそうに笑っている。色々分かった上で楽しみにしてるんだな。
「そんなに戦うのが好きなら冒険者にならないの?」
「やってたさ。でも結婚してからは家族を最優先にしたくて衛兵になったってわけさ。でもやっぱり戦いたいんだよ。魔獣狩りはそれが許されるほぼ唯一の機会だからな。」
ヴェイが俺の肩をポンと叩いて部屋から出ていいく後姿を見つめながら、ヴェイに家族がいたとは、と失礼なことを思っていた。
でもそんなに戦うのが好きなヴェイでも家族を取るのか。正直意外だったけど、何か嬉しかった。
俺はティアが来るまでの間は、今日の予習で怪我や病気を治すヒールのトレーニングをして待っていた。
「おはよう、コーヅ。今日は大聖堂ね。」
ティアも心なしかいつもより機嫌が良さそうだ。
俺はいつもの様にティアに給料袋を渡した。ティアは必要になりそうな分を自分の財布に入れた。
「ねぇ、ティア。その給料袋とクリフォード製のティーセットをティアの部屋に置いてもらえないかな?いつでも職人さんに作業してもらえる良い様にしたいんだ。」
「良いけど、クリフォードはケースにしまっておいてよ。裸で持つの嫌よ。」
午後、ポニー達が窓やドアの設置しに来てくれている間に運ぶという事にして、大聖堂に向かった。
砦を出て街に入って大聖堂を目指す。
砦と街の空気は違う気がする。開放感に満ち溢れた空気だ。
俺は大きく伸びをして、深呼吸をしながら歩いた。
はぁ~気持ちいい。
大聖堂は街の本当に中心にあり砦からは結構距離があるそうだ。
俺は身体強化での行軍と見立てて練習しながら歩くことにした。歩く程度の速度なら違和感ない。
街の様子はいつもと変わらない。
働く人たちは全体的にのんびりとしているように見える。そのせいか笑顔も多い。日本とは違うな。
工房が多い街並みを抜け、商店が多い街並みを通り、しばらく進むとひと際背の高い大聖堂が建物の隙間から見えてきた。
「やっと見えてきたわね。」とティアも指で差して笑った。
大聖堂は敷地が広くて、大聖堂に辿り着くまでにまた距離がある。敷地内には俺たちのように大聖堂に入ろうと歩いている人、それから大聖堂から出てきた人も居る。
近くから見る大聖堂はあまり細工はされておらず、シンプルなデザインだ。でもそのせいか重厚さが際立っている。
すごいな
俺はまだ外から見ていたかったが、ティアに引っ張られるようにして階段を上っていった。
大聖堂の入り口の大きな扉は両側に開かれていた。そして大聖堂のロビーは広く天井も高いので俺は上下左右をキョロキョロしながら、ティアの後ろをついて行った。
ティアは近くに立っている女性に声をかけた。
「おはよう。今日はヒールの手伝いに来たわよ。」と知った感じでティアが声をかける。
「あ、ティア!久しぶり。元気そうね。」と笑顔だ。そして「ふーん。」意味ありげな感じに視線を送られた。そして「お連れの方も一緒にこちらへどうぞ。」とやっぱり意味ありげに案内された。
でも何か言われたわけでも無いから「違うからね!」と返すわけにもいかず、少しモヤッとしたものが残った。
ティアの方は何にも気にしていない様子で、女性と雑談しながら俺の前を歩いている。
俺たちは奥の方へにある部屋へと案内された。
広くて天井も高く、そして上部に取り付けられた窓から注ぎ込む光が部屋を明るくしている。
そこには大聖堂に所属していると思われる服を着た3名の男女が椅子に座って治療している。しかし、そこには長い患者の待ち列ができていて、人手が足りていない事が伝わってくる。
俺は治療の流れが気になり、その様子をジッと観察するように見ていた。
まず患者と話をしてから、手をかざしてヒールをかけている。そして患者は寄付の箱にお金を入れて帰っていった。
案内をしてくれた女性が神父の様な人を連れて戻ってきた。
「ティアとお連れの方が、ヒールの手伝いをしてくれるそうです。」
「おはようございます、神父様。」とティアは親しげに挨拶をした。
神父も「ひさしぶりですね、ティア。良く来てくれました。そしてコーヅさん、ですかな?」と俺に柔和な笑顔を向けた。
「はい、コーヅです。」
神父は笑みを浮かべたまま、軽く頷いた。
「サラ様から伺いました。ニホンから来たコーヅさんに創造神様のこと、それから治療の奉仕について教えて欲しい、と。」
サラが昨日のうちに連絡しておいてくれたようだ。そんな事までしてくれるなんて、ありがたいな。
「ここには後程戻ってくることにして、まずは私の部屋に来てください。」
俺たちは治療室から神父の部屋へと移動した。
神父の部屋には本棚が1つあり本が数冊あるだけだ。あとはテーブルと椅子があるだけだ。
殺風景という表現しか思いつかないような部屋で、偉い人の部屋とはとても思えなかった。
「どうぞ、おかけください。」
俺とティアは勧められた椅子に座った。
「ティアが元気そうで何よりです。」と神父はほほ笑んだ。そして「コーヅさんはこの世界に慣れましたか?」と聞かれた。
「ティアや他のみんなのお陰で慣れてきました。」と俺が答えると変わらない笑顔のまま頷いた。
「コーヅさんが居た世界では色々な神様が居ると、昔シンさんから聞きました。でもこの世界では神様は創造神様だけです。コーヅさんやシンさんの世界と繋がっているのであれば、私はどちらの世界も創造神様がお創りになられたと考えています。」
神父が澄みきった目で俺を見た。俺は心を覗かれていそうな変な気持ちになった。
元々、宗教には関心は無い。ただ、色々なものに感謝をするようにはしている。
「我々は創造神様は3つを創造されたと考えております。法則、物質、生命ですな。物質や生命は分かりやすいと思います。法則とは物を落とせば下に落ちるといったこの世の理のことですな。まず創造神様は全ての法則を作られました。そしてこの世に……いや、この世すら無い時に、まずこの世を作られ、そこに地面や海に空や星々と言った物質を作られました。でもこれらの物質からでは生命は生まれません。創造神様が生き物を誕生させてくださいました。これが創造神様の3つの創造です。」
―――
話は居眠りを我慢するのが大変な程に続いた。しかしそんな俺のことには気付いていないのか、神父の熱い話は続いた。
俺は途中でついていけなくなり内容はちょっと忘れてしまった。
ただ念を押されたので覚えているのは、治癒する人を選んではいけないという事だ。それは創造神が創り出した生命の選別につながり、人の領分ではないということだそうだ。
神父の話が終わった後、治療室に戻るために立ち上がったときは、少しホッとした。
そして治療室にはティアと俺用の椅子が用意されていた。
「皆さま、こちらのティアさんの列にもお並びください。」と神父が声をかけた。
しかし誰も列を離れようとはしなかった。
「慣れた人の治療を受ける人が多いのです。」と神父は俺に教えてくれた。
ティアはそんなものと思っているようで、人が集まらない事を気にしたりはしていない。
しばらくして一人の老婆が列を離れてティアのところへゆっくりと歩いて来た。
「こんにちは。今日はどんなところを治療したいのですか?」
「はい。膝が痛くて仕事にならんのです。」と老婆は膝をさすりながら答えた。
「コーヅ、お婆さんの膝に触れて、悪い部分を感じ取って。」
俺はティアに指示された通りに老婆の膝に触れた。そして目を閉じて、触れたところから魔力を老婆の体全体へ薄く流すようにしていった。
徐々に老婆の体を自分と繋がっているような感覚で認識できるようになってきた。
全体的に疲労が溜まっている。それから……筋力が弱くなっている。
全然分からない。
なかなか膝の悪さは伝わってこない。焦れば焦る程に分からなくなってくる。
魔力をもう少し強く流したい気持ちもあるが、老婆という事もあり、俺はもっと注意深く観察する事にして、どうにか違和感が感じ取れないかと集中した。
しかし、「コーヅ、時間切れよ。」とティアに交代を告げられた。
ティアは老婆の膝に触れて魔力を流していく。しばらくすると「はい、治りましたよ。」と手を離した。
老婆は足を曲げ伸ばしし治っていることを確認し、ティアに「ありがとうございました。」と頭を下げて寄付箱の方に歩いていった。
次は腹痛が数日続いているという中年男性だ。先程と同じ様に俺が先に診させてもらう。お腹に手を当て魔力を薄く流す。でも俺は男性の右手首に違和感を抱いた。
「すみません、右手首が気になりましたが、お腹は分からなかったです。」
「ああ、右手首は職業病だからダメなんだよ。」とあまり気にしていない様子だったが、そこの悪さは見つけられた。
そしてティアに代わり治療してもらった。
―――
ティアが20人くらいを診たところで午前の診療が終わった。俺が居なかったらもっと沢山の人を診れたんだろうな。
俺は新しく悪くなった部分はあまり感じ取れなくて、慢性的なものの方が分かりやすかった。
「どうでしたかな?」神父に声をかけられた。
「思ってた以上にうまく感じ取れませんでした。でも全くわからなかった訳でもなかったので、又勉強させてください。」
「そうですか、得られたものがあったなら良かったです。お時間が許す限り勉強に来てください。いつも人手が足りていない状態なのです。」と頭を下げた。
「しばらくは邪魔にしかなりませんが、よろしくお願いします。」と俺は申し訳ない気持ちで答えた。
「みんな最初は同じです。それに創造神様はコーヅさんの治したいという優しい気持ちを受け取って下さいます。」と微笑んだ。
「あ、そうだ。コーヅ、創造神様に寄付よ。」とティアが財布から小銀貨を握らせてくれた。俺はティアにならって寄付箱に入れた。
神父は手を胸に当てて「ありがとうございます。ティアもありがとう。2人に創造神様の祝福を。」と祝福してくれた。
ここで祝福の何かが降ってくるというようなことは無かったけど、大聖堂では温かい気持ちになれたからそれで良いかな。
「神父様、魔獣狩りでの安全もお祈りして貰えますか?」とティアがお願いした。
神父はニッコリと微笑んで「勿論。」と答え、創造神に魔獣狩りに赴くみんなの安全と成功を祈ってくれた。
「さ、あんたは今日中に魔獣狩りに必要なものを買わないといけないんだから。」と俺に帰るように促し、そして神父には「神父様、またコーヅの勉強がてら来ますね。」と軽い別れの挨拶をした。俺も神父に会釈をしてティアに急かされて大聖堂を出た。
「ティアは大聖堂の人たちと仲が良いんだね。」
「まーねー。昔、色々とお世話になったし。」と少し遠い目をした。
その目はどんなことを想ってるんだろう?
でも今は昔話はしたく無さそうに感じられたのでそれ以上は聞かなかった。
「で、買い物ってどこに行くの?」と俺は話題を変えた。
「冒険者ギルドよ。全部そこで揃うから。」
冒険者ギルドか。いつか冒険者になって違う街に情報収集に行くとかもあるかもしれないか。
街の中心から外壁の方に向かった歩いていくと、徐々に冒険者と思われる人が増えてきた。装備や人相で何となく冒険者であろうことは想像ができた。
実戦で戦っている体というかオーラというか、衛兵たちとはちょっと違うものを感じる。
そしてその冒険者たちから俺たちへの無言の圧力に心が折れそうになる。でもティアは平然と歩いている。
心が半分折れてしまった俺は、いつもよりティアにくっつく感じで歩いていた。すると更に圧力を感じるようになった。
やっぱり冒険者としてはSランクのティアを意識して凄い圧力感を出してるんだな。そう思い、俺はむしろティアから離れた方が良いと思って離れた。すると圧力も弱まり歩きやすくなった。
やっぱティアってすごいんだな。
感心しているのを見透かされたかのように、ティアには「コーヅに冒険者ギルドは早かったかな?」とからかわれた。
でも俺は本気でこの圧力が辛くて怖いので、真顔で「早かったと思う……。」と答えた。
ティアはからかい甲斐が無いと思ったのか、詰まらなさそうに小さなため息をついて前を向いた。
その後はお互いに特に喋る事も無く、冒険者ギルドにたどり着いた。
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