第44話 今度こその後衛班ミーティング

「まずはフレンチトーストの事が決まりませんと、他の事など進められませんわ。」


 サラは当然の事とばかりに話題をそっちに持っていこうとする。


「これまでのコーヅ様がお教えくださった料理はどれも大変美味しいものでございました。フレンチトーストがどれだけ素晴らしく美味しいものかを想像するだけでわたくしは夜も眠る事ができませんでしたわ。」


 熱を帯びたサラは立ち上がった。そして身振り手振りも交えてみんなに熱く語りかける。それはちょっとした演説のようだ。でもその内容や、普段のサラとのギャップが面白いなと思って見ていた。


 その隣りに座っているリーサは、冷ややかな表情でサラの話を聞いている。でもサラの熱量に他の人たちはフレンチトーストに興味を持ち始めている事は感じ取れた。

 

「皆さま、明後日フレンチトーストのお店で決起集会を開きますが、出席されたい方はいらっしゃいますか?」とサラが皆を見回しながら聞いた。


 するとみんなの手が上がった。サラの誘いは断れないんだろうけど、せっかく湧いてきたみんなの期待を裏切らない結果になると良いな。


「では決起集会の参加者は、ここにいらっしゃる9名の方々でよろしいですわね。」とサラは満足そうに頷いた。


 リーサのために予約した会は決起集会と形を変えることになった。そしてその待ち合わせは夕方の鐘の頃にフィーロのパン食堂となった。


 ここからが本番の後衛班ミーティングだ。でもミーティングの内容以上に3人の女性の名前が分かってない事が気になっている。もう今となっては完全に聞くタイミングを逸した感じだ。名前はこの先の会話の中から拾っていくしかないと思ってる。


 まずは事前準備の話になった。これはさっきシュリから聞いたからある程度は分かる。食事は初日、2日目の全体集合前に食堂で空間収納袋に詰め込む。


 ふむふむ。俺はメモをする。


 ランタンや携帯水道は空間収納袋に入りっぱなしになっているので、魔石を入れ替えたそうだ。その他にも縄とナイフや斧や毛布が入りっぱなしになっているそうだ。

 それらの情報も一応メモしておく。


 結論は準備は終わってるから、遅刻しないように食堂に来いよ、ということだな。今回、俺がすべき事前準備は無しということだ。


 行軍中の後衛班は、前衛班に囲まれて移動するだけだそうだ。俺は行軍に遅れないことが大事なんだろうな。正直言うと、長い時間の行軍にはまだ不安がある。当日までにできる限りの準備をしておこうと思う。


 仕事は食事の配給と火起こし、野営地での簡易バリケードの作成と見張りの手伝いだ。そして一番大事な仕事は怪我人の手当だ。俺はまだ怪我人を手当てできるレベルになれてるのかも分からないので、見張りなど他の仕事で役に立ちたいと思う。


 魔獣狩り後に持参した道具の確認やメンテナンスをして、次回に備えるのも後衛班の仕事だそうだ。これならなんとか役立てるんじゃないかと思った。

 

 そして最後に行軍スケジュールだ。これはタイガーに教わった通りで、初日はアズライト周辺を行軍し一度街に戻ってくる。

 翌日から2泊で隣村のプルスレまでの行軍と周辺の魔獣討伐だ。野営地は決まった場所があるらしい。

 そういった情報もメモしておく。

 

 この辺りは毎度の事らしく、お互いに確認しあっているだけで、形式的なもののようだ。

 でも俺は初めてだしメモしておいて、後で頭の中に叩き込まないといけない。

 野営地での作業をもう少し具体的に教えて貰えるように頼んだ。

 

 名前を知らない中の1人の女性が手を挙げた。

「私が後衛班長のエイラだ。よろしく。」

「コーヅです。よろしくお願いします。」


 エイラという名前を忘れないようにと頭の中で名前を繰り返していた。エイラ、エイラ、エイラ……。

 

「それで何について詳しく知りたいんだ?」

「えっと、配給はどんな感じで行われるんですか?みんなが並んで取りに来るとか、こちらから配って歩くのか。」

「両方だね。魔獣狩りのメンバーは大体100人だ。そんな人数が並ぶと配るにもそれなりに時間がかかるからな。座って待っている奴らには配って歩くのさ。」

 

「俺は土魔術でテーブルを作ったりするのは得意ですが、そういうので手伝いは出来ますか?」

 例えば、と目の前のテーブルをコンコンと叩いた。


「どうだろうな。フリーダ、どう思う?」


 次はフリーダという名前だ。フリーダ、フリーダ、フリーダ……。エイラとフリーダだな。忘れてない大丈夫。

 

「はい。もしこんな立派なテーブルでなくて良いのですが、長テーブルを用意してもらえれば、そこにパンなどを並べていけるので、食事は配りやすくなります。」


「そうか。それならコーヅ、野営地に着いたらフリーダの指示でテーブルを作ってくれ。」


「分かりました。」


 俺は自分の役割ができて少し嬉しくなった。そしてメモにはエイラ班長の指示で、野営地に着いたら、テーブル作りをフリーダに相談、と覚えやすいように名前もしっかりと書いた。あと名前が分からないのは、この中で1番若そうな娘だけだな。

 その子の方に視線を向けた。ずっと俯き気味で、この場には少しついていけてない感じがする。

 

 それからバリケードのことも気になる。魔獣が襲ってこないように木の杭を打ち込んだりするのだと思う。


「それからバリケードなんですけど。土魔術で作れると思います。バリケードの前に穴を掘ることもできます。」


「そうか。手伝えそうなら手伝ってくれ。ただ穴は要らないな。普段は旅人たちもそこで宿泊するんだ。それに魔獣も強者に理由もなく襲いかからないから、今まで襲われたことも無いしな。」


「あと見張台なんかも多分作れますが。」

「それはあると有り難いな。この天井くらいの高さで作れるか?」  

「分かりました。見張りってどういう事をするんですか?」

「前衛班とペアで4班が交代で野営地を見回る。野営地自体は昼間なら見渡せるくらいの広さだ。」


 見張りについてもメモをしていく。覚えることも増えてきたな。


「他にどんな事をするのですか?」

「1番大事なのがヒールだ。大抵何人かは怪我をするからな。そいつらを治すんだ。」

「すみません、俺は人の怪我や病気を治したことが無いんです。」

「ヒールはみんな使えるから、コーヅが使う必要は無いよ。でも自分のために練習しておいた方がいいな。」


「あの……、大聖堂でヒールの奉仕をしてみるのはいかがでしょうか?」と一番若い娘が控えめに提案してくれた。


「そうね。コーヅは治癒に興味あるもんね。大聖堂でってのはいいかも。」とティアもその意見に同意した。俺も怪我や病気を実地で習う場があるのはありがたいな。


「ヒールも習ってすぐに使えるものでは無いが、先々を考えれば良いことだと思う。大聖堂では創造神様に魔獣狩りでの無事もよく祈っておいてくれ。」とエイラ班長も後押ししてくれた。


 他に質問も無くこれでミーティングは終わりとなった。


「そう言えばショーンくんて後衛班だから、もしかして見回りでペアを組むのは前衛班になるのかな?どうなんですかね、エイラさん。」とシュリが質問した。


「それはそうだろう。ショーンだけではなくリーサもヴェイも後衛班として前衛班と組む。」


 エイラは当然のこととばかりに答えた。


「えーー」と何人かの女性から不満が聞こえてきた。


 やっぱりショーンは人気なんだな。背は高くイケメン。その上、優しくて面倒見が良い。これでモテないわけが無い。これはどこの世界でも普遍の真理ということだな。


「そういえばサラ様から差し入れがあるという噂を聞きましたわ。」とフリーダが質問した。


「あら?皆さんお噂話が好きですね。今回はコーヅ様に作り方を教えていただいた天ぷらを差し入れますわ。とても美味しいのですよ。」


 おお、あのサラの料理人が作った天ぷらか。ああいう美味しいものを食べた後に、お風呂にゆっくりと浸かれたら最高だよな。


「野営地にお風呂を作っても良いですか?」

「お風呂!?」


 みんなからの視線が俺に集まった。その視線からは、肯定的には受け取ってくれなかったことが伝わってきた。


「はい、お風呂です。床と壁と浴槽くらいしか作りませんけど。お湯に浸かってゆっくりすると疲れが取れるかなと思いまして。」


 何とかみんなの視線を集めた中で、自分の意見を伝えることができた。


「あはははは!」とショーンが笑い出した。「本当にコーヅはお風呂が好きなんだね。そんなに良いっていうお風呂なら、体験してみても良いかな。」と賛同に1票投じてくれた。

 そして組織票を持つショーンのお陰で女性陣からも「ショーンが良いって言うなら」みたいな賛成票が入った。最後に班長のエイラも「やるべき仕事をこなして、空いてる時間にやるなら好きにしたら良いよ。」と許可をくれた。


 野営地で携帯温水シャワーも合わせてお披露目して、是非この街にもお風呂文化を根付かせたい。しっかりと準備して頑張らないとな。


 大切な話が終わったので、その後は魔獣狩りに関してではあるが、たわいもない話を続けていた。

 こうなると女性の独壇場で、俺とショーンは聞き役に徹していた。俺は途中でお茶を淹れ直したりもしていた。

 でもそんな雑談であっても何も知らない俺からすると色々と勉強にもなった。そして唯一分かっていなかった女性の名前が、マレーナという事も分かった。

 

 面白かったのは、野営地になっている場所は、数年前に初めて魔獣狩りに同行したティアが、魔獣に驚いて全力で火魔術を落としたところが更地になったので、活用しているという話だった。

 それがどのくらいの広さなのか楽しみであり怖くもある。きっとティアを怒らせたらいけないと再認識する事にもなるんだろうな。

 

―――


 女性たちの話題は尽きることが無い。少し暗くなってきたので、リビングの間接照明を点けた。


「まぁ!」「綺麗!」と初めて見た人から声が漏れた。


「これってどうやってるんですか?」と一番若いマレーナに質問された。


「簡単な事だよ。」


 そう言うと、俺は間接照明の魔石を取り上げた。


「こういう色の魔石を直接照らすんじゃなくて。」と手で魔石をみんなから隠すようにした。そして「こうやって壁に当てた光で部屋を明るくするとこんな感じになるんだよ。」と光を壁に当ててみせた。


「それなら私達でもできるって事ですか?」

「できるよ。特別なものが必要な訳では無いからね。」

「そっか……。私もやってみようかな。」


 その時にリーサが「サラ様。」と声をかけた。サラも頷いた。


「コーヅ様。わたくしはそろそろお暇させて頂きたいと存じます。明後日お会いできることを楽しみにしてますわ。」と立ち上がると「お先に失礼いたします。」とリーサと共に帰っていった。


「私たちもそろそろ帰ろうかね。」とエイラが立ち上がった。


 帰り際にティアから「明日の午前中は大聖堂で良い?」と聞かれたので「もちろん」と答えた。


「また明日。」と帰っていくみんなを、俺とシュリは玄関先から見送った。そしてみんなが廊下を曲がり見えなくなってから部屋に戻った。


「私も洗うの手伝うよ。」とティーセットを集め始めた。

 俺とシュリはティーセットを洗面所に持っていった。そして俺が洗い、シュリが受け取って拭いた。

 

 そしてそれらをティーセット置き場に並べ終えると、シュリは部屋の外で警護を始めたのがと思ったら食事を持って戻ってきた。


 俺は食事をしてお風呂に浸かった後、明日の大聖堂に備えて怪我や病気を治すヒールの練習を始めた。体の組織を意識した独自理論が通用するのかどうかは分からないけど。

 

 ヒールの練習を繰り返した後、早めに薄い布団に潜りこんで目を閉じた。


 俺も人の怪我や病気を治せるようになるのかな。そんなに甘くないか。

 こういう魔術を日本に戻っても使えるといいんだけど。

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