第43話 後衛班ミーティング

「コーヅ、これはすごい発明だよ。きっとこの料理は世界に広がると思うよ。」訓練場に向かう間、ショーンは真顔でしきりに唐揚げを褒めてくれた。


 確かに世界で食べられてる料理だと思うけど。俺はたまたま作り方を覚えてただけだから、何かくすぐったくて素直に受け止められなかった。


 訓練場に着くと魔獣狩り本番用の鎧に着替えた。これが身体強化が上手くできない俺には本当に重たい。

 人が居ない端の方まで鎧をガチャガチャと鳴らしながら2人で歩いていると後ろから声をかけられた。


「コーヅ様!」

 

 その声に俺たちが振り向くと、そこには本番用の鎧姿のサラとリーサが立っている。

「こんにちは、サラさん。どうかされましたか?」

 サラがズイッと一歩近寄ってきた。

「リーサからフレンチトーストの事を伺いましたわ。私も是非お誘いいただきたく存じます。」

 こういうサラからのお願いは命令と同じ意味を持つ。まぁ、断る気もないけど。

「はい。10人分用意してもらっているので大丈夫です。是非、一緒に行きましょう。」と快諾した。

「コホン……。サラ様?」

 ハッとした表情を浮かべたサラだったが、すぐに表情を切り替えた。

「失礼しました。コーヅ様やショーン様もご一緒に魔獣狩りの準備についての会合を開催したいと思っております。本日はお時間よろしいでしょうか?」

 

「はい、大丈夫です。」と、ショーンには確認せずに答えた。ショーンからしても領主の娘であるサラのお願いは絶対的な命令に近いからだ。


「それではわたくし達の訓練が終わる夕方にコーヅ様のお部屋にお伺い致します。」サラはペコリとお辞儀してリーサと共に訓練に戻っていった。何を着ていようがサラの優雅さを損なうことはできないだ。俺たちも訓練するためにその場から移動した。

 

「この辺にしようか。今日も歩く練習をしよう。」

 

 昨日の夜で何とか歩く事はできるようになっている。俺は足腰の魔力操作で身体強化しながらショーンに見えるところを歩く。


「すごいじゃない、コーヅ!」ショーンは昨日のたどたどしい早歩きが精一杯だった歩き方とのギャップに驚いて褒めてくれた。


 俺はペースを上げながらも右、左と意識しながら魔力操作して歩いていく。少し長い距離を歩こうとグラウンドを大きく5周してきた。競歩まではいかないが早歩きに近い速度まではスムーズに出せるようになってきた。速度が上がってくると体がフワフワと浮き上がるような変な感覚も出てくるので折り合いをつけながら歩く必要が出てくる。


 次の一周は少し小走るようにしてみた。少し走るようになるとまた難易度が上がる。ぎこちなく走っているような歩いているような感じで1周、2周、3周と繰り返した。これも慣れなので体と魔力の感覚が合ってくると自然な感じで小走れるようになった。そしてちょっと力を入れて跳ぶと2mくらいは跳ねられる。その時は体も軽く空を飛んでるような気持ちになれる。


「やっぱりコーヅはセンスが良いね。今日はこれを10周したら終わりにしようか。」とショーンに声をかけられた。


 俺は了解と合図しそのままグラウンドを歩き続けた。周を重ねるごとに自然な感覚で歩いたり走ったりとできるようになっていった。10周目は走ったまま1周することができた。走った方が魔力操作の回数が少ないから慣れると歩くより簡単かもと思った。


「早かったね。それだけ速く走れるようになったなら、あと5周くらい走っておいでよ。」

 俺も感覚を掴みつつあるからもう少し続けたいと思っていたので丁度良かった。

 走る速度も早めたり遅くしたり、たまに横へのステップを入れたり自分なりにアレンジしながら走った。重たい鎧を着ていても体が軽く跳ぶように走れるので、これだけ走っても全く息が切れないし疲れない。身体強化って本当にすごいな。


「お疲れ様。コーヅの上達速度はすごいね。もしかして昨日も隠れて訓練してた?」

「うん。シュリにも教わって廊下や部屋をずっと身体強化しながら歩いてたんだ。」

「それにしたって上達が早いね。この辺りはさすがAランクって事なのかな。」


 俺たちは更衣室で着替えてから部屋に戻ると、警護のシュリが直立している。相変わらず見た目は凛々しい。


「ただいま。」

「コーヅくん、おかえりなさい。ショーンくんもいらっしゃい。今日はまだ職人さんたちは来てないよ。」

「シュリは夕方から後衛班の打ち合わせするって聞いてる?」

「ううん、聞いてないけど、そろそろ連絡が来ると思ってたよ。今日なのね?どこでやるのかしら?」と小首を傾げる。

「この部屋に集まるらしいよ。」

「うーん、でも行軍ルートなんかは極秘事項だから職人さんたちには、夕方で作業を切り上げてもらうのが良いのかな。」というシュリのアドバイスにショーンも頷いた。

「ありがとう。職人さんたちが来たらそう伝えておくよ。」

「僕は一度訓練に戻るよ。また後でね。」とショーンは訓練に戻っていった。


 俺も部屋に戻ると、職人さんやサラやリーサを迎える準備でお茶とお茶請けのクッキーを確認した。クッキーはあと20枚ほど残っている。大丈夫だ。俺はクッキーを1枚取り出すとかじった。

「美味いな。」と独り言ちてからクッキーを片手に部屋の中を身体強化してウロウロ歩いた。しばらく続けているとドアがノックされ職人たちが入って来た。


「コーヅさん、こんにちは。」建築部長のディルクを先頭に今日は5人程いる。また増えた。彼らの名前を覚えることは放棄した。

 

「すぐお茶を淹れます。」おれがお茶を準備しようとすると、ディルクから「我々は作業をしに来ているので結構です。」と断られた。


 俺は夕方にサラが来ることを伝えた。その場がざわっとし、ディルクが「承知いたしました。今日は少し早めに切り上げる様に致します。」と言って職人たちに作業に入る様に指示をした。俺も手伝いが必要になったら声をかけてと伝えてテーブル席に座った。


 ここで俺はしおりのたたき台を作っておこうと思いパピルス紙を持ってきてテーブルに広げた。そこにまずは事前準備、スケジュール、作業内容と書いた。

 さて事前準備とは言っても俺が考えて出て来る訳でもない。ドアから顔を出して「シュリ。」と声を掛けちょいちょいと手招きして部屋に招き入れた。


「どうしたの?」とシュリは怪訝そうに聞いた。

 俺はパピルス紙を見せて、準備が必要なものを書きだしたいから教えて欲しいとお願いしたところ、シュリは軽く胸を叩き「任せて。」と快諾してくれた。


「個人として持っていくものと班として持っていくものは別々に考えるのよ。まず個人は……。」とシュリは細かく教えてくれた。


 個人としては携帯水道、干し肉なんかの携帯食、ナイフ、そしてポーションだそうだ。ポーションには魔力回復薬、治癒薬、体力回復薬、解毒薬といったものがあり、魔獣狩りでは治癒薬、魔力回復薬辺りを持っていく人が多いらしい。そしてそれらを全て収められる腰ベルトだそうだ。

 

 俺、何も持ってない。携帯水道は手作りでいるけど、きちんとしたのが良いし。買いに行かないといけないな。ティアに連れて行ってもらおう。

 

 そして班として持っていくものは食事や携帯水道、ポーションに剣や弓、盾などの予備、ランタン、シャベルやナイフ、縄といったものだそうだ。

 

 夜、寝る時はたき火の周りで雑魚寝だそうだ。


「外で横になって寝るの?俺は屋根が無いところで寝た事ないんだけど。風邪引いちゃうよ。……いや、その前に寝つけるかが心配。」


「あははは。コーヅくんってお坊ちゃんねぇ。結構たき火が温かくて寝れると思うよ。それに風邪引いたってヒールで治るんだから。」


 えー、そういう感じ?きついなぁ。

 

 事前準備は何となく分かった。続けて後衛班の役割を教えてくれた。

 食事の配膳、野営地の構築、怪我や病気の治癒、前衛班が狩ってきた魔獣を空間収納袋に保管だそうだ。食事は出来合いのものを空間収納袋に入れて持っていくらしいので、出して配るだけ。野営地は小石や小枝なんかを取り除いて座ったり寝ころんだりしやすい様にし、班に2つずつのたき火を準備するだけ。あまり忙しく働く事は無いようだ。

 

 そうすると俺は本当に遅れないようについていければ良さそうだな。タイガーは街の外や魔獣を見せる事で少しずつ俺をこの世界に慣らせようとしているのかもしれない。俺は聞いたことをメモしながら頭の中も整理していった。

 そしてその後もしばらく魔獣狩りの事を色々聞かせてもらった。そして会話がひと段落するとシュリが立ち上がった。

「そろそろサラ様もいらっしゃると思うから戻るね。」と部屋を出ていった。


 窓の外を見ると陽が傾いてきている。建築部長のディルクにそろそろサラが来るかもと言う話をすると、ディルクも慌てた様子で外を見て陽が傾いてきた事を認識すると職人たちを集めた。

「今日はここまでにする。もしサラ様にお会いしたら……」とディルクは急いで作法の指南を始めた。職人たちも戸惑いながらもお辞儀の練習を繰り返した。

「それではコーヅさん。我々はここで失礼します。」とディルクが頭を下げると、職人たちも習いたての綺麗なお辞儀をして、急ぎ気味で部屋をあとにした。

 

 俺は部屋に戻り職人たちが削ってくれて床に散らばっている削りカスを箒で集めてからまとめて消した。石は捨てなくても消せるので塵取り要らずで掃除も楽だ。

 細工部分を見ると大枠はかなりできて来ていて細かな作業になってきている。でも本当に職人が納得いくまでの細工をするとなると、このペースだと難しいだろうな。俺は他の部屋に寝泊まりして、この部屋は終日職人さん達に開放した方が良いんじゃないかなぁ。


 コンコンコン

 

 ノックだけで入ってこないのはサラだな。俺は返事をして、玄関まで行ってドアを開けた。

「失礼します。」とリーサを先頭にサラと訓練場でたまに見かける女性3人とシュリが入って来た。


「コーヅ様、ごきげんよう。」とサラの挨拶に「ごきげんよう、サラさん。」と返した。そして俺はみんなをテーブル席に案内した。


「ショーンはティアを呼んでから来るわ。」と女性の1人が教えてくれた。


「分かりました。では9人ですね。」とお茶の準備を始めた。あれ9人?クリフォード製のティーカップは8つだ。俺は借り物の陶器のカップにして、みんなはクリフォード製にするか。


 俺はお茶の準備を始めたまずはクリフォード製のティーセットをテーブルの上に並べていく。そして1つだけ陶器のカップを持って来て俺の席に置いた。

 そしてティーポットを持ちお湯を沸かしお茶の準備を進める。お湯を沸かしている時にショーンとティアが入ってきた。お互いに軽く挨拶を交わしてから空いてる席に座った。

 

 ……


 俺がお茶を準備するまで、みんなは一言も喋らず俺の手元を見ていた。ティアも空気に合わせて黙って俺の方を見ている。それぞれのカップにお茶を注ぎ、サラから順番にティーソーサーの上にカップを置いていく。

 全て配り終えたところで「どうぞ。」と勧めた。

 

 こういう場はサラが手を付けないと誰も手を付けられない。サラもそれは分かっているので優雅な手つきでカップを取り口を付けた。そしてゆっくりティーソーサーの上に戻した。


「とても美味しいですわ。」とにっこり微笑んでくれた。


 それを合図に他の人たちも手を付ける……と思ったが3人の女性は手を付けない。ティアやショーン、リーサは美味しいと言いながら飲んでいた。俺もお茶で喉を潤しつつ味を確認して、美味しく淹れられたと自己満足していた。

 

 俺はもう一度「どうぞ温かいうちに。」と勧めた。

「あの、このカップ、まさかとは思うのですが……。」

「さすがお目が高いですわね、ふふ。クリフォード製ですわ。」

「うそ!?」「本当に?」

「あ、でもこれは普段使いのカップなので気にしないでください。」と俺はもう一度勧めた。

「いや、気にするって。」

 3人の女性はしばらくお互いに見合っていたが、やがて恐る恐るカップを手に取り口を付けた。

 それを見届けたサラが口を開いた。

「それでは先に大事なお話をしませんと。」

 みんなはカップを置いてサラに注目した。

「明後日のフレンチトーストについてですが。」

 

 そっちの話かよ。

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