第41話 身体強化のコツ

「コーヅくんって凄いね。魔術だけじゃなくて料理もできるんだから。それもこんなに美味しいものを。」とシュリは廊下を歩きながら皿なら唐揚げを1つ摘んだ。

「俺がやることって全部日本にあるもので、たまたま覚えていたものだよ。」

「でもそんなコーヅくんを近くで見てるのは本当に面白いよ。」とシュリはニコッと笑う。

「そういうもんかな?」

「そういうもんだよ。」と大きく頷いた。

「でもまぁ、俺もアズライトの人たちは好きだし、こんな事でもみんなの役に立ててるなら嬉しいかな。」


 部屋に戻ると一斉に視線が俺……ではなく、俺が持っている唐揚げの方に注がれた。普段なら作業に集中していて誰も見向きもしないんだけど唐揚げの香ばしい香りは強力だったようだ。

「皆さんの間食用に貰って来ました。これは私の故郷の日本でも食べられているものです。」 

 職人が唐揚げに釣られてふらふらと集まってきた。一番奥の風呂に居たレオンにも香りは届いていたようで、気付いたらリビングに居た。

 俺はテーブルの上に皿を置いて「どうぞ」と勧めると職人は食べたそうにしながらも部長のディルクを見ている。みんなの視線が集まる中、ディルクは唐揚げを摘まんで、これは何なのかとマジマジと見てから一口で食べた。

 ディルクは目を見開いて俺を見た。


 モグモグ


 「コーヅさん、これは何と美味しい」


 モグモグ


「料理なのでしょう。」


 モグモグ


「みんなも頂きなさい。」


 俺が母親なら食べるか喋るかどちらかにしなさいって言いたくなる光景だった。それが普段のディルクとのギャップで微笑ましく感じられた。そしてこの世界でも唐揚げは受け入れられると確信も得られた。やっぱり唐揚げはどこの世界でも正義だね。


 ディルク以外の職人たちも唐揚げをつまみ始めた。「んーー」と頬っぺたを押さえたり「うめぇ!」と2つまとめて口に放り込んだり、それぞれで喜び楽しんでくれている。ティアも「これ美味しいじゃない!」と口いっぱいに頬張って食べている。そんなティアはハムスター的な可愛さがある。


 俺はそんなみんなを見ていたら、最後に口の中をさっぱりと洗い流すためのお茶があると良いと思い、陶器のティーセットを持ってきた。そしてみんなが美味しそうに唐揚げを頬張っている横でお茶を淹れ始めた。


「気が利くね、コーヅ。」とティアに褒められた。お茶は口直しに良かったようで置いたそばからティアも職人たちもカップを手に取った。


 お茶も飲み終えて一息つくと、職人たちは口々にお礼を言ってから立ち上がった。そしてそれぞれの作業に戻っていった。


「私は帰るね。美味しかったわ、ご馳走様。もうお腹一杯だし夕食は要らないかな。」とティアはよいしょと立ち上がって本を片手にバイバイと手を振って帰っていった。


「私はどうしよっかな。」とシュリは俺を見てきた。

 俺は魔獣狩りで必要になるという身体強化があまり上達していない。ショーンから教わってはいるが、自在に体を動かせるには程遠い状態だ。


「シュリ、身体強化の練習に付き合ってもらえる?まだ歩く事もままならないレベルなんだ。」

「えー!?本当に?今そんな状態で魔獣狩りは大丈夫なの?」

「駄目だよ。だからこれから頑張るんだ。という事で、シュリ先生!ご教授の程よろしくお願い致します。」とシュリに手を合わせてお願いした。

「あははは。何よ、それ。」と笑いながらも快諾してくれた。

 そしてシュリに促され廊下に出て、まずは足を強化して廊下を歩くように言われた。廊下を真っ直ぐ歩き突き当たったところを折り返して戻ってきた。

「どう?」俺はシュリに聞いたが「コーヅくんはどう感じた?」とシュリから聞き返された。

「まだちぐはぐだね。足が地面につく頃に魔力が足に届いてる感じ。」

「それだけきちんと感じ取れていたら大丈夫よ。」と褒めてもらえた。俺としては全く大丈夫な気はしてないけど。きっとシュリは褒めて伸ばしてくれる先生なんだな。


「足を前に出す時に一緒に魔力も出すの。1歩それで前に出してみて。」

 俺はシュリに言われた通り、足と魔力を一緒に出すように1歩前に踏み出した。


 おっ


 今度はスムーズに足が出た。それを見ていたシュリは「1歩ずつ立ち止まりながら。もう一度行って帰ってきて。」と言った。


 俺は今度は逆の足を魔力と一緒に出した。スムーズに足が出た。一度立ち止まり足を出す、立ち止まり逆足を出すを繰り返し廊下を往復した。


「良くできました。さすがコーヅくんね。ちょっとコツを教えただけなのに。これを繰り返していれば大丈夫。手だって一緒よ。ただ戦う時は足だけじゃ駄目なのよ。足腰なの。腰から足までを強化しながら動かすの。一度に言っても難しいからね。今日は歩く練習を繰り返しましょ。」


 俺はシュリに言われた通りに同じ動きで廊下の往復を繰り返した。少しずつ止まる時間を短くしていきながら。でも止まらずに歩く様にすると頭がまだ混乱するのでできる範囲で繰り返した。

 

 しばらく続けていると扉が開いてディルクや職人たちが出てきた。

「今日は失礼します。唐揚げはご馳走さまでした。」

「兄ちゃん、すげぇ美味かったよ!」

「今度はビールと一緒に食べたいですな。」

「ははは、ビールにもよく合いますよ。」

 そんな軽いやり取りをして職人たちは帰っていった。それを見送った後も俺は廊下を1歩ずつ歩く練習を続けた。


 メイドが食事と水差しと着替えを持って来てくれた。夕食には唐揚げが付いていた。俺に気付いたメイドの1人が「コーヅ様。この唐揚げという食べ物はとても美味しかったです!」と話しかけてきたので、俺は立ち止まった。

「本当ですか?唐揚げは自宅でも作れますよ。」

「え?私たちにも作れるようなものなのですか?」

「作れるよね?シュリ」と俺は振り返ってシュリにも聞いてみた。「作り方と、ちょっとしたコツが分かればできますね。」と返事をした。


「唐揚げも天ぷらのレシピ板の横に貼っておいたら?」

 

 あ、レシピ板は食堂に置いてきちゃったなぁ。またあとで作り直せばいいか。


「あとでレシピを貼っておくので、今度見てみてください。」

「本当ですか?ありがとうございます!」とメイドたちは頭を下げた。


 俺はメイドたちと一緒に部屋に戻った。そしてテーブルの上に食事や水差しを置いてもらい、唐揚げの皿を下げてもらった。シュリも「また明日ね。」と言ってメイドたちと一緒に部屋を出ていった。


 今日も色々慌ただしい一日だったな、ゆっくりと風呂に浸かって疲れを取りたい。細工中だけど大丈夫かな?と俺はお湯を溜められる状態にあるか浴室を見に行った。作業中な感じで、削りカスの石の粉が散らかっていたので手をかざして石粉を消した。石鹸置きや湯口だけでなく浴槽も一部削られている。大まかな形を見ると植物をテーマにしているのかなと思う。最後まで仕上がるとどんな風になるんだろうな。


 んー、まっいいか。俺は風呂を使えると判断して、いつものように浴槽に水を溜めてから食事に向かった。


 唐揚げ付きの食事を美味しく食べ、お風呂に入る前に洗面所でティーセットを洗った。その後にお風呂の水を温めてお湯にした。そして今日はついに完成した携帯温水シャワーがある。これでたまに感じていた頭皮のかゆみを一掃できるはずだ。


 早速服を脱ぎ携帯温水シャワーと共に風呂に入った。まずはゆっくりとお湯に浸かる。


 ふぅ……


 声と共に体や心に蓄積された今日の疲れが風呂に溶け出していく様だ。


 あ、そういえばティアに火魔石を作ってもらってあったんだ。あとで携帯温水シャワーも作らないとな。魔獣狩りには持っていきたいし。絶対にみんな気に入ってくれると思うんだ。


 俺はしばらく湯船に浸かり十分に体も温まったので、携帯温水シャワーを使ってみる事にした。

 携帯温水シャワーを持ち壁に向けて魔力を優しく流す。シャーっと少し弱いシャワーが出てきた。お湯の温度は丁度良い。俺は一度魔力を消してお湯を止め、もう一度もう少し強く魔力を流すと、勢い良くシャワーが出てきた。俺はそれを頭に向けた。

 

 おぉぉぉぉ、気持ちいいぃぃぃ

 

 俺はしばらく頭全体にシャワーを当てて心地良さに浸っていた。これは本当に気持ち良かった。これはベストセラー間違い無しだと強い確信をもった。

 

 風呂を出た俺はこの携帯温水シャワーを作るべくティアに貰った火魔石10個をテーブルに並べた。作成済みの携帯温水シャワーが3本。あと10本作って魔獣狩りに持っていこうと思う。

 まずは石筒を10本作り、次に石筒に小さな穴を開けた。それから水魔石、火魔石を放り込み蓋をした。これで携帯温水シャワーが完成だ。

 そしてその10本の携帯温水シャワーを持って風呂に行き、テストをして10本ともきちんとお湯のシャワーが出る事を確認した。


 ふふふ、みんなが気持ち良さそうにする顔が目に浮かぶようだよ。

 

 それから忘れないうちにレシピ板も作っておかないと。こういうのは明日にするとそのまま忘れちゃうんだよね。まずは石板を作った。今回は少しコツを書き足したいから前の唐揚げの物よりも少し大きくした。そしてレシピを書いていった。

 

  ~唐揚げ~

 一口サイズに鶏肉を切る

 塩、細かく切ったニンニクや生姜をまぶす(色々下味をつけると美味しいです)

 小麦粉をまぶす

 油で揚げる(高温になってから揚げてください)

 きつね色になったら取り上げて、油をしっかり切る

 塩やレモンをかけて食べる


 そして書き上げたレシピ板を持って部屋の外に出た。ドアのすぐ脇には直立不動の姿勢の凛々しいシュリが立っている。

「レシピ板ができたから貼ろうと思って。」

「さすがコーヅくん、できる男は仕事が早いね。私も唐揚げ伝道師として頑張るよ。一緒にアズライトの名物にしていこうね。」とシュリは笑っている。

「シュリが協力してくれたらきっとアズライトの名物になるよ。」と俺も笑った。


 俺は唐揚げのレシピ板を天ぷらのレシピ板の隣に貼り付けて部屋に戻った。

 

 後は寝る前の自主トレーニングだけど、歩くだけの身体強化なら部屋の中でもできるよね。さっきシュリは足腰で歩けると良いような事を言っていたので、足腰を強化してリビングを行ったり来たりを繰り返す。身体強化の範囲を広げるとやっぱり魔力の流し方の難易度が上がってくる。でも早くこのやり方に慣れたい。


 俺は何度も繰り返しリビングの中を往復するように歩いた。


 段々と意識しなくても魔力と足腰の動きが重なる様になってきた。そろそろ止めようかなと思ったが、一度シュリに見てもらってから止めようと思いもう一度外に出ようとドアを開けた。するとシュリはレシピ板を前にメイドさんたちに唐揚げの作り方を教えていた。唐揚げ伝道師の仕事を邪魔しちゃ悪いなと、そっとドアを閉めた。


 俺は寝室に向かいゴロンとベッドに転がった。魔力をずっと使い続けていたので変な疲れがある。目を閉じると瞼が重くなり、そのまま朝まで開ける事ができなかった。 

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