第40話 カリカリでアツアツの唐揚げ

 更衣室でいつもの様に訓練用の鎧に着替えていると、タイガーが入って来た。


「コーヅ、お前さんも魔獣狩りの時に着る鎧で訓練しとけ。ショーン、コーヅへの身体強化の訓練はくれぐれも頼むぞ。」


 俺はタイガーから新しい鎧を渡された。これが俺の実戦用らしい。みんなと同じ物で格好良い。汗臭くない新品の鉄製の鎧だ。試合用のユニフォームを渡された時の気持ちを思い出した。鎧に鼻を近づけて大きく息を吸う。真新しい鉄の匂いがする。


 タイガーは「……ショーン、あとは頼むな。」と呆れた表情で出ていった。

「よっぽど気に入ったみたいだね。」

 ショーンはクスリと笑うと、鎧を着る手伝いをしてくれた。が、いざ着てみると重たい。とても重たい。これを着て1日中歩くとかは考えられない。これは身体強化を使いこなさないとマズイと本気で思った。

 

 訓練場ではショーンに教わりながら身体強化を練習した。理屈はしっかりと教わったが魔力の操作が追いつかない。手と足を動かす事もおぼつかない。ショーンからは今回の魔獣狩りは4日間歩き続ける事ができれば大丈夫だから足に集中してランニングしようというアドバイスを貰い、最初は歩くところから始めて少しずつスピードを上げていった。

 夕方になり訓練が終る頃でも早歩きにもならないような速度までが精一杯だった。この訓練の疲れは精神的な疲労だからかヒールが効かない。俺は疲労感を残したままショーンに付き添ってもらい部屋に戻ると、ドアの前にシュリの姿が無かった。

 部屋の中からはコンコンコンと石を削る音が聞こえている。「部屋の中かな?」とショーンが部屋のドアを開けた。


「うわっ、何この部屋!?これをコーヅが作ったの?」とショーンが目を丸くして驚いている。

 ショーンってこの部屋を見たこと無かったっけ?いつも俺を送ったらすぐ訓練に戻っちゃってたからか。

「うん、ここまでは作れたんだけどね。タイガー隊長が殺風景だからって職人さん達に依頼して内装の仕上げをしてもらってるんだ。」


 部屋の中では職人が作業をしている。俺が部屋に戻ると黒毛建築部長のディルクが挨拶に来た。ショーンも一緒に3人で挨拶する形になった。

 ティアはそんな俺たちを気にすることもなく、椅子に座ったまま本を読んでいる。


 今日の建築部は4人で来ていて1人増えたそうだ。領主に出せる品質の細工ができる職人の手が空き次第で投入してくるらしい。今日初めての職人さんはレオンさんと言うらしいが石鹸置き場を作り直すために来てくれたそうだ。すまんね、作り直しの手間をかけさせて。


 浴室に向かうと「コーヅさんですか?」と声をかけられた。恐らくこの人がレオンさんで、見た感じは40代くらいの男性だ。俺は「はい、そうです。」と答えた。


「私が見たところ、浴槽にお湯を溜めるための湯口が無いようですがどのようにお湯を溜めてらっしゃるのですか?」


 俺は水魔法で水を溜めて、水に手を突っ込んで温めていると伝えたところ、レオンはディルクと相談してくると言ってリビングに戻っていった。ディルクはリビングで浮き出した壁を削り細工をしている。


 俺とショーンが浴室に残された。

「それにしてもすごい部屋に住んでたんだね。どこの王族の部屋かと思っちゃったよ。」

「ね、すごいよね。いつか私の部屋もコーヅくんに綺麗にしてもらうんだ。ショーンくんもお願いしときなよ。」

 いつの間にかシュリが近くに居て会話に混じってきた。

「ははは。僕は近衛兵を目指しているから、部屋の居心地が良くなっちゃうと王都に行けなくなっちゃうよ。」とショーンは冗談めかして言った。でもショーンには目指しているものがあるのか。

「ショーンくんは近衛兵になりたいのか。いいなぁ。私も目指したかったけど、無理だから。」とシュリが少し悲しそうな顔をした。

 

 職人のレオンが戻ってきた。

「コーヅさん、魔石を置いてお湯を出せる湯口と石鹸置きを作る事になりました。湯口は魔道回路の設置が必要なので私の細工が終わった後で魔道具職人を連れてきます。」


 俺はレオンの指示で石鹸置きを消した。残念ながら俺デザインの石鹸置きに使える要素は何も無かったということだ。

 湯口と石鹸置きは浴槽につなげる形で作るので、レオンの指示で浴槽の2箇所に大理石の固まりをつけた。そこから湯口と石鹸置きを成形をしていくそうだ。


「ありがとうございました。では私は作業に入らせていただきます。」とレオンは石を削り始めた。

 一度作業に入った職人は声を掛けられない雰囲気がある。レオンも同じだ。俺たちは静かにリビングへと戻った。そしてショーンは「訓練に戻るね。」と部屋を出ていった。ティアは相変わらず読書を続けている。


 俺は食堂に行ってこようかなと、寝室に行ってサイドボードに突っ込んであった唐揚げのレシピ板を取り出した。そしてティアに「これから食堂に行こうと思うけど、ティアはどうする?」と聞いた。

「んー、私はどっちでもいいよ。シュリが選んで。」と本に目を落としたまま答えた。

「いいの?私、新しいレシピの方選ぶよ?きっと試食とかあるよ?」とシュリがティアを覗き込むように聞く。

「大丈夫よ。私は本を読んでるのも好きだしね。ギルドの人たちがコーヅに用事があるときは呼びに行くから。」ティアは視線を上げずにバイバイと手を振っている。

「ありがとう、ティアちゃん。よし、コーヅくん。食堂に行きましょう!」とシュリが張り切って部屋を出ていったので、俺もレシピ板を片手にそれに続いた。


 食堂に向かう廊下でシュリに石板を見せて欲しいと謂われたので石板を渡した。

「何これ?本当にこれだけ?」シュリはレシピ板に続きがあるんじゃないかと裏側にしてみたりして、簡単なレシピに驚いていた。

「うん。俺が作り方を覚えてられるようなものだから簡単なもので俺が好きな物だけだよ。」


 食堂に着いた。いつもは人の出入りが多くにぎやかな食堂だが、こういう中途半端な時間だと人はほとんどいない。居る人も食堂の関係者の様だ。食事を片付けたり、テーブルを拭いたりしている。

「おう、来たか!」と料理人のおっさんから声をかけられ、厨房の中に案内された。

「で、どんな料理を教えてくれるんだ?簡単で安くて美味いものじゃない食堂じゃ出せないからな。」

 それにはもってこいの物ですよ、と俺はレシピ板を見せた。おっさんの料理人は受け取りサッと表を見て裏返して、何もないので「これだけか?」と聞かれたので「これだけですよ。」と答えた。

「本当に簡単だな。まぁ、このくらいの方がいい。よし、早速やってみるか。嬢ちゃんも手伝うか?」

「はい!手伝います。」とシュリは元気良く答えた。

「おい、カルラとウーゴ。手伝ってくれ。」

「はーい!」と男女の返事が聞こえた。

 材料を揃えてもらう為に俺は材料を読み上げた。

「生姜、ニンニク、塩、小麦粉、鶏肉です。あと、あればレモンも。」

 お手伝いの料理人たちも復唱しながらバタバタ集めていく。料理人たちは何がどこにあるかは把握しているのであっという間に集め終わった。

 皆の手が止まったことを確認して「それでは一口サイズに鶏肉を切ります。」と作る工程の指示をした。

「料理長、何個くらいにします?」「そうだな。まずは10個でいいだろう。」

 料理人は包丁で叩き切るようにして切っている。包丁の切れ味が悪いのかな?という印象だ。それでも2人で切るとあっという間に切り終わった。

「次に塩と細かく切ったニンニクや生姜を鶏肉にまぶして揉んでください。」

 料理人たちはまずはニンニクと生姜を細かく切っていく。そしてそれらを混ぜ合わせたボウルに鶏肉を漬け込み揉んだ。

「では小麦粉を別の器に入れてもらえますか?」

「よし、嬢ちゃんがやってみろ。」

「私、このまま試食まで出番が無いかと思いましたよ。」とシュリは小麦粉をそこの薄い器にパッパと入れた。

「ほう、ボウルを選ばないんだな。」と料理長は感心している。そして料理長は油の準備を始めている。

「はい。この後小麦粉にまぶすから浅い器の方がやりやすいかなと思って。」とシュリ。ちょっと手順書を見ただけなのに、先の事まで考えて料理用のバットを選んだようだ。

 料理人たちはそこに鶏肉をパタパタとつけている。

「コーヅさん、このくらいで良いですか?」と料理人が聞いてきた。「多分大丈夫じゃないかな。」と俺はパッとみて感覚で答えた。


「よし、そろそろ揚げるぞ。」と料理長が鶏肉を1切れ摘まんだ。へぇ魔力を使うと温度の上がりが早いんだな。


 ポチャ、ポチャと次々に鶏肉を油の中に放り込んだ。

 ……ジュ、ジュ


 あ、そんなことなかった。温度が十分に上がってない。でもまずは何も言わず出来上がりを待つことにした。


 ジューー


 音が良くなってきた状態でしばらく待ち、きつね色になった所で「このくらいで大丈夫です。」と俺は声をかけた。


 料理人たちが唐揚げを掬い上げて皿の上に乗せた。油ごと掬っているのでお皿にも油が入ってしまっている。油を切る為の網の様なものって無いのかな?

「よし、試食だ。」

 フォークが渡され、みんなが順番に唐揚げを取って口に運ぶ。

「あっつ!」「はふはふ」とみんな口の中で冷ましながら食べている。

「美味しい!」「こんな美味しい物、初めて食べた!」と喜んでくれている。良かった、上手く作れたみたいだ。

 俺も1つ頂く事にする。フォークで唐揚げを刺した。少し感触が柔らかい気がする。そして口に運んだ。みんなの視線が俺に注がれる。俺の評価が気になっている様子だ。


 ジュワっと油が口の中に広がった。「あっつ!」と言いながらハフハフと口の中で温度を下げて食べた。味は良いと思うが食感が残念だ。カリッとしていなくてべチャとしている。

 

「味は良いと思います。でも食感をもっと良くすることができて、もっと美味しくなります。」


 俺は自分で揚げさせてもらう事にした。

 その前に俺は油切りの様なものを探したが見当たらない。聞いても何の事かよく分からないと言われたので簡単な油切りを作ることにした。

 石でオタマの形を作り、何か所かに小指ほどの穴を開けた。もう少し小さい穴でスマートな形にしたかったが。唐揚げが落ちなければ良いので、これでいいやと割り切った。

 まずは漬け込まれている鶏肉を手で取って小麦粉をパッパとまぶした。そして十分に熱くなっている油の中にゆっくりと落とした。1つ、2つと5つを油の中に落としていった。


 ジューー、カラカラ


 最初から良い音がしている。

 そして揚がった鶏肉を油切りの上に置いていく。1つ2つと順番に取り上げていった。全部取り上げ、油を切るために少しの間、置いておく。

 ぽたっ、ぽたっと油が落ちていく。ある程度落ちたところでどうぞとみんなに勧めた。順々に唐揚げにフォークを刺して口に運んだ。


 カリッ


「んーー美味しい!」「食感がすごく良くなりました。」

「おい、コーヅ。俺たちとお前の違いはなんだ?油を切る事か?」と、料理長は唐揚げを食べながら聞いてきた。

「揚げ始める時の油の温度と油を切る事だと思います。」

「そうか、高い温度で揚げ始めた方が良いんだな。よし、もう一度やってみよう。」と料理長は早速他の料理人に指示を出した。

 料理人たちは鶏肉を少し多めに切っている。気付くと周囲には人だかりができていて何をしているのかをジッと見ている。その人たちの分も入っているのだろう。味付けの生姜やニンニクも足りなくなっているので切り始めた。

 周囲で見ていた人たちも手伝い始めて山ほどの生姜とニンニクのみじん切りができあがった。そこから必要量をボウルに入れて塩と混ぜてから鶏肉も揉みながら絡めた。


 そして小麦粉に浸けて、十分に熱されている油の中にゆっくりと落とした。1つ、2つといくつかを落とした。


 ジュー―、カラカラ

 

 と美味しくなりそうな音がしてきた。きっとカリッとした唐揚げができあがると思う。料理人たちは不安そうに俺を見てくる。

「大丈夫だよ。きっと美味しくできるよ。」と笑顔で答えた。料理人たちの顔も不安の色から期待の色に変わっていくのが見て取れた。

 きつね色になってきたので俺は取り上げて良い事を伝えると料理人たちは唐揚げを取り上げ油切りの上に置いていった。そしてすぐに次の唐揚げに取り掛かる。小麦粉をまぶして油にゆっくりと落としていく。


 ジュー―、カラカラ


 それを繰り返し山ほどの唐揚げができていった。料理人も途中で取り巻きの人たちとも交替しながら作っている。その中にはシュリもしっかりと混じっていた。

 追加で作った唐揚げも試食してみたが、食感や味も全く違和感なく美味しい。醤油じゃなくて塩ベースなので少しいつもの味と違うけどね。やっぱり唐揚げは正義だね。


 俺は味が足りなかったら塩を少しつけたり、レモンを絞ってかけても美味しいと教えた。すると料理人たちは早速味を変えながら試食していた。

「ちょっと薄味だと思ってたんだ。塩をつけると丁度良いな。」「レモンをかけるとさっぱりするし食べやすくなる。」などそれぞれの感想と言いながら食べている。


 俺は部屋で作業している職人たちにも唐揚げを食べさせたいとお皿に一山作ってもらった。


 作ってもらっている間に料理長と料理談義をしていた。俺は最初に感じた事が味に深みが無いという事を伝えると、深みの意味が分からないと言われ、出汁についてしばらく話をしていた。結局きちんとは伝わらなかったが、まずは試しで干し椎茸を作ってみるそうだ。

 それからブイヨンの作り方のヒントも教えた。俺もきちんと覚えてないからヒントでしかないんだけど。鶏がらや玉ねぎ、他がよく分からないけどハーブ的なものを煮込んで灰汁を取りながらじっくりと煮込むと美味しい出汁になると伝えた。料理長はメモをしながら「それってスープじゃないのか?」と言っている。スープよりも長い時間じっくりと煮込んで水分も少なくなるくらいに煮込むと味に深みを出せる、ハズと伝えた。「ハズ、か。これはまたの機会だな。」と話を切り上げられた。

 

 会話に区切りがついた料理長が全体を見渡し、「よし、みんな明日の昼に唐揚げを出すぞ。これから手分けして準備を進める。最低1,000個の下ごしらえをするぞ。その為にしっかり唐揚げで腹ごしらえしておけ。」とニヤッと笑った。そして自分は細かく作業分担を指示し始めた。追加買い出しする者、鶏肉を切る者、生姜を切る者など。そしてそれぞれが手際よく動き始めた。


 俺は熱々の唐揚げを皿に一山作ってもらったものを持って料理人達に礼を言ってシュリと食堂を後にした。

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