第38話 温水携帯シャワーの試作は大失敗

 俺は窓のサイズを測っているポニーに建築部の手伝いが終わったことを伝えるとポニーは「ちょっと待っててー。」と作業を続けながら返事をした。

 やがて測定を終えたポニーが俺の方を振り向いて「待ってたわ。」と次は洗面所のサイズ調整を頼まれた。この世界のドアは日本のマンションサイズよりも大きい。洗面所には広げる位置まで印がつけられていたので作業を進めやすかった。


「良いんじゃないかしら。あとで職人にサイズをチェックさせるわ。次もお願いできるかしら?」

 俺は頷いて次の風呂、そして寝室、シューズクロークと次から次へとサイズ調整を行わされた。そしてそこまでの作業を終える頃には俺の魔力も気力も不足し始めてきた。ポニーにしばらく休憩することを伝えてフラフラとリビングに戻ってもたれかかるように座った。

 はぁ……。と息を吐き出してテーブルに突っ伏した。ひんやりとした硬くてつるっとした水晶の感触が心地良い。

「お疲れ。」とティアが肩をトンと叩き、シュリは「お疲れ様、コーヅくん。」と声をかけて2人は向かい側の椅子に座った。

「細かい作業が多くて疲れた。」

 俺はのっそりと顔を起こした。

「それにしてもコーヅくんって本当に土魔術の使い方が上手ね。私もこんなに上手に使えたらなぁ。」とシュリが頬杖をついて俺を見ている。

「本当にね。コーヅは土魔術だけじゃなくて生物魔術もAランクなのよ。」

「えーーー!?」とシュリが立ち上がった。皆も何事かとシュリを見た。シュリはみんなの視線に気付き「ごめんなさい。へへ。」と頭をかきながら座りなおすと、皆もそれぞれの仕事に戻った。

「コーヅくんは天才児だったか。」

「でも土魔術は思うようにコントロールできるんだけど、生物魔術は自分にヒールをかけるのが精一杯のレベルだよ。」

「お話し中にごめんなさい。」とポニーが椅子の背もたれに手を置いて話しかけてきた。「見晴らしを良くするために大きな窓に変えたいと思うんだけど。搬入日に窓枠のサイズを調整してもらいたいの。やっていただけるかしら?」

「1週間後から魔獣狩りがあるんです。その近くになると外出が続くので早めの日程なら大丈夫です。」

「3日後に窓とドアとカーテンを設置したいから、午後に時間をいただけるかしら。」

「分かりました。3日後の午後ですね。」とティアとシュリを見ると「分かったわ。」「私は警護だからずっといるよ。」と2人は頷いた。

「ありがとう。」とポニーは笑みを浮かべた。

「それからドアの設置場所で少し調整してもらいたいの。よろしいかしら?」

「はい、大丈夫です。」と答えると立ち上がった。


 よく見ると2箇所ほど壁が斜めになっていたので、真っ直ぐに修正しただけで終わりだった。これで建材部の今日の作業は終わりとなった。

 ディルクたち建築部は時間の限り作業を続けたいという事だったので、ポニーたち建材部のメンバーは先に帰る事になった。俺とティアは建材部メンバーを送るために一緒に門まで行った。

「では、3日後の午後にまたお伺いします。次回は建材の搬入があるのではっきりとは分かりませんが10人くらいになると思います。」と言うと退門の手続きをして帰っていった。


 俺たちはいつもの様に橋を渡り切るまで見送った。もう陽も傾いてきていて家々を朱く染め始めている。部屋に戻ったら照明を点けないといけないな。

 部屋に戻ったがディルクたちは西日を受けながら変わらずコツコツと掘り続けている。今は大枠を削っている感じでまだ何を掘っているかは分からない。

 俺は部屋に明かりを灯した。

「おぉ……。」

 ディルクたちは唸り声を上げて手を止めた。そして間接照明に照らされ幻想的な空間となった部屋をしばらくの間、我を忘れたように見入っていた。やがて1人が作業を再開したコツコツという壁を削る音が響くと他の2人も作業に戻った。

 

 窓の外が暗くなっても職人たちの作業の手は止まらず「もう暗くなってきたし、今日は帰るね。また明日。」とティアが先に帰っていった。

 俺も椅子に座ってヒールの練習を始めた。まずは自分の体力を回復させるためのヒールの練習だ。その様子を見ていたシュリが「魔力を生み出すことと操作することを別々に考えてない?魔力を生み出したらそのまま体に流していくのよ。」とアドバイスをくれた。

 俺は一度ヒールを止めた。確かに魔力を膨らませてから体中に流しているな。生み出したらそのまま流していくのか。

「ありがとう、そのやり方で練習してみる。」

 シュリに教わったやり方の方が確かにスムーズな気がする。その感覚でしばらくヒールを続けていたが、かなり感覚的に掴めてきたので練習を止めた。

「シュリのお陰ですごく良い感覚が掴めたよ。ありがとう。」

「さすが天才児、簡単にコツを掴むのね。私はこの感覚を掴むのに何か月もかかったのに。」と羨ましそうに言われた。俺なりには苦労しているけど、何か月もかかったと言われると、俺が何を言っても嫌味に聞こえるかもしれないので曖昧に笑って黙っておいた。


 俺は次に怪我を治すヒールの練習を始めた。魔獣狩りではきっと使う機会があると思う。ただ俺にその役目がまわってくるかは分からないけど。作り出した魔力で骨や肉、そして血管を正しい状態に戻していくように魔力を操作する。これを全身に対して何度も繰り返していく。

 ふと気付いたらシュリの姿が無かった。部屋を見回したが職人の所にもいないようだ。部屋の外に戻ったのかもしれない。俺は深くは考えずにヒールの練習に戻った。


 ガチャリとドアが開き、シュリがメイドたちと一緒に入って来た。そしてテーブルの上に手際良く食事を並べていく。1、2、3、4、……5。シュリもここで食べるのか?

「ありがとうございました!」

 シュリは元気良くメイドにお礼を言う。建築ギルドのメンバーも作業の手を止めて、メイドに頭を下げていた。

「みんなの分まで用意してくれたんだね。」

「まぁね、みんな頑張ってるからね。」

「シュリさん、ありがとうございます。」と部長のディルクが代表してお礼を伝えた。「私も作業に没頭してしまうと時間が分からなくなってしまって……。」とディルクが言い訳っぽい事を言っている。ディルクでもこういう事あるんだな。

「良いんですよ。これも私の仕事ですから。」と笑顔で答えた。そして「ささ、みんな温かいうちに食べてください。」と勧めた。若い職人はシュリが勧めた途端に我先にと席に着き「いただきます!」と食べ始めた。


 男性の職人は掻っ込むように食べていく。そしてあっと言う間に食べ終わり口に食べ物を詰め込んだまま「ほひほうはま!」と言って立ち上がると作業に戻っていった。そんな様子をディルクは温かく見守っている。

 職人は全体的に食べるのが早い。続いてディルクが食べ終え、残った若い女の職人に「ゆっくり食べなさい。」と言い残して作業に戻っていった。しかし若い女の職人は遅れまいと急いで食べようとしているが小さな口に一杯頬張ろうとするがなかなか減らない。

「せっかくなんだからゆっくり味わって食べて良いのよ。」とシュリが声をかけた。そして俺もシュリもその娘が1人残る形にならない様にペースを合わせて食べた。


 全員が食べ終えると、ディルクが俺たちのところに来た。

「今日はここまでで失礼させていただきます。明日も同じ時間に伺います。」

 俺とシュリで3人を門まで送った。そして既に暗くなった橋を渡り終えるまで見送った。

「コーヅくんの警護って本当に面白いのね。明日からもコーヅくんについて行くね?」と俺の顔を覗き込んで確認するように聞いてきた。俺はそんなシュリに照れてしまい、顔をドアの方に背けて「ドアの前に立ってなくて良いの?みんなそうしてたけど。」と答えた。 

「私たちの任務はコーヅくんを守る事よ。私は部屋の中も外も警護するからいいの。」とシュリは言い切った。

 そして俺はシュリに「おやすみ」と言い部屋に戻った。が、シュリも部屋についてきた。

「どうしたの?」

「ん?部屋の中もチェックしないと。今、部屋の前から離れたから。」と部屋を全体確認してから「おやすみ!」と手を振って出ていった。

 シュリは何をすべきかしっかり考えた上で自分の希望と合わせて行動をしている。タイガーが言うように本当にしっかりしてるんだな。ノリが軽いから好きな事しているように見えるけど。

 

 俺はお風呂の準備を始めた。水を溜め、温めてからお風呂に入った。顔を半分浴槽に浸けて口から息を吐きだしブクブクしながら魔獣狩りの事を考えていた。俺自身がやる事はきっとみんなの怪我や疲れを癒す事だよね。その時にお風呂があるときっと疲れを癒すのに良いと思うんだけどな。精神疲労は魔術で回復しないし。

 それからもっとより良いお風呂環境のためには強めのお湯が出るシャワーが欲しい。これは救世主的な存在になること間違いなしだ……と思う。

 よし!お湯が出る携帯シャワーをいくつか作って持っていこう、と風呂から上がった。


 水だけ出る携帯シャワーは以前作って洗面台に設置している。この携帯シャワーに水を温める機能を付けたら良いだけだ。言葉では簡単だけど、水を40℃前後くらいに温めてシャワーから放出するという調整が大変そうだ。温度調整に失敗しても、俺は魔石を交換させるような機構を作れないので、石筒を切って魔石を入れ替えて、繋ぎ直すという作業が必要になる。できなくはないけど面倒臭い。だからこれまで延び延びになってたけど、今こそやる時だ。


 俺はまず石筒を作り、小さな穴をいくつか作った。ここに火魔石と水魔石を入れれば良いのかな?と考えたが、ふと、初めてお湯を作ろうとした時の事を思い出した。左右の手にウォーターボールとファイアーボールを出して合わせたら水蒸気爆発をした。もしかしたら魔石を合わせて一緒に魔力を流すと同じような事になるかもしれない。そうすると2層式にした方が良いのかも。水を出してから、温める流れが良いと思う。


 そうしたらまずは火魔石を作る。お湯にするだけなので手のひらに載せた魔石に弱い魔力をじっくりと流した。魔石が鈍く光り、できあがった魔石を石筒に入れた。そして石筒の真ん中辺りに蓋を作ってから、魔石より小さな穴をいくつか開けて水が通るようにした。

 次は水魔石を作り、石筒に魔石を入れて蓋をした。そして砕いた魔石を石筒に練り込んだら出来上がりだ。

 これで頭皮への心地良い刺激を送るシャワーができていれば最高だ。


 俺は携帯お湯シャワー試作1号を持ち、壁に向けて魔力を流す。その瞬間――


 ドン!!バン!!


 石筒の先っぽが抜けて風呂の壁にも穴を開けてしまった。頭ほどの大きさの穴からは外の景色が見えている。

 やっちゃった……と思った瞬間にはシュリが剣を構えて俺の前に立っていた。 

 シュリは周囲を警戒したまま「コーヅくん、大丈夫?」と声をかけてきた。全てが一瞬の出来事で俺も混乱してしまって上手く返事ができなかった。シュリは俺が返事をしないので周囲への警戒を強めているようで魔力を更に込め始めた事が伝わってきた。

「あ、あの、シュリ、ごめん。俺が魔道具作りに失敗したんだ……。」

 シュリが俺を見た。真顔のシュリからいつもの柔らかい表情のシュリに戻っていく。

「もぅ、何やってるの?でもコーヅくんの警護って何もない日が無いって聞いてたけど本当なのね。あー、びっくりした。」

 俺も色々ビックリしたよ。爆発もビックリだったけど、シュリの速さにもビックリした。

「シュリってすごく速いね。身体強化だよね?AランクとかBランクなの?」

 シュリは少し悲しそうな顔をして「私はCランクよ。衛兵の中では平凡以下よ。」と答えた。なんか触れてはいけない事に触れてしまった気がしたので俺は「ごめん。」と謝った。シュリは「いいの。私は私だから。」と返事をくれたが、それは自分に言い聞かせているかのようにも聞こえた。

「さ、コーヅくん。まずはこの場を片付けて。それから何をしたかったのか教えてもらわないとね。」

 俺は浴室を見回した。穴が開いた壁、砕けた石筒のかけらなどだ。俺はまず穴の開いた壁に触れ穴を埋めた。そして箒を持って来て砕けた石筒のかけらを集めてから魔術で消した。


 改めてシュリに携帯温水シャワーの用途を説明した。

「うーん……ごめんね、私もよく分かんないな。」と人差し指を唇に当てるようにして考えていたが、「でもコーヅくんが作りたいなら手伝うよ。きっと私たちにとっても役に立つはずだもんね。」と笑顔で答えてくれた。

「ありがとう。きっとみんなの役に立つと思うよ。」

「どんな構造を考えているの?」


 2層式で考えている事を石筒の残骸を見せながら説明した。

「火魔術の事はティアちゃんに相談するのが一番よ。今日はその石筒のベースになるものをいくつか作っておくと良いと思うな。でも今日はもう大人しくしててね?」と言い残してシュリは部屋の外に戻っていった。


 俺はベッドに腰かけて石筒を作り始めた。切って繋げ直すことはできるから、2層式にした魔石が入っていない空の石筒を作っていった。そして3つほど作った所で強い眠気に襲われた。俺は石筒をサイドボードに置いて布団に潜り込んだ。

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