第37話 建築ギルド職人の下見

 俺もティアもそれぞれが両手に大荷物を抱えて砦に向って歩いていた。

 雲の隙間から時折り太陽が顔を覗かせてくると、途端にじりじりと暑くなり額に汗が滲んでくる。そんな中でも暑そうなチャコールグレーのローブ姿のティアは鼻歌を歌いながら歩いている。

「賑わってて良かったね。」

「うん。コーヅのお陰ね、ありがと。」と両手がふさがっているティアはトンと腰をぶつけてきた。

「ホントはさ、他にも作ってもらいたいレシピがあったんだけど、ラスクもまだだったし止めといたんだ。」とハンバーガーとフライドポテトのレシピ板のことを思い浮かべていた。

「……もしあの場で言ってたら地獄の業火に炙られてたわね。」

 じろりと俺を睨むと今度はドンと強く腰をぶつけられて思わずよろめいた。

 やっぱりフィーロの前では黙ってて良かった。危ない危ない。


 砦に着くと真っすぐ俺の部屋に向かった。建築ギルドがもうすぐ来るはずだからだ。すると部屋の前には今日から警護してくれるシュリが立っていた。

「あ、コーヅくん。今日からお世話になります。よろしくね。ティアちゃんもよろしく。」

「シュリさん、こちらこそよろしくお願いします。」

「あれ?私の名前覚えててくれてる。嬉しいな、ありがとね。」

 シュリはふんにゃりとした人懐っこい笑顔を向けてきた。藍色の髪をポニーテールにして真っ直ぐ立っている姿は凛々しいのだが、喋り始めるとイメージが変わる。


 俺たちは来客があるからと部屋に入った。ここから建築ギルドの職人たちが来る準備をしないといけない。建築ギルドの部長と職人で6人と聞いている。俺達2人と合わせて8人分。でも俺のクリフォード製のティーセットは使わないで欲しいと念を押されている。だからティアにティーセットと、クッキーを乗せる大皿を借りてきてもらうように頼んだ。

 ティアは荷物をテーブルの上に置くと「いいわよ。」と部屋を出ていった。

 ティアを見送った俺は荷物の片づけとお客さんを迎える準備を始めた。掃除用具はすぐ使うのでそのまま置いておく。2つのボックスにはそれぞれクッキーとお茶を入れたままティーセット置場の横に積み重ねて置いた。そしてパピルス紙と筆記用具は寝室のサイドボードに保管した。

 そして慌ただしく掃除のために部屋中の窓を開けていった。それから布団を綺麗に畳んで足元に置いてシーツを慣らして枕を真っすぐにした。それからリビングに戻って箒で掃いていった。今までまともに掃除したこと無かったので床には砂ぼこりが溜まっていた。

 ガチャとドアが開く音がしたので玄関を見ると、シュリが「うわぁ……。」と口を半開きにして入り口で立ち尽くしていた。

「おーい、シュリ。後ろがつかえてるよ。」とティアが声をかけた。

「あ、ごめんなさい。」と我に返ったシュリが横に移動して人を通す。

 後ろからはティアに続いてメイドが3人ほど続く。そしてテーブルの上に陶器のティーセットを10人分用意していった。突然来客が増えた時にも困らないようにという配慮だそうだ。メイドはティーセットの用意が終わると一礼して戻っていったが、シュリはまだ部屋に残っていてキョロキョロとしている。

「ティアちゃん、私も何か手伝えないかしら?」

「私は無いわね。コーヅは何かある?」

「床の掃き掃除をしてたんだ。掃除とかできる?」

「もちろんよ。」とシュリは俺から箒を受け取りサッサッと掃いていく。その手際は俺よりも良いことはひと目で分かったので、この場は任せた。

 俺はまだ建築ギルドの部長たちの名前を覚えていないのだ。俺はティアに教わって建築ギルドのメンバーの名前を暗記する事にした。早速パピルス紙が役に立つ。

「ギルドマスターがスレイン、建材部長がポニー、……。」と書き込んでから、ブツブツ声に出しながら暗記していった。やがて門の衛兵から建築ギルドのメンバーが来たと伝令が来たので、俺とティアで門まで迎えに出た。

 すると門の前にいる建築部長の黒毛のディルクの姿を見つけられた。ビシッとしたオールバックに眼鏡の装いは相変わらずだ。そしてその隣に居るのが建材部長の赤毛の女性のポニーだ。早速暗記の成果が出ている。

 皆を連れて部屋に戻ると「うわっ!なんだよこれ……。聞いてた以上だな。」「すごい……宮殿みたい。」と職人たちは入口に立ち止まり、キョロキョロとせわしなく周囲を見回している。

 俺はそんな職人たちを席に案内して座ってもらったが、まだ落ち着きなくキョロキョロしたりテーブルをペタペタと触っている。

 しかし今日は忙しいので、まずは俺たちから自己紹介を始めた。

「神津です。異世界の日本から来ました。土魔術が得意です。」 

「ティアです。宮廷魔術師で主に火魔術を研究しています。今はコーヅの教育係です。」

「衛兵のシュリです。コーヅくんの警護をしています。」と胸に拳を当てた。

 なぜシュリが残ってて自己紹介までしてるんだろう?と不思議に思いつつ突っ込まなかった。


 そして建築ギルドのメンバーはそれぞれの部長が紹介してくれた。職人はバラバラの年齢層で男女1名ずつの4名だ。紹介が一通り終わるとお茶の準備を始めた。シュリが代わってくれると言ったが、俺は自分で淹れたいからと断った。そしてポットに水を創り出して温めるところから始めた。


―――

 

 お茶を蒸らしている間にクッキーを持ってきて大皿に盛りつけた。その大皿に若い職人たちの目が輝いた。

 お茶を全員に注いでいき、どうぞと勧めた。しかし職人たちはソワソワしながら部長を見ている。出されたものに手を付けることを止められているのかもしれない。

「ポニーさん、クッキーも美味しいですよ。どうぞ。」

 俺が促すとポニーがお茶を一口飲み、クッキーを取ってひと口かじった。それを見て職人たちも同じようにお茶をくいっと一口飲むと、クッキーを取って一口で食べた。

「美味しい!俺、クッキー食べたの初めてです。」と目を輝かせている若い職人もいた。

 職人たちに喜んでもらえて良かった。そしてシュリも「本当に美味しいね。」と目を細めて食べている。

 職人たちは部長の視線を気にしながらも、欲求には勝てず次々に手が伸びていく。山になっていたクッキーはあっという間に職人の胃袋にしまわれた。

「いいかしら?それでは始めましょうか。」

 そしてそれを待っていたかのように口を開いたポニーが職人たちを見回した。職人たちの顔色が変わり、手を膝の上に置いた。

 「さて、今日の進め方ですが」とポニーがこれからの進め方を説明してくれた。もう早速今日から細工作業が始まるし、これから毎日職人が来るらしい。

 隣に座っているティアが小声で話しかけてきた。

「コーヅ、魔獣狩りの間はどうするの?」

「貴重品はお金とティーセットだけだから、ティアが持っててよ。そしたら職人さんはいつ出入りしてくれても良いし。」

 そんな会話を交わしていると、黒毛建築部長のディルクは「それでは早速確認させていただきます。」と立ち上がった。すると建築部の職人の2人も一緒に立ち上がり、玄関で細工についての確認を始めた。するとポニーも立ち上がり「私たちも寸法を測らせていただきますわ。」と職人と共に、リビングと廊下を分けるドアの設置寸法を測り始めた。

 テーブルに俺たち3人が取り残される形になった。するとシュリが立ち上がり「私は見学してこようかな。」と寸法を測っているポニーの近くに行って見学を始めた。

 警護の仕事は?と思ったけど、きっとこれがシュリなりの警護方法なんだと思うことにした。

 そして俺とティアは玄関の方に見学に向かった。ディルクは俺たちを気に留める様子も無く、設計図を見せながら職人に説明をしている。そして細工する範囲だと言い上下二本の線を玄関のドアからシューズクロークにかけての壁に引いていった。設計図をちら見すると廊下からシューズクロークにかけて帯状に絵を入れていくようだ。

 帯状の部分だけを浮き上がらせる事もできるけどと軽く聞いてみた。「え?」と建築ギルドの3人が俺を見た。俺はもう一度同じことを繰り返した。「例えば、この帯状の部分だけ出っ張らせて細工しやすいようにもできますよ。」と言って近くの壁に触れて実際に帯状の出っ張りを作った。

「なっ!?そんな事を簡単にやれてしまうのか、コーヅさんは。」とディルクが驚いた。そして「そうか……。」と手で顎をさすりながら考え始めた。そして「コーヅさん。玄関は人が通るので、リビングの細工をする時に今の様に出っ張らせてもらえますか?」と尋ねた。

 俺はもう一度壁に触れると元通りに戻した。すると職人の1人が確認するように戻した部分に指を触れた。そして「全然修正の跡が分からないな。」と唸った

 そして今度はポニーの方へ向かった。ポニー達は既にリビングから移動して寝室のドアの寸法を測っていた。すっかりシュリも馴染んでいて4人で作業をしているように見える。

「ここは洗面所とぶつかるから内側に開くようにした方が良いんですよね?」とシュリがポニーに聞いている。

「そうね、その通りよ。それから開いた時に右に開くのか、左に開くのかも大切よ。」

「そこは右に開いてくれた方が嬉しいです。」と俺が声をかけると4人がこちらを見た。

「あ、コーヅくん。今、ポニーさんに色々教えてもらってたの。」

 俺はポニーのアドバイスを受けながらどちらにドアが開くかという事を決めていった。

「コーヅさん、出入り口の寸法を測ってるんだけど、大きさが少しずつ違うの。これを建材の標準サイズに合わせて欲しいんだけどできる?」

 元々ドアの設置は考えずに壁を作ったのでサイズがバラバラなのはその通りだろうと思う。でも指定のサイズがあるなら、それに合わせて修正することはできる。

「今から1か所を標準サイズに修正してみましょうか?」とポニーに提案した。するとポニー以外の3人が「もしかして今からって言った?」とひそひそと話をしながら俺を見ている。

「コーヅくん、今日は時間も限られてるし改めて時間取ってやった方が良いと思うけど。」

「ふふふ。そう思うのも無理は無いと思うけど、コーヅさんの土魔術の正確性と早さは見たこともないレベルのものよ。」と、ポニーは俺の提案を後押ししてくれた。部長のポニーに言われては3人もこれ以上の反論はしない。

 

 俺はリビングと廊下の出入り口のドア設置場所のサイズ調整をする事にした。まずは横幅を標準サイズに揃えていくことにして、標準サイズの位置に印をつけてもらった。俺はその印に合わせて壁の下の方から丁寧に削っていき横幅を広げていった。上の方には手が届かなくなってくるので、椅子を持って来てもらい、椅子の上に立って作業を行った。そして今度は高さを調整するために天井から壁を下ろしてくる必要がある。

「コーヅさん、そちらの作業が終わったらこちらも手伝いをお願いします。」と黒毛建築部長のディルクから声をかけられた。

 俺は一度顔を上げてから「はい!」と返事をして、また作業に戻った。

 天井から壁を少しずつ下げていった。そのすぐ脇に立っているポニーが真剣な面持ちで下りてくる壁の高さを見ている。

「止めて。」

 ポニーの言葉に反応して俺は魔力を止めた。

 これで1か所のドアができた。ふぅ……細かい作業は疲れる。これをあと6か所やらないといけない。今日中に全部やってしまうのはきついな。でもそんな泣き言を言っている場合ではない。次は俺はリビングのティーセット置き場の近くにいるディルクの元に行った。

 するとリビングの壁に立体的な細工をしたいから、ティーセット置き場の壁の上部に玄関で作ったような盛り上がりが欲しいそうだ。

 ディルクに大体ここからここという感じで指で示してもらい、壁に手を触れ盛り上げていった。余分な石は削るから大体で良いと言うので、ざっくりと盛り上げてみた。

 作り終えると、ディルクは腕を組んだまま盛り上がった壁を鋭く光る眼で見つめている。

 ざっくり過ぎてイマイチだったかな……?

 不安げな俺の目線に気付いたのかディルクが俺の方に向き直って頭を下げた。

「コーヅさん、これは素晴らしい仕上がりです。お陰で完成のイメージができました。」

 続いての要望が、大理石の太い柱に支えられているように見せたいからリビングから玄関の隅を円柱の1/4をはめ込んだように作るというものだ。言われた通りに1/4円柱を作り、天井に向けて伸ばしていった。そして要望通り天井近くは少し膨らむようにした。

 ディルクは少し離れたところからバランスを見ているようだ。またあの鋭い眼光でしばらく見つめていた。


―――


 ディルクに確認してもらいながら指示された場所に柱っぽいものを作り終えることができた。

「コーヅさん、全てイメージ通りです。ありがとうございます。後は我らにお任せください。」

 ディルクは一礼して部下の元に向かい指示を始めた。そして早速職人たちがノミを使ってコツコツと削り始めた。

 職人たちにもイメージが共有されているようで迷い無く石を削っていく。何も無いようなところに何かが産み出されていく様子が興味深く、その様子をしばらく見ていた。

 ふと、まだやらないといけない作業があることを思い出して、ポニーの方へ向かった。

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