第34話 日本の写真をもう一度

「さぁさぁコーヅ様。建築ギルドの方々はお帰りになられましたわ。次はわたくし達にもニホンをお見せいただきたいと存じます。」とサラの鼻息は荒い。その隣にいるリーサは、タイガーからスマホの写真を見る許可が出ているので黙っているが、その表情は明らかに何か言いたそうではある。

「さぁ皆さま。お急ぎくださいませ。」

 そんなリーサのことはお構い無しなサラに急かされて部屋に戻った。

 テーブルの上には使い終わったクリフォード製のティーセットやスマホが乱雑に置かれている。これは片付けてしまわないとな。そう考える俺の横ではサラがリーサに椅子を引いてもらい腰掛けていた。急いでいても優雅さは失われないんだなと感心した。


 スマホのロックを解除して写真を表示させると、先ほどスマホ操作を見ていたティアに「操作できる?」と渡すと「多分ね。」と受け取った。

 そして俺は何かあったら呼ぶように言い残してカップを持って洗面所に向かった。

 片手でカップを持ちながら片手で水魔術で作った水をかけて流していく。こんな時にシャワーがあると洗いやすいんだけど。

 俺は時間がかかりながらもカップをすすぎ終え、タオルで優しくふき取るとティーセット置き場に戻しにいった。

 

 女性陣は頭がくっつくほどに近づいて、スマホの画面を食い入るように見てキャッキャと盛り上がっている。そんな様子を俺は微笑ましく横目でみつつ、次に洗うものを持って洗面所に向かう。何を見ているのか気にはなったけど、女性だけで楽しんでいるところを邪魔するような無粋なことはしない。

 

 俺は何度か洗面所とリビングを往復しながらティーセットを片付けた。女性陣は最初と変わらず頭をくっつけるようにして笑いながら写真を見ている。そこへ俺も顔を覗かせるように近付いてみたが、誰も相手にしてくれなかった。さすがにちょっと疎外感を味わった。

 それでも声をかけて邪魔をするのも気が引けるので、俺は先ほどから欲しいと思っていたシャワーを作ろうと思い洗面所に戻った。

 俺が考えるシャワーの仕掛けは単純で、小さな穴を開けた石筒に水魔石を放り込んだら良いのではないか?というものだ。まずは石筒を作った。持ちやすいサイズにしたので細い。そして石筒の片側を埋めてシャワー用の小さな穴を開けていく。でもそれが難しかった。考えているより大きな穴になってしまうのだ。

 どうすればいいんだろう?さっぱり分からない。

 しばらくの間、考えられる事で色々と試しながら穴を開けてみたが、小指の先でちょんと触って魔力を流して穴を開けるのが一番マシだった。それでも数ミリくらいの穴が開いてしまい、思い描くようなシャワーには程遠い。

 

 まぁ、いいか。いつかマロリー魔道具で俺が希望するような製品に仕上げてもらえばいい訳だし。俺は小さな穴のシャワーは諦めて、数ミリ穴のシャワーを作る為に穴をいくつか開けた。穴と穴が近いと穴が繋がってしまった。

 ムッキー!

 イライラしながら何度もやり直して、なんとか8つほど穴が開いた石筒を作れた。

 「はぁ、疲れた……。」

 俺は独り言ちて小さくため息をついた。もう二度とやりたくない。そして細かい作業が続いたので肩が凝りそうだ。首と肩をグルグルと回してから作業を再開した。

 次に石筒の反対側を閉めるための蓋を作らないといけない。それはピタッとはまって水圧にも耐えられなくてはいけない。そう考えると俺には無理だと思い、早々に諦めた。水魔石を入れた後にピッタリと覆ってしてしまおう。使い捨てになるけど魔道具屋で作ってもらった方が絶対に良い。

 覆ってしまう前に、魔道回路と水魔石が必要になる。本来は魔道回路は魔石の粉と糊を混ぜたもので作る。それは魔力を伝達するルートを好きな形に作れる事と、少ない魔石の粉で済ませられるからだ。今の俺には魔石はあるが糊は無いので少し効率は悪いが石筒に魔石を粉にしたものを練り込んでしまおうと思う。

 

 俺は寝室に移動して魔石入れから魔石を1つ取り出しサイドボードに置いた。魔石を砕くための道具は持ってないので、手元にある石筒を使う事にする。シャワー筒を押し付けゴリゴリと魔石を砕いていった。そしてある程度小さくなったらローラー状にゴロゴロ転がしながら粉にしていった。粉と呼べるくらいまで繰り返し砕いたら、それを手に取ってシャワー筒に刷り込むようにしながら魔力で同化させていった。全ての粉を練り込むことができたし、魔道回路は完成だ。……多分。

 

 あとは水魔石が必要になる。俺は魔石入れの中から比較的大きなものを取り出すと、水が飛び散っても良いように浴室へと移動した。そして手のひらに魔石を乗せてゆっくりと水魔力を流していく。恐る恐る、ゆっくりと魔石が破裂しないように注いだ。

 やがて魔石が鈍く光った。この瞬間はとてもホッとする。そしてそれをシャワー筒に放り込んで石で覆ってしまった。これで石筒から携帯シャワーへと進化した。

 

「ふふふ、できた。」と満足げに呟いて洗面所に戻ろうと顔を上げると、3人が目の前に立っていた。

「うわっ!」

「何ができたのでございますか?」

 サラが含み笑いをしながら俺の手元にある携帯シャワーを見た。

「これは携帯シャワーです。携帯水道みたいなものです。」

 しかしサラはその説明では納得した顔をしない。

「携帯水道とは何が違うのでしょう?」

「水が出るという意味では同じですが、用途が違います。これは洗うためのものです。」

 俺は携帯シャワーを洗面台に向けて優しく魔力を流すと思った以上に勢い良くシャワーが出てきて、周りに水しぶきが飛び散らせた。

「わっぷ。」

 慌てて水を止めた。そして近くにあったタオルで顔を拭いてから、もう一度、今度はもっともっと優しい魔力を流した。すると食器を洗ったりするにも良いような柔らかなシャワーとなった。

「これが携帯シャワーです。」と言ったが、サラたちはどうにも腑に落ちない様子だった。

 そもそも俺の頭の中にずっとお風呂のシャワーを作りたいという願望があったからシャワーにしたんだ。ちょっと手を洗ったり食器を洗うくらいなら、確かに携帯水道でも良い。俺はこの場での携帯シャワーの説明は諦めることにした。いつかお風呂とのセットで説明できる日が来るさ。


 俺は話題を変えて「写真はどうでした?」とサラに聞いてみた。パチンとサラが手を叩き「そうでしたわ。コーヅ様にお聞きしたことがございますの。こちらにいらしていただけますか?」 

 俺は携帯シャワーを洗面台に置いたままにして、サラたちとリビングに戻った。テーブルの上のスマホは画面が暗くなっている。俺は手に取ってロックを解除した。充電の残りは10%だ。もう少しなら大丈夫かな。

「どの写真?」とティアにスマホを渡した。

 スマホを受け取ったティアはフリック操作で写真を探していく。そしてこれこれと俺に見せてくれた。表参道で撮った写真だった。お店をバックに人が立ち止まったり歩いたりしている何気ない写真だ。でもこの中に結婚前の妻が写っている。

「ここの女の子たちがとってもオシャレなの。何でこんなにオシャレにできるのかしら?」とため息をつきながらティアが言った。

「それにとても幸せそうに見えます。ところでこの方々は皆さん貴族なのですか?」

「いえ、身分制はありません。みんな平民ですよ。」

「それでしたら、なぜこの様な美しい恰好ができるのでしょう?」とサラは首を傾げている。

「ご飯を食べる事に困らない人が多いのです。だから生活を楽しむ事にお金や時間をかける事ができているのです。」

「そんな世界が……?それはわたくし達にはまだまだ先の事で御座いますわね。」とサラは小さくため息をついた。そして「もしアズライトの発展を早める良い案がございましたら、是非お教え下さいませ。」と続けた。

 アズライトの発展とはアイディア魔道具で生産効率を高める事なんだろう。でも何か具体的なアイディアがあるわけでは無かったので、黙って頷くに留めておいた。

「あーあ、私もあんなオシャレな服を着てみたいなぁ。コーヅ何とかしてよ。」

 おどけたようにティアが俺に振ってきた。

「綺麗な生地は売ってるんだし、デザインを真似したら作れるんじゃないの?ここはオシャレ番長のティアくんが取り組むべき案件なのでは?」と俺は熨斗をつけてティアに返した。

「そんなに簡単じゃないわよ。生地は高いし、デザインなんかできないもん。できるものなら私だってやりたいわよ!」とティアはそっぽを向いた。

「こうやって拡大して描き写したら……。」

「は!?描けるわけないでしょ!」

 キレられてしまった。ティアの逆鱗に触れてしまったようだ。もしかすると絵が苦手なのかもしれない。でもこれ以上余計なことは言わないようにしようと黙った。

「私はフルーツのデザートのようなものが気になりました。あれは何です?」

 リーサはスクロールさせながらその写真を探した。 そして見つけた写真はフルーツパフェだった。色鮮やかなフルーツたち、そしてホイップクリームとフルーツソースで層になっているものだ。材料的にはこの世界でもできそうな気はする。フルーツソースは砂糖とフルーツ混ぜて煮るだけでしょ。生クリームがあれば砂糖と混ぜてホイップクリームも作れる。生クリームが手に入るか。あとは砂糖もかなり使うから費用的に大変かも。できそうな気もするけど……「難しいですね。」とリーサに伝えた。

「そう……ですか。」

 リーサが明らかに落ち込んだ。いつもの凛としたリーサ姿とのギャップに戸惑ってしまう。

「フレンチトーストは?甘くて美味しいですよ。」

「あ、確かに。それも日本のスイーツだね。」

「何ですか、それは?」

 ティアがフィーロの店の話をするとリーサは「それを先に言って欲しかったな。」とジト目で俺に文句をつけてきた。

 俺なのか?……俺だな。

 

 その後はまた色々な写真を見ながら雑談を続けた。ふと、サラが「そうでしたわ、わたくしたちは本日で警護が終わります。」と言った。この前、抽選会をしたからそろそろとは思ってたけど、今日で終わりだったとは思わなかった。

 俺は立ち上がってサラとリーサにこれまでの礼を言って頭を下げた。サラとリーサも立ち上がり答礼の姿勢を取った。そして2人は警護に戻っていき、ティアも「また、明日ね。」と帰っていった。

 

 彼女らと話をしていて段々とこの国や街に足りていないもの、求められているものが分かってきた気がする。明日サンプルができあがってくる予定のスリッパだって茶こしだってフレンチトーストだってラスクだって天ぷらだって広い意味では求められているものだと思えるようになった。そう思うと少し気が楽になった。


 一人になった俺はまずスマホの電源を切ってから充電をしなおした。寝る前にまた家族の写真をゆっくりと見たいしね。それから洗面所に置きっぱなしになっている携帯シャワーを設置するために洗面所に戻った。そして洗面所の正面に携帯シャワーをくっつけた。魔石から水がでなくなったらそれはその時と割り切った。

 

 そしていつもの様に食事を済ませ、風呂に入った後は魔力増幅とヒールのトレーニングを行った。でも今日はいつもよりも短い時間で切り上げた。家族写真をゆっくりと見たいからね。


 寝るだけの状態にして寝室にスマホを持って来て電源を入れた。電池は32%まで戻っていた。俺が寝るまで写真を見るには十分だろう。まずは壁紙の息子をじっと見つめた。公園で三輪車に乗っている、なんてことは無い日常の写真だ。そしてロックを解除し新しい写真から順番に見ていく。毎週末の様に息子に誘われる近所の公園の写真が多い。面倒くさいなんて思わずに毎回行っておけば良かったな。1枚1枚に小さな思い出がある。見ているうちにこれ以上見てると泣いてしまいそうになり、スマホの電源を切ってサイドボードに置いた。

 はぁ……。

 本当ならテンションが上がるところなんだけどな。気持ちが沈んだまま浮き上がってこない。でも家族の元に帰るためにも毎日を大事にしていかないといけない。明日も頑張らないと。

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