第33話 日本の写真
俺はぐったりとしている建築ギルドの人たちをよそに、久しぶりに自分の荷物を嬉々として触っていた。
懐かしい鞄の感触や匂い。チャックを開ける感触も心地良い。どれもほんの2週間前までは当たり前のことだったが、今はこんな感触にすら幸せを感じる。そしてこれは俺が日本にいた証になるものだ。
鞄の中身は他の人が仕舞い直したせいで、いつもの場所にいつもの物が無い。ちょっと気持ちが悪いので、まずはいつもの場所に荷物を整理し直した。こうするとすっきりするし、自分の物という気持ちが強くなる。
そして見つけ出した。
スマホーーー!会いたかったよ。
もう中毒なほどにスマホと共に生きてきたから。これが無い日々は苦痛だったよ!と頬擦りする勢いだ。へらっと俺の頬が緩んでくるが、これは止められない。
手放してから2週間も経ったスマホは充電が切れていた。俺はソーラーモバイルバッテリーを持ち歩いていたので、そこにつなげば充電できるはず。俺はそれらを接続して窓際に置いた。高い位置から差し込んでくる陽射しは充電するに十分なはずだ。俺は充電が始まるまでスマホの画面を見ていた。
数秒後、充電が開始された。よし、壊れていない。写真を見れるようになるまで充電されるには、しばらく時間がかかるので、このまま置いておくことにして席に戻った。
そんな様子をタイガーやティア、そして建築ギルドの4人が興味深そうに見ていた。彼らの視線に気付き、俺は自分がやっていた事を説明した。この世界では電気が発明されていないので説明が難しかったが、太陽の光を使ってスマホ内の魔石に魔力を注いでいるようなものという説明で納得してもらった。
そしてこの頃にはクリフォード製のカップにも慣れてきていてお茶は飲み干されていたので、部屋の説明を再開することにした。
まずはこのリビングスペースだ。俺は説明が必要なものは無いかと周囲を見渡したが、窓があり、ティーセットの置き場があり、このテーブルがあるくらいだ。特に説明する必要は無いと思う。リビングにはシューズクロークと違ったタイプの間接照明があるだけだと説明した。特に質問もなくリビングの説明は終わった。
それから1番のこだわりポイントの浴室へと案内した。ラベンダーの残り香が浴槽と洗面所をふんわりと満たしている。
「ここが洗面所と浴室です。こだわりは浴槽で、一日の疲れを癒すためにはとても大事なものです。」と胸を張って紹介した。
「まぁ、立派な浴室ですこと。浴槽の曲線がとても美しいですわね。」
「この石鹸置場はこの浴室に合っていない。」とボソッと黒毛部長が呟いた。石鹸置場は俺が頑張ってデザインしたんだけど、俺のセンスではこれが精一杯の結果です。
「この浴槽の中に入っている、これはなんだ?」
恰幅が良い栗毛部長が指を差して聞いた。俺はタオルに包んだラベンダーを取り出して見せた。
「ラベンダーをタオルで包んでるんです。ここにお湯を溜めてラベンダー湯にしてるんです。良い匂いがするし気持ち良いですよ。」
「シンも風呂が好きだったが、コーヅ殿もか。ニホン人ってのはみんなこうなのかね?」と呆れている。でも俺からすると何でこんなにお風呂に無頓着なんだろうか、と疑問なわけだが。
「そうだ!この洗面台に鏡を付けられますか?」
「鏡?男性のコーヅさんが鏡ですか?」と赤毛部長の女性が驚いたように顔を上げてこちらを見た。その目に、お前に鏡が必要か?という疑問符が宿っているのかは読み取ることができなかった。
「皆さんは鏡を使わないんですか?」という素朴な疑問を、髪のセットで一番鏡を使いそうな黒毛部長にぶつけてみた。
「ニホンではどうだったかは分かりませんが、ここでは鏡と言えば女性が持つ手鏡くらいです。このような大きなものとなると……御貴族様でも一部の方かと思います。」
男性だろうが鏡はあると便利だと思うけどな。どうしても欲しい物では無かったから依頼は取り下げることにした。
そして最後に寝室に案内した。ここで俺が作ったのは間接照明とサイドテーブルと読書灯だ。この部屋もこれまでに見せたものの延長なので、特に質問はなかった。
俺は一度リビングに戻るよう皆を促し、テーブル席に座らせた。
「これで全てです。何か改めてのご質問などありますか?」
待ってましたとばかりに黒毛部長が小さく手を挙げた。
「コーヅさんが壁や床の色を変えたり、棚などを作るのにどの程度の時間や負担がかかりますか?」
今は土属性魔術の扱いにも慣れてきたし、魔力量増幅トレーニングの効果も出ているからなぁ。
「例えばこの部屋をもう一度作り直すとしたら多分2日です。1日で実施するには魔力が足りなくなりそうなので。」
「へ?」「は?」
黒髪部長も含めた皆がキョトンとした顔をしている。タイガーやティアまでもハトが豆鉄砲を食ったような表情をみせた。
少しの間を置き黒毛部長が「思っていた以上の回答で正直驚きました。」と答えたその表情にはまだ咀嚼しきれない様子が残っていた。そして一度眼鏡に触れてから質問を続けてきた。
「コーヅさんが作った石で職人に試し細工させてみたいので、いくつか大理石を作って頂くことはできませんか?」
「大丈夫ですよ、後で作りますね。」
黒毛部長は小さく笑顔を作り「ありがとうございます。」と言って質問を終えた。
ここで質問にも一区切りついたので、俺は窓際に置いてあるスマホの充電を確認した。24%だ。このくらいあればちょっと写真見せたりするくらいは大丈夫だ。
俺はスマホに電源を入れた。
俺の手の中にあるスマホには見慣れた初期画面が表示され、無事に動いている事が分かった。そしてしばらくすると待ち受け画面に息子が表示された。懐かしさを押し殺しつつロックを解除し、みんなに見えるようにテーブルの上に置いて、写真を探す操作をした。
子供が産まれてからは圧倒的な数の子供の写真でストレージが埋められているので、2年ほど遡るようにスクロールさせた。
操作している間、食い入るようにスマホを見つめている建築ギルドのメンバーは言葉にならない変なうなり声をあげている。
この辺りかな、とスクロールを止めたのは妻と結婚前にデートでしていた頃だ。そしてまず高さで言えばスカイツリーだ。えっと634mってどうやって説明しようか。天井を見上げて高さを目測した。3mくらいかな?ざくっと200階建てか。
みんなにスカイツリーを見せながら「この塔の高さはこの砦で言えば200階建てくらいの高さがあります。」と説明した。
「200!?」
この砦が7階建てだから、ここの30倍だもんね。俺は高さが伝わりやすいように展望台からの景色も見せた。
「この塔の上から見た日本の景色はこんな感じになります。」
「信じられない……。」
「空を飛んでいるような高さじゃないか。」
「地平線の彼方まで街が続いとる。」
「なんだこの巨大都市は」
しばらくみんなワイワイとスカイツリーからの景色を楽しんでいた。
そして次に俺は面白い建物という意味で六本木の国立新美術館を選んだ。
「これは、なんて綺麗な曲線なんだ。」
「これは全部がガラスなの?」と赤毛部長。
そうですよ。
「コーヅ、これと同じ建物作って!」とティアが俺に期待の籠もった目を向けるが、それは無理な相談というものだ。
この建物の曲線美に驚きつつも興味深そうに意見交換をしている。そして内部の空間の使い方には食い入るように見ていた。俺にも構造などの質問をされたが、「建築は専門外だから分からないです。もしかしたらシンさんに聞くと分かるかもしれませんね。」と答えた。
その後は入っている写真を順番に見せていった。水族館では大きなガラスや、海の中の色とりどりで大小さまざまな生き物たちに食いついていた。
「海にはこんなに沢山の種類の魚がいるのか。」
「これは魔獣じゃないのか?」とマンボウを指さしている。確かにそんな風貌だよね。
みんな海がある事は知っているがタイガーとティア以外は行ったことがないそうで純粋に楽しそうに見ていた。
そして動物園やそこの動物たちの写真でも楽しんでいる。
「おー、これはライオンじゃないか!」とタイガーは見た事があると喜んでいた。それはこの国のどこかにいるってことなのだろう。やっぱり怖い世界だ。
「何、この首が長い生き物。こんなの本当に居るの?」とキリンにも興奮。
それから旅先の綺麗な景色なんかにも興味を持って楽しみながら見てくれていた。そして何より一番多いのが様々な食事だ。食事の写真がやたらと多い。SNSにアップする訳ではないが昔から好きで撮りためていた。タイガーにはお前は本当に食べる事ばかりだなと呆れられた。
そして結婚し息子が産まれた頃から子供の写真が増えてきた。子供が産まれてすぐの頃は同じような写真を毎日撮ってある。子供が小さいうちは家の中の写真ばかりだ。外出できるようになっても遠出をせず近場の公園で遊ぶ事が多かったのでそんな写真も多い。気付いたら俺の目からは涙が溢れていた。皆を見ると居心地悪そうにしていた。俺は服で涙を拭って、気を使わせてしまった事を詫びた。
栗毛部長が俺の肩に手を置いて「遠く離れた家族を思い出して泣く奴に悪い奴なんて居ない。俺はコーヅ殿を気に入ったぞ。がははは」と気遣ってくれた。
「それにしても写真ってのは凄いもんだな。ニホンの凄さがよく伝わってきたよ。シンの言ってたことは本当だったな。それにしても空まで伸びる塔を作れるなんてな。」という栗毛部長の感想だ。
そこから建築ギルドの人たちは写真で見た事について、今後の仕事に活かす方法なんかを話し始めた。
こうなると俺やタイガー、ティアは蚊帳の外になってしまう。それでもタイガーは彼らの話をじっと聞いている。ティアは聞いているフリをしているが、視点が宙を漂っているので聞いていないことが分かった。
俺も彼らの話を聞く気は無かったので黒毛部長に頼まれた石を作り始めた。まずは簡単に四角柱を20cmくらいのサイズで作った。ものの数秒で形はできあがった。その後、表面を撫でながら滑らかになる様に柔らかい魔力を流して整えた。そして出来上がったものを机の上に置いた。
次に円柱形を作った。これも同じような大きさで作った。ただ真ん丸ってバランスを取って作るのが難しく上から見たりしながら円を意識して何度も成形し直した。少し時間がかかったけど円と言えるくらいのものができた。そして同じように表面を滑らかに仕上げて、四角柱の隣に置いた。円を作るのが思いのほか難しかったので四角柱を1個、2個と作り上げていった。気付くと全員が俺の方を見ていた。その視線に気付いて俺も手を止めて視線を上げた。
「あ、話は終わりましたか?頼まれていた石を作っていました。」と、作った石を黒毛部長の方に押しやった。黒毛部長は円柱形の石を持ち上げ表面を触りながら「これは素晴らしい。この表面の滑らかさを出すには相当な研磨が必要です。」と合格点を出して受け取ってくれた。
するとタイガーが立ち上がった。
「それではこの部屋のリフォームを建築ギルドの皆さんにお願いします。」と頭を下げた。
そして「今回の費用は砦で出します。領主様はあと3週間程で戻られます。その間に優先順位をつけて実施をお願いします。私は仕事があるのでここで中座させていただきます。コーヅ、明日までその荷物は預けておく。後でサラとリーサにも見せてやってくれ。明日の訓練の時に持ってきてくれ。」と一気に話すと「それでは私はここで失礼します。」と部屋を出ていった。
バタンと扉が閉まった事を確認し、ギルドマスターが俺の方に向き直って言った。
「コーヅ殿、改めてよろしくお願いします。領主様案件は我々建築ギルドとしても最優先で対応していく所存でございます。この先の進め方ですが、まずはドアや窓、装飾を施す職人に下見をさせてから、進め方を相談して決めていきたいのです。正直この部屋の規模で細工を3週間というのは納期としては大変厳しいです。早速ですが明日の午後に職人たちを連れてきてもよろしいでしょうか?」
「はい、今日より少し遅い時間に来て頂ければ大丈夫です。何人くらいで来ますか?」
「お邪魔する人数は6人くらいになると思います。建材がポニーと2人、建築がディルクと2人と考えております。……まさかとは思いますが、コーヅ殿はクリフォードでお茶を出そうと考えていませんか?それは絶対に駄目ですからな。」
他の部長たちからも絶対に駄目だと念押しされた。そこまで念押しされるなら、止めといた方が良いな。そうするとどうやって準備しようかなと考えていると「それでは我らもそろそろ失礼しますかな。」とギルドマスターが立ち上がった。そして、それに倣って他の3人も立ち上がった。
俺とティアは玄関の外まで出て見送った。建築ギルドの人たちが廊下の角を曲がり見えなくなるとサラが声をかけてきた。
「さぁ今度はわたくし達の番でしてよ。ふふふ」
サラの目がキラリと光った。
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