第32話 建築ギルドの面々

 もう建築ギルドの人たちを迎える準備は整っている。いつ来てもらっても良い。

 でもやっぱり緊張する。プロたちにはこの景色がどのように映るんだろう?

 俺は座ったまま部屋の中をぐるりを見回した。真っ白な床や壁に目立って汚れているところも、散らかっているところも無い。テーブルの上のラベンダーもまとまりよく花瓶に生けられている。

「この部屋をどうするのか私も楽しみね。」

「ドアを取り付けるくらいしか見当がつかないよ。」

「それだけで建築ギルドがわざわざ来ないわよ。」

 すると外からタイガーの声が聞こえてきた。

「任務ご苦労!」

 ドクンと心臓が跳ねた。

「はっ!」

 タイガーを先頭に4人の男女が入ってきた。彼らが建築ギルドの人たちか。俺とティアは立ち上がり、玄関まで出迎えた。

 しかし建築ギルドの人たちは唖然として玄関で立ち尽くしていた。

「ありえない……。」

「聞いていたが、これ程とは……。」

 ここはグレーだった石を白い大理石にしただけだし、皆さんが作られたあの商業ギルドの方がよっぽどすごい建物だと思うんだけど。

 

「ギルドの皆さん。彼がシンと同じニホンから来たコーヅです。コーヅ、こちらの方々が建築ギルドのお偉いさんだ。ギルドマスターのスレインさん、それから建築部長のディルクさん、建材部長のポニーさん、そして土木部長のヤードさんだ。」

 俺は紹介された順に「よろしくお願いします」と握手をしたが、名前どころか役職はギルドマスター以外は部長としか覚えられなかった。髪の色が違うから覚えるまでは黒毛部長、赤毛部長、栗毛部長と区別することになりそうだ。

 一通りの挨拶が終わると、タイガーは今回の趣旨の説明を始めた。

「建築ギルドの皆さんにはこの部屋の仕上げをお願いしたい。事前にもお伝えしてありますが、この部屋は領主様も見に来ていただく事になります。」

 ギルドマスターが一歩前に出て答えた。

「心得ております。我々も職人である以上、どんな仕事でも手を抜くつもりは一切ありませんが、より一層励みます。」

 続いて赤毛で勝気な雰囲気の女性が手を上げて発言した。

「早速ですが、部屋の中を見させていただきたいのですが。よろしいでしょうか?」

 タイガーが頷いて了承したので、俺は赤毛部長に「では、私が案内します。」と答えた。

 建築ギルドメンバーの訪問はバタバタと始まった。俺が想定していた、お茶を飲みながら雑談をして、場をほぐしてから見学するという世界ではありませんでした。でも逆に緊張していられなくて、むしろ良かったのかもしれない。

 

 まず玄関の説明から始めた。ここはこだわりポイント1つ目だ。

「足元の黒い部分が土足のエリアで、ここで靴を脱ぎます。部屋の中では靴を脱いで室内用にスリッパというものを履きます。そのスリッパは注文中で手元にはありませんが。」

 しかし建築ギルドのメンバーの顔には疑問符が浮かんでいる事が見て取れた。説明の仕方を変える必要があるんだと思うが、難しいことは言っていないので、どの辺りが伝わらなかったのかが分からない。

「えっと、すみません。どの辺りが分かりにくかったでしょう?」

「文化の違いなのでしょうが、靴を脱ぐなどは理解ができませんでした。まず部屋を全て案内して頂きたいですな。皆もそれで良いか?」

 ギルドマスターが他の面々に向けて確認すると、全員が頷いた。

 最初から文化の違いまでのこだわりを理解してもらうよりも、普通に部屋のことだけの方が良いのかもしれない。

 俺は気を取り直してシューズクロークに案内した。まずシューズクロークには玄関側と部屋側に扉を付けたいと希望を伝えた。

 シューズクロークに入る前に明かりを点けた。そして建築ギルドの人たちを中へと通し、俺たちも続いて入った。

「わぁ素敵!きれい。」

「ほぅ……。」

 どうやら間接照明は気に入ってもらえたようだ。玄関のことがあったのでホッとした。

「この部屋は……」と俺が途中まで言いかけると、そこに赤毛部長が被せてきた。「この部屋は物置きですわよね?それよりこの照明の事を教えてくださらない?」

 くっ……俺のお気に入りのシューズクロークを物置呼ばわりした上にスキップかよ。こだわりポイントを全否定された悔しさを押し殺すために目を閉じて数秒の間を空けた。


 すーはー、すーはー


 俺は深呼吸をして心を落ち着かせた。それから赤毛部長に間接照明の説明をした。

「えっと、こちらは間接照明と言います。壁などで光を反射させることで柔らかな光となるのです。」

「そんなやり方が……。すごいわね、他の部屋も?」と赤毛部長は一歩踏み出してぐいぐいとくる。

「洗面所以外は間接照明になってます。」

「そうなのね、是非拝見したいわ。この間接照明は権利化するつもりがあるのかしら?」

「権利化……ですか。」

 権利化とは特許みたいなシステムだ。ただ俺は一切の権利化は放棄することになっているらしい。

「いえ、私は十分に領主様から給料を頂いています。私が持つ日本の知識は全て無料で開示したいと領主様は考えています。」

「本当に良いのですか?これは相当流行ると思いますけど。」

 赤毛部長は戸惑い気味に建築ギルドマスターとタイガーの方を交互に見る。

「領主様もコーヅにはこのような貢献を期待していますし、コーヅの知識や技術は自由に使っていただいて結構です。」

 少しの間を置いて赤毛部長は俺をチラッと見て「分かりました。ありがとうございます……。」と返事をした。無料と言うことがどうも腑に落ちていない様子で、何か言いたげな表情をしている。

「では一度仕切り直す意味でも、お茶でもいかがですか?」

 そしてティアに小声で皆を席に案内して貰うようにお願いした。みんなが席に着いている間に俺はティーセットを持ってテーブル席に戻った。するとカップをじっと見ていたギルドマスターが口を開いた。

「まさか、これはクリフォード……という事はないですな?それにしても随分と立派なカップですな。」

 念のため確認といった様子で聞いてきた。

 本当に有名なブランドなんだな。

「はい、クリフォード製と聞いています。」と答えるとギルドマスターは唸り始めた。他の部長たちも「本当かよ。」「うそでしょ?」と半信半疑の様子でティーセットをマジマジと見つめている。

 そんな建築ギルドの人たちを横目に俺は7人分のたっぷりの水を温めていった。お湯がボコボコと音を立て始めると、茶葉を別のポットに入れてそこへお湯を注いだ。

 ポットからは柔らかな湯気とフルーティーな香りが鼻を包む。心が洗われるような爽やかで落ち着いた気持ちになれる。 

 俺は一度目線を上げ、皆を見るとむしろ緊張感が増しているように見えた。建築ギルドの人たちはティーカップを見つめたまま動かない。仕切り直しす為に淹れているお茶なのに全くそんな雰囲気では無い。クリフォード製のティーセットは逆効果だったか。

 

「あの……皆さん、大丈夫ですか?」と聞いてみた。

「私もクリフォード製のカップでお茶を飲むのは初めてでしてな。」とギルドマスターが答えた。そして恰幅が良いおっさんの栗毛部長が「俺も初めてだ。それどころか見たのも初めてだよ……。」と続けた。

「コーヅ。お前、いつの間にこんなものを手に入れたのか知らんけどな。これは貴族様だって簡単に手には入れられない物だし、まして我々の様な者に対してお茶を淹れたりなんてことは絶対に無い。まったくお前というやつは。」とタイガーは頭をガシガシと掻いた。

 

 お茶は蒸らされて飲みごろが近付いてきた。俺はアランの好意にティーセットは常用して愉しむことで応えると決めたんだ。動揺している建築ギルドの人たちには申し訳ないが、このまま進めていこうと思う。皆のカップを表に向けポットからお湯を注ぎ温めた。

 そして俺はお茶が入ったポットをくるくると軽く2回転させてからティーポットへお茶をゆっくりと移していった。その場に会話は無く俺の動きなのか、カップなのかをじっと見つめている。

 

 皆のカップからお湯をポットに戻し、温まったカップへティーポットからお茶を注いでいく。湯気が立ち昇ったカップが載った受け皿をギルドマスターから順番に配っていく。それぞれは手を膝の上に乗せたまま緊張の面持ちでカップを見ている。

「どうぞ温かいうちに召し上がってください。」

 しばらくの間それぞれがお互いの出方を伺っていたが、意を決した恰幅の良い栗毛部長が口火を切った。

「コーヅ殿、これは俺たちにとっては一生に一度の機会で記念の日になる。ありがたくいただく。」と硬い表情でカップを持つと口に近付けていったが、その手は微かに震えていた。全員の視線がそのカップに集まっている。栗毛部長は一口飲むと「美味い。」と言ってカップをそっと受け皿に戻そうとしたが、ガチャンという音を立ててしまった。

 

 その様子を見た他の部長たちも意を決した顔で次々にカップを手に取り、お茶を飲み始めた。一度口を付ければ徐々に慣れていくもので、皆の緊張もカップに口をつけるたびに取れてきたように見えた。

「もうクリフォードに全部を持っていかれて、何をしに来たのか忘れてしまいそうよ。」と赤毛部長は肩をすくめた。

「私はクリフォードに見合う細工をしろと言われているのではないかと戦々恐々しているところです。」

 ここまでずっと黙っていた俺と同じくらいの年齢の黒髪部長が冗談とも本気とも取れるようなトーンで言った。

「ははは、心配するな。クリフォードに見合うものを準備できるのはクリフォードだけだ。」と栗毛部長が間髪入れず突っ込む。

 段々と場の空気も柔らかくなってきて雑談も増えてきた。

 かくいう俺もやっと慣れてきて建築ギルドの人たちを観察する事ができるようになってきた。ギルドマスターは人が良さそうなタレ眉のおっちゃんで50代くらだろうか。親しみやすい柔らかさを感じる。

 そして赤毛部長の女性は最初見た目通りのきつそうな感じの印象を受けたが、今はそれにも少し慣れたかな。年齢は俺より少し上かな?30歳前後……いや20代後半という事にしておこう。

 それから栗毛部長のおっさんは恰幅が良くて30代半ばくらいかな。お茶を飲みながらの雑談はむしろ仕切っている。明るく快活だ。こういう人は俺も接しやすくて好きだな。

 そして黒毛部長だ。あまり雑談にも加わらない静かな性格のようだ。でも俺と同じくらいの年齢なのに部長を務められるようなやり手の雰囲気を持っている。きちっとオールバックで固めた黒髪に眼鏡がその印象を強めている。そういえばこの世界で初めて眼鏡を見たな。近眼とかヒールで治らないのかな?

「本当に驚きましたわ。間接照明はとても素晴らしい発明ですのに、無償で解放なんて。まだ信じられません。」と赤毛部長は首を振った。

「私は日本で見たものを再現しただけです。ここには違った種類の間接照明もあるので暗くなるまでゆっくりしていってください。」

「コーヅ殿、俺も一度ニホンって見てみたいんだよ。ジルコニアに比べてすげぇ発展してるんだって?」と栗毛部長が身を乗り出して聞いてきた。

「ちょっとだけなら見てもらえますよ。タイガー隊長に没収されている日本から持ってきたものを返してもらえれば。」と言うとタイガーをチラリと見た。

「それは本当なのか?タイガー隊長、ちょっとだけでいいからコーヅ殿に返してやってくれないですか?ほんのちょっとだけでいいんだ。」と栗毛部長は人差し指と親指でちょっとだけとアピールしている。そして「いつもシンの野郎が何十階って高い建物を建ててたんだぜって自慢するから、一度どんなものか見てみたくて。コーヅ殿やシンみたいに異世界に転移まではしたくないけどな。がははは!」と続けた。

 タイガーも苦笑していたが「まぁいいか。」と呟き、外に向かって「サラ!リーサ!入れ!」と呼びかけた。

「はっ!」

 ドアがノックされ2人が入ってきた。その瞬間、建築ギルドのメンバーが一斉に立ち上がった。少し遅れてティアがゆっくりと立ち上がり、俺もよく分からないけど合わせて立ち上がった。

「コーヅがニホンから持ってきた荷物を持ってこい。」

「はっ!」

 2人は踵を返し部屋を出ていくと、ギルドマスターが引き攣った顔でタイガーにクレームをつけた。

「タイガー隊長……。いきなりサラ様を呼ばれると我々の心臓が縮み上がります。」と心臓辺りをトントンと叩いて、へたり込むように座り直した。

 皆も頷いたが、タイガーは涼しい顔で「領主様から他の者たちと区別するなと言われていますのでね。」と答えた。

 ということは、サラは領主も気に掛ける程の地位にいるのか。建築ギルドのメンバーの反応を見てもやっぱり偉い貴族なんだろうな。今度サラがどんな立場の人なのかティアに聞いてみよう。建築ギルドのメンバーはすっかり黙りこんでしまった。きっとまたサラが戻ってくるからなんだろう。

 その沈黙を破ったのは、ここまでほとんど口を開かなかった黒毛部長だった。

「コーヅさん、装飾などの細工は私が担当しますが、コーヅさんはどの様なコンセプトでこの部屋を作ったのですか?」

 コンセプト……?お風呂とかシューズクロークとか間接照明とか単体ではやりたい事があって作ったけど、全体を通してのコンセプトみたいなのは考えていなかったと伝えた。

「かしこまりました。では私に一任していただけますか?」と眼鏡をクイッと持ち上げた。

「よろしくお願いします。どんな部屋に仕上がるのか、楽しみが増えました。大理石を作ったり加工したりする事はやりますので、何でも言ってください。」

「是非お願いします。この美しい大理石の部屋には相応の細工が必要と考えます。今はシンプルと殺風景の紙一重にあると感じています。」


 黒毛部長は表情には出さずに淡々と会話をする。たまに眼鏡のずれを直すしぐさをするがその時も表情は変わらない。とてもやり手な感じは伝わってくるので、任せる相手としては頼もしい。


 コンコンコン

 あ、2人が帰ってきたかな?建築ギルドメンバーに緊張が走り、4人がスッと立ち上がった。遅れてティアが立ち上がり、俺もそれに続いて立ち上がった。

 こういう時に黒毛部長がどういう反応をしているのかと思って見てみたが、表情から心の揺れは伝わってきませんでした。さすが黒毛部長です。

「入れ!」

「はっ!」

 サラとリーサが部屋に入ってきてタイガーの前に俺の鞄を置いた。懐かしい俺の鞄。あの時と何も変わっていない。

「ご苦労。下がれ!」

「はっ!」

「……」

 リーサが何か言いたげにサラを見た。そして「サラ様……!」と小声で声をかけた。

「タイガー隊長、わたくしたちにもニホンを見せていただけませんでしょうか?」

 建築ギルドのメンバーたちは黒毛部長も含めて足元を見たままピクッと反応した。タイガーは建築ギルドのメンバーを見回してから返事をした。

「サラ、建築ギルドの方々が帰ったら見せてやる。それまでは外で警護を継続せよ。」

 サラはそれ以上は言葉は発さずに頭を下げると、リーサと共に踵を返し部屋を出た。

 

 建築ギルドのメンバーたちサラとリーサを見送ると、声には出ないように大きくため息をつくと椅子に座ってぐったりとした。

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