第9話 魔術魔石作りは前途多難

 朝の鐘の音で目覚めた。

 今朝は目覚めも良くて、一日の始まりとしては申し分ない。家族の写真を取り出し「パパは頑張るよ。」と呟き、立ち上がった。そして窓を開けて空気を入れ替えながらストレッチをして体も起こしていった。

 

 そして玄関付近のリフォームから始めようと思い、まずは食事や洗濯物の受け渡し台を目立たないようにシューズクローク脇に作っていった。台の下に洗濯籠で台の上には食事を置いてもらおうと思う。

 仕上げとして台の角を丸くしたり、台の手前側を少し盛り上げて食事のトレイが落ちないようにしていると、朝食を持ったジュラルが入ってきた。

 

「おはようさん。もう部屋じゃなくて家みたいだな。で、そこの中途半端な壁はなんだ?」

 

「本当は天井までの壁にしたいんだけど、そうすると外から見えなくなるし怒られるかなって思って。」


 ジュラルは少し考え込んでから「俺は大丈夫だと思うけどな。まぁ、タイガー隊長に許可貰っておけば間違いないよ。」と教えてくれた。


「ありがとう。今度タイガー隊長に会ったら聞いてみるよ。あとさ、ここの台で食事や洗濯物の受け渡しをしたいと思うんだけど、そういうのってどう?」俺は作ったばかりの台を指でコンコンと叩いた。

 

「それは俺たちも楽だな。でも残念ながら俺とトーマスは明日で警護が終わるんだ。次は訓練場で会うことになるよ。そっちでもよろしくな。」

 

 そう言うとジュラルは洗濯物を回収して戻っていった。俺も受け取った朝食を持ってリビングに戻って食べた。食後にコーヒーが飲めると言う事ないんだけどなぁ。ドリップコーヒーを返してもらいたいと思った。

 

 朝食を終えた俺は食器を作ったばかりの受け渡し台の上に戻した。そしてティアが来るまでと街の様子を眺めていた。朝早くから人がせわしなく歩き回っている様子が見える。

 

「おはよう。何を見てるの?」

 

 俺はティアの方を振り返り答える。

 

「綺麗な街並みとか人とか見てたんだ。あとさ、街に靴屋があるって聞いたんだけど。」という俺の言葉にティアは怪訝な表情をした。

 

「靴屋も服屋もあるけど……。コーヅはオシャレをしたいの?」

 

 オシャレの概念もあるのか。ティアはいつもローブ姿だし、衛兵たちはオシャレよりも機能性優先って感じの恰好だから着れれば良いくらいの世界なのかと思ってたよ。

 

「オシャレも興味あるよ。でも今欲しいのはスリッパって言うものなんだ。日本では家の中って靴を脱いで布でできた柔らかくて軽いサンダルみたいな履き物で過ごす事が多いんだ。」


「私はスリッパって聞いた事ないけど、サンダルみたいなものなら靴職人に頼めば作れると思うわよ。」

 

「それなら作って欲しいんだけど。」


「安くないから無理。あなたが自活できるようになったら自分のお金で作ってもらって。」

 

「出世払いは?」


「嫌よ。だってニホンに戻りたいんでしょ?踏み倒されたくないもん。あ、でも私の部屋にも浴槽を作ってくれたら貸してあげても良いわよ。浴槽は火魔石の粉も混ぜて作ってね。」

 

「踏み倒したりはしないよ。でも浴槽で良いならいくらでも作るよ。」俺はスリッパを作れそうな話になってきたので嬉しくなった。


「それから石鹸は持って来たわよ。」


 俺はお礼を言って小皿に入った少し茶色がかった軟石鹸を受け取った。いつも使っているような固くて白くて良い匂いをイメージしていたので少し驚いた。しかもこの石鹸はちょっと臭い。

 早速石鹸台に置こうとするが固形石鹸をイメージしてたから水切り穴から石鹸が漏れそうなので穴を埋めてから載せた。

 

「ねぇ、浴槽にはその石鹸台もセットでお願いしてもいい?」

 

 ティアに上目遣いで頼まれた。可愛い……。あ、いや、でも、そういうのは他の男には効いても俺には効かないよ、本当だよ!でもいつもお世話になっているティアだから断る気なんて無いけどね。

 

「いいよ。セットで作るよ。」

 

 ティアは嬉しそうに、やったー!と喜んでいる。スリッパが手に入るならお安い御用さ。これぞWin-Winだな。

 

 話がまとまったので、魔術の勉強をはじめることになった。今日は魔石についてだ。

 魔石を手に入れるには魔獣の体から取り出すか、冒険者ギルドか魔道具屋で買うかの2通りだ。魔石は魔獣の生命力と考えられていて、生命力が強い魔獣は大きな魔石を持っている。当然、大きな魔石を手に入れる方が難しいので大きさに比例して値段も高くなる。

 

 魔石は属性魔力を流し込み機能をつけると魔術魔石と呼ばれるようになる。利用する時はどの属性でも良いので魔力を流すと、魔力に反応して魔石内の魔術が発動する。

 

「魔石は実践する方が理解が早いから、それぞれの属性の魔力を流し込んでどんな効果があるのか見てみましょ。失敗すると大変だから外に行くわよ。」

 

「失敗すると大変って?」

 

「そうね。例えば火魔石を作り損ねると爆発する事もあるし、水魔石は周囲を水浸しにしたり、風魔石は部屋の中を強風が吹きまわるとかね。」


 それって屋外でも大変だと思うけど、ティアに言われるままに訓練場に向かった。訓練場では衛兵たちが走り込みをしているところだった。俺みたいに短時間の訓練とは違うから大変だよな、と他人事な感想を抱きながら通り抜けていった。

 

「それじゃあ、この辺でやってみましょうか。まずは火属性の魔石を私が作ってみるから見てて。基本的なものだけど料理に使ったり役に立つのよ。」

 

 ティアはそう言うと、手のひらに魔石をのせて魔力を注ぎ始めた。魔石が鈍く光り、すぐに元に戻った。

 

「できたわよ。」

 

 あっという間にティアは火魔石を作り上げた。そして俺はティアから魔石を渡され受け取った。熱いとか変色したとかは特に無く、やや濁った乳白色の魔石のままだ。

 

「ふーん……、これが魔術魔石か。空っぽの魔石なのか魔力を込めた魔石なのかって見分けが付かないね。」


「見分ける為に色を塗ったり魔術名を書いたりするのよ。そのまま魔力を込めてみて……」

 

 ボンッ!


「アチッ!」「きゃ!」

 

 訓練中の衛兵たちも訓練を止めてこちらを見ている。

 

「大丈夫?」この聞き覚えがある声はショーンだ。

 

「すみませーん、大丈夫です!魔石を爆発させてしまいました。」

 

「気を付けてね。」

「俺のティアに傷をつけたら許さんぞ。」

「馬鹿野郎!ティアちゃんは俺の将来の嫁だから。」


 衛兵たちは俺たちをからかった後、訓練に戻っていった。

 

「もう!話は最後まで聞いてってば。魔力を込めすぎると爆発するの!」

 

「はい……。身に沁みました。以後気を付けます。」

 

 ティアは袋から魔石を出して俺に渡してくれた。

 

「次はコーヅがやってみて。水魔術の方が失敗してもマシかしらね。」

 

 ティアはそう言うと俺から少し離れたところに移動した。はい、そうですよね。信用ありませんよね。

 

 俺は受け取った小さな魔石を手のひらに乗せ、慎重に少しずつ魔力を注いでいった。水魔術で水を出すイメージで魔石に魔力を注いでいくが、いつまで経っても魔力が溢れないので少し多めに注いでみると、

 

 バシュ!


「冷たい!」

 

 魔石が破裂して、水が俺を含めた辺り一面に飛び散った。ティアは何も言わずにこちらに近づいてきて「はい。」と次の魔石を渡してくれた。


「1回でできるものでもないから、繰り返して感覚を掴んで。」

 

 力加減が難しい。あのままチョロチョロと注いでいたら良かったのだろうか?先に少し多めに注いでおいて、徐々に少なくしていけば良いのだろうか?この辺りも繰り返して感覚を掴んでいくしかないのだろう。

 

 では次は最初に多めの魔力を注いで……


 バシュ!


 「わっ!」


 今度はいきなり破裂した。あの強さに魔石自体が耐えられないのか。

 

 ……


 この作業を何度も繰り返した。魔力をチョロチョロ注ぎ続けると時間はかかるけどできたが、効率が悪い。かといって急ぐと破裂する。


 試行錯誤しながら試しているうちにお昼を知らせる鐘が鳴った。俺としてはまだ上手くできてないし、もう少し試してみたいんだけどな。

 

「さ、終わりにしてご飯にいきましょ。それだけ濡れたら充分でしょ。」


 ティアに言われた通りで俺は何度水を浴びたか分からない程に全身ずぶ濡れだ。


「こっちを向いて目を閉じて。」


 え?何だろう?俺はちょっとドキドキして待っていると、強い風が全身を吹きつけてきた。急な出来事に驚いたけど、何より風が強すぎて呼吸ができない。


「乾いたかしら?」というティアの声と共に風が止んだ。俺はそこにへたり込んで大きく息を吸って「急にやるとビックリするよ。」というささやかな抗議をするのが精一杯だった。

 

 そして午前中の訓練を終えたショーンが歩いてきて、3人で食事に向かった。

 

「ショーン。他の人たちは何で食堂に来ないの?」

 

「みんなが来たら食堂の食事なんてあっという間に無くなるよ。だから量だけが取り柄のような衛兵用の食堂で食べてるんだよ。興味があるなら一緒に行ってみる?」

 

「ティア、明日は衛兵のみんなと食事ってどう?」


 ティアを見るとあからさまに嫌な顔をした。


「私は嫌。あの食堂って汗臭いし、芋しか置いてないし。」

 

 ショーンを見ると首をすくめて同意した。

 食堂では週替わりのタイミングだったのだろうメニュが大幅に変わっていた。俺は新しい物を中心に全体的に盛り付けて席に着いた。

 

「週替わりのタイミングだったんだね。新しい物を選んできたよ。」

 

 俺は座るなりテンション高めに二人に声をかけたが、二人の盛り付け方はいつもと変わらい感じだ。ティアはサラダ中心、ショーンは全体的にまんべんなく。もしタイガーがいれば山盛りにマッシュポテトを盛り付けるのだろう。

 

「その週替わりも繰り返しで3週間でぐるぐる回る感じだよ。」

 

「そうね。もうどのメニュにも飽きちゃったから。」


「そっか、二人からすると見慣れたメニュだったのか。」

 

 俺は盛り付けてきたものに視線を落とした。確かに食材はほとんど同じものを使っている。食事の時に見る食材で俺が作れて教えられるものってあるかな……カルボナーラ?パスタやミルク、卵、チーズは見かけるから作れそう。でも胡椒は見かけないから味は締まらないかもしれないけど。いつか機会があったら提案してみよう。


 そんな事を考えながら俺は黙々と昼食を食べた。

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