第8話 美しい部屋、らしいです。
……おいっ、おいっ!コーヅ!!大丈夫か!?
誰かの声が意識の端の方から聞こえてくる。俺はその声に朦朧としながら「すみません、大丈夫です。たぶん魔力切れです。」と答えた。意識が戻ってくるとトーマスが俺の事をゆすりながら声をかけてくれていることが分かった。
「本当に大丈夫か!?無理するなよ、魔力が無くなると死ぬこともあるんだからな。」
「はい、それはティアにも聞いて知っていました。すみません……。」
俺はトーマスに肩を貸してもらってベッドに腰かけた。しかしだるさで背中が丸まってしまう。
「少し休んでから夕食はいただきます。」と力なく答えた。
「魔力を回復させるにも飯はしっかり食っておいた方が良い。今日はもう魔術は使うなよ。それから魔力回復薬はどこかで手に入れて持っておけ。」
それだけ言うとトーマスは出て行った。一人になると又意識が遠くなる。眠たい。でもご飯は食べないと、でも10秒だけ目を閉じて休もう。そう思って後ろに倒れて目を閉じたら……そのまま眠ってしまった。
―――
目が覚めたら既に朝を迎えていた。真っ白になった部屋の窓からは綺麗な青空が覗き見える。今日も良い天気だ。窓を開けて早朝のひんやりとした空気を取り入れた。どこからか鳥のさえずりが聞こえてくる。長閑だなと思う。
そしてテーブルを見ると冷めきった夕食が手つかずのまま置いてあり、食事をせずに寝てしまった自分にため息を漏らした。でも夜は心に不安な気持ちが広がってしまうのでこんな朝の迎え方が良いのかもしれない。
昨日の昼以来の食事になるので、冷えた食事でも美味しく食べられた。固いパンはより固くなってるし、肉も固くなってるし、スープには油が浮いて固まってたけど。空腹は何よりの調味料なのさ。
本当は火魔術を使って温めて食べたいと思ったんだけど、やらかす事が多いから、朝からは止めておくことにした。食事を爆発させるとかやりかねないし。
顎の筋肉を鍛えつつ食べ終わった頃に今度はジュラルがお替りのように朝食を持ってきてくれた。
「ぷ。何かここまですげーとなんか笑えるな。あはははは。」
「大げさだよ。」
「いや、ホントに凄いって。少なくとも俺はこんなに綺麗な部屋は見たことないよ。」
そう言って朝食を俺に渡すと部屋の中を歩きながら壁や床を見て触りながらへーへーほーほー言いながら感心している。俺はジュラルは大げさ過ぎると思いながらも口には出さず、俺は温かい朝食を食べ始めた。温かいだけで3倍は美味しく感じられた。
朝食後は腹ごなしにストレッチや筋トレ、魔力量増幅トレーニングをして過ごしていた。一通りのトレーニングを終えて休憩していたところにティアが来た。
「おはよう……って何よ、何なのよ部屋!?」
ティアは目を見開き驚いて固まってしまった。そしてため息をついて首を振った。
「部屋は全面白っぽい大理石にしたよ。明るいし広く感じるし良いでしょ?」
「こんなに綺麗に白い部屋は王都でも見なかったわよ。」
ティアはそう言うと部屋の中を歩いて壁を触りながら「全く何なのかしらね。まだほとんど魔術だって教えてないのに。Sランクの私だってこんなに早く習得できなかったわよ。」
「それは大人と子供の理解力の差でしょ。」
「それに魔力だってこんなに急激に増えるのかしら?」
「魔力だってまだまだだよ、昨夜も魔力切れで倒れちゃって……」と言ったところで慌てて胡麻化そうとしたが遅かった。
「もぅ!魔力切れはダメって言ったでしょ。自分のためなのよ。」
「ごめん。今度こそ気を付けるよ。」
「はぁ……、今日は魔道具についてよ。」
ティアは呆れた視線で俺を一瞥すると授業を始めた。
魔道具は魔力を利用して作ったり、使ったりする物の総称だ。元々は軍事目的で作られてきたが、戦争終結から20年経ち周囲の国々とも関係を上手く保てている事から最近は生活を豊かにするための魔術具が増えている。魔道具は基本的には魔石で動かすので魔術の素質に関わらずみんなが使える。
現在、市中に出回っているのはコンロや冷蔵庫、保温浴槽、ランタン、携帯水道、空間収納袋といったものだ。
空間収納袋は作れる人がジルコニア王国に3人しかいないので、出回る数も少なくてとても高価だそうだ。それ以外のものも高いが買えなくはないので各家庭に1つ、2つはあるらしい。
俺は夜をランプの小さな明かりで過ごす生活が辛いから部屋を明るくできるランタンが欲しいな。それから携帯水道があればお風呂の準備が楽になると思う。
「俺はランタンとか携帯水道が欲しいかな。」と、チラッとおねだりの意思を込めてティアを見た。ティアもその視線に気づいたが「言っとくけど、安くないんだからね。私が準備するのは無理よ。」と先手を打たれた。
魔道具で俺の生活も豊かにして欲しいところだけど、まぁ魔道具じゃなくてもいいか。
「ティア、魔道具じゃないんだけど、石鹸ってあるの?」
「もちろんあるわよ。」
石鹸は高くないらしくティアから貰う約束をした。これがあれば汗くっちゃさや、体のベタつきともおさらばできそうだ。
ティアの授業が終わると、魔力切れを起こした罰として昼を知らせる鐘が鳴るまで魔力量増幅トレーニングをしながら過ごした。その間ティアは椅子に座って本を読んで過ごしていた。
「今日はここまでにしましょ。」と、ティアは本を閉じて立ち上がった。俺も少しずつだが魔力の流れを体の中に感じ取れるようになってきたし、上達していることを感じられて嬉しい。
俺たちは食堂前でショーンと合流し、食事を始めた。
「ティアってどんな魔道具を持ってるの?」
「私?えっとコンロとランタンと携帯水道、あとは冷蔵庫ね。」
「結構色々持ってるんだね。ショーンは?」
「僕はランタンと携帯水道だけだよ。砦の寮に住んでて食事を作らないからこれで充分なんだ。」
俺も生活環境を豊かにするために魔道具が欲しいけど、どうやったら手に入れられるんだろう?一人前になって仕事を貰う?いやいや、そんな悠長な事は言ってられない。でもどうすればいいのか、さっぱり分からないや。
食事を終えると俺とショーンは訓練場に向かうと軽鎧に着替えて広場に出た。この軽鎧にも段々と自分の臭いが染みついてきた。剣道部って防具どうしてたんだろう?俺は近くに居た衛兵の何人かに挨拶しながら臭いを嗅いだが、それぞれの臭いがかなり染みついていた。でもショーンは何故だか香水のような匂いがする。こういうところにもイケメン補正というものが入るんだろうか?
謎を解明できないままストレッチをして自主練を始める準備を進めていった。
―――
自主練のノルマを達成した俺は倒れ込まないまでも、両ひざに手をつきゼイゼイと荒い呼吸を繰り返していた。昨日よりも倒れこまなかっただけ少しマシになった気はする。荒い呼吸のまま動けずにいるとショーンが来てヒールで回復してくれた。俺はひざから手を外して顔を上げてお礼を伝えた。
「今日は倒れ込まなかったんだね。」
「うん。ヒールのお陰で筋肉痛にならないから鍛えやすいよ。」
「なら、もう1セットいっとく?」
俺は笑顔で「お構いなくー。」と返した。そしてショーンに部屋まで送り届けて貰った。
部屋では今日のリフォームについて考えてみる。今は玄関を開けると浴槽が丸見えっていうのが気になっている。本当は壁が欲しいけど一応警護されている身だから止めておいた方が良いと思うと石鹸台や洗面台を作るくらいが良いかな。
まずは石鹸台を浴槽のわきに設置することにして作っていった。土台を作り、その上に3本脚をくるくると伸ばし、三日月っぽい形状の石鹸置きを乗せた。石鹸置きには水が溜まらないように穴を開けた。イメージとは遠く離れたいびつな形に仕上がったけど、見慣れればきっと味がある作品と思えると信じる。
次に洗面台を作り始めた。これは壁を作って部屋の区切りができた事を想定して脱衣所になる場所に作らないといけない。
この部屋は角部屋で窓は玄関から入って正面と左側に2つあって縦長の部屋だ。既に風呂を左側の窓の近くに作っている。そうするともう1つある左側の窓の辺りが寝室にするのが良いと思う。
まずは風呂を区切る壁を作った。あ、リビングから直接洗面所や寝室ではなく廊下からそれぞれの部屋に入れる方が良いな。
そして洗面所は風呂の隣にボウル部分や台の部分もゆったり余裕を持たせて大きめに作った。それから浴槽から排水口に流すルートを作り、最後に浴槽に栓をするために大理石の玉と玉置き場を作った。
できたー!すごく良いよ、俺。頑張ったよ、俺。やればできる子だよ、俺。
水回りの設備を作るのもだいぶ慣れてきたと思う。これだけ作ったのにまだ夕食の時間にならないし。俺は椅子に座ると水差しの水を注いだグラスを高く掲げ、自分に乾杯してから口をつけた。充実感という味わいが喉を通って胃の中に溜まっていく。
ふと、扉の方を見る。そういえば玄関も欲しいな。部屋の中でもブーツで過ごしてると足が蒸れて辛い。今もちょっと奥の方が痒い。明日はティアにスリッパがあるか聞いてみよう。
扉を見ながらどんな玄関が良いか考える。
脱いだ靴を置いておく靴箱……ではなくシューズクローク!自宅はマンションだったから無理だったけど、スノボーや釣り道具とかも置けるようなスペースって欲しかったし。なんかまた楽しくなってきてテンションも上がってきた。
俺は休憩もそこそこにシューズクロークの区切り壁を玄関を入って右側に作り始めた。そして出入口は玄関側と部屋側の2箇所つけるようにした。
それから靴箱や物置台などを作っていく。靴って言ってもこの世界はブーツだから1段を高くする必要があるし、今後は鎧や剣なんかの置き場も必要になると思う。
立派な靴箱を5段分作ったが、今手元にあるのが日本から履いてきた革靴と支給されたブーツの2足だから今はスカスカだ。
ちなみにここで支給されている靴はブーツで足首までしっかりと覆われている。紐を緩めても脱げる事はないので普段はそうしている。勿論、訓練の時はしっかり縛って使っている。
窓の外は薄暗くなってきた。もうすぐ食事の時間だ。でもこのまま玄関も作ってしまう事にした。玄関は段差を作らないようにする。靴を脱ぐ習慣が無いこっちの人たちは躓いちゃうかもしれないので。
シューズクロークの仕切り壁から反対側の壁までの一面を玄関にしてしまおう。玄関は色で見分けられるように黒っぽい大理石で作り直していると、トーマスが夕食を届けてくれた。俺は玄関先でそのまま受け取った。
「今度は玄関を作っているのか。」
「ここの色が変わるところで靴を脱いでもらいたいと思ってるんです。この国って部屋に入るときに靴を脱いだりはしないんですか?」
「いや。靴は脱がない。靴を脱ぐのは着替えるときや寝るときくらいだ。」
「そうするとスリッパとかサンダルみたいなものって無いですかね?」
「サンダルは街の靴屋に行けばある。でもそのスリッパ……?というものは初めて聞いたな。どんなものだ?」
残念ながらこの世界にはスリッパが無いようだ。スリッパって靴職人さんに作ってもらえるのかな?いつか作ってもらいたいけど、当面はサンダルで代用するのかな。まぁ、それを買うお金も無いけどね。
トーマスは外へ戻り、俺は食事を持ってテーブル席についた。食事をしながら今後のことを考えていると、玄関に食事や洗濯物の受け渡しの場所を作るアイディアが思い浮かんだ。きっとこれがあればお互いに楽になると思う。
そして食後は風呂だ。
ふぅぅぅぁぁぁぁ……!気持ちいいぃぃ。
それにしても今日はここまで全てが順調だ。ここまで何もやらかしてないし。
フンフン♪フフフン♪
俺は体を伸ばして鼻歌を歌いながらゆっくりと浸かり部屋の中を見回す。この部屋に来たばかりの頃とは大違いだね。たかが数日でここまでできるなんて、我ながらすごい魔術師じゃんと思った。
風呂から上がって窓から外を見る。満天の星空には何度見ても感動させられる。ただ毎回のように家族の事を思い出してしまう。
もう捜索願いとか出されてるかなぁ。このままじゃ母子家庭にさせちゃうよ。早く帰る方法を見つけないといけないけど、今は自分から何かできる状況じゃないと思っている。
この街を抜け出して日本に帰るための旅に出ようにも、今は身を守る事もできない、食事も充分に持ち歩けない、それにこの世界の知識もない俺は森を3日彷徨って魔獣に食い殺されるのがオチだと思う。今の俺にとっては現実的ではないプランだ。まずは魔術を習得して剣技を身に付けた上でこの世界のことを知る。全てはそれからだと思う。そこまでになっていれば、きっと自分が取るべき行動も見えてくるはずだ。
俺は魔術の上達を目指すことにして魔力増幅トレーニングとヒールの練習をした。まだまだ基礎の基礎だけど必ず上達してやる。
トレーニングを終えるとベッドに潜り込んだ。そして枕の下から家族写真を取り出し、しばらく眺めていた。
俺は絶対に諦めない。明日も精一杯頑張る。今はそれしかできないんだから。
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