第7話 入浴タイム
今日こそは湯船にゆっくりと浸かるんだ。
このやばい量の汗で息子に会ったら、あの小さな顔を俺に押し付けてクンクンと臭いを嗅いで「パパくっちゃい。」って言うだろうな。あーまた言われたい……。
でもそんな息子を抱えながら、行方不明の夫を探す妻。そんな事を考えていると心が重く苦しくなってしまい、力もやる気も失せてしまった。
そして、そのまましばらく浴槽に残った水を見つめていた。ゆらゆら揺れる水面に辛気臭いおっさんの顔が映る。
どのくらい経っただろうか。
このままじゃ駄目だって。何でも良いから前に進まないと。
俺は無理やり気持ちを奮い立たせた。
そして浴槽の水を魔術で増やした。そして手のひらに火を起こすと、ゆっくりと手を水に沈めた。
しかし、あっという間にお湯を煮え立たせてしまった。浴槽はグツグツと煮えたぎっている。
俺は何もかもが思うようにいかず、大きなため息をついた。
これ以上余計なことは止めておいて、俺はお湯が適温に冷めるまで浴槽周辺の床も大理石で作り変えたりして待つことにした。
とにかく今は何か作業をして頭の中を空っぽにしたい。魔力の空っぽには注意しつつ、床に触れながら白っぽい大理石のイメージで魔力を流していき浴槽周辺の床を作り変えた。当分冷めそうにない熱湯を見て、部屋全体の床を作り替え作り替えようと、移動しながら部屋全体の床を白っぽい大理石にしていった。床だけが明るく綺麗になっただけだけど、だいぶ見違えたとは思う。これを壁とか天井も同じように大理石にするとすごく綺麗な部屋になるかもしれない。
そしてもう1度風呂のお湯加減をみてみる為に指先をチョンと浴槽に浸けた。
んー、大丈夫かも。
もう一度温度を感じれるくらい浸けると、少し熱いが入れそうな湯加減になっていた。やっと念願のお風呂の準備が整ったので、俺は服を脱ぎ散らかして浴槽に浸かった。
「ゔぁぁぁぁ!!ふぃぃぃぃぃ……」
あまりに気持ち良くて、魂の叫びが声になって漏れてしまった。そしてそのまま頭を空っぽにして浸かっていると、また色々なことが思い浮かんできた。家族の事、会社の事、この世界の事、そして俺は本当に日本の家族の元に帰れるんだろうかという不安。そんなネガティブな気持ちに押し潰されそうになってくる。
でも諦めたらその時点で家族の元には帰れなくなる。よし!と気持ちを切り替えるために両手で頬を叩いた。
ティアも言っていたけど、キーワードは空間魔術だと思う。そのためにまずは魔術をもっともっと使いこなす必要があると思う。魔術ってファイアーボール!とかって決まった技みたいなものを出すのかと思ってたけど、イメージで創り出すからアイディアの数だけ魔術があるということだ。そうなると日本で見聞きしたり体験したことが活きてくるのかもしれない。
そんな事を浴槽に浸かりながら考えていると、ジュラルではない衛兵が夕食を持ってきてくれた。
「なんだこれは?」
「お風呂です。気持ち良いですよ。」
「いや、そうじゃなくてな……。」と、衛兵は部屋を見回しながら言った。
「床も作り変えてみたんですけど、どうです?今度は壁や天井も作り変えようと思ってます。」
「どうってなぁ。凄い、としか言いようがないよ。で、風呂も作ったんだな。お前の才能と情熱には恐れ入るよ。」
「お風呂に入りたい一心で作りました。すごく気持ちいいですよ。」
衛兵は苦笑しながら首を振っている。一度浸かると分かると思うんだけどな。
「ま、ゆっくりしててくれ。夕食は置いておくぞ。」
夕食をテーブルの上に並べ、テーブルの脇に着替えやタオルを置いた。それからランプに明かりを灯してから衛兵は出て行った。まだランプが必要なほど暗くはないが、日は傾いているのでもうすぐ暗くなってくるだろう。
俺は衛兵が出ていった後もランプの明かりをぼーっと眺めながら、しばらくそのまま浴槽に浸かっていた。
「ふぅ……気持ちいい。」と独り言ちた。
風呂から上がった俺は火照った体を冷やすために窓を開けた。外は薄暗くなってきていて街にもいくつかの明かりが点き始めている。そして窓からは昼間の暑さとは打って変わって心地良い爽やかな風がそよそよと入ってくる。
床が大理石になっただけだが、変わり映えしない夕食も美味しく感じた。
夕食を終え、風呂の片付けをすることにした。
まずは浴槽から排水させたくて、浴槽から排水口までの排水溝を掘った。
排水溝に合わせて浴槽に小さな穴を開けた。お湯は思った通りに流れて排水溝から部屋の排水口を通じて排水できた。最後に排水溝を覆うために蓋を作ってはめ込んだ。
それから浴槽の排水栓だ。普通にゴム栓を使えると良いんだけど、今日のところは簡易的に浴槽の穴を塞ぐためにまん丸い大理石を作って浴槽の穴の上に置いた。これである程度水の流れを止めることができると思う。
土属性ってすごく扱いやすい。水や火も同じように扱えればお風呂のお湯も溜めやすいのになぁ。
風呂や床が綺麗になったので壁との差が気になってきてしまう。こうなると壁も天井も早く大理石にしたいな。やるなら壁からと思うんだけど、今から壁を作り変えようと思うとまた魔力が足りなくなって倒れそうなので、少し休憩してからとベッドに横になる。
目を閉じると浮かんでくるのは家族の顔。魔力切れで落ちてしまった方がマシなのかも。妻や息子はどうしているだろう?こちらと同じだけの時間が過ぎてるのかな?などと考えているうちに寝てしまった。
―――
目が覚めた時は既に辺りは明るく、朝を迎えていた。ゆっくりと起き上がり、着替えてベッドに腰掛けたまま朝食が運ばれてくるのを待っていた。すると部屋がノックされ衛兵のジュラルが入ってきた。
「うぉ!?なんだこれ?すげーな。見るたびに部屋がグレードアップしていくな。」
ジュラルは食事を置いて、今度自分の家もこんな風に綺麗にしてくれよと言い残して出ていく。……そんなに言うほどなのか?いくら俺が土属性がAランクとは言え魔術を使い始めたばかりだし、他にもこのレベルの加工ができる人はいると思うんだけど。この辺りがまだよく分かんないよなぁ。
食事を終えてしばらくするとティアが来た。部屋を見たティアは呆れたように「あなたは何に情熱を燃やしているのかしらね。才能と情熱の無駄遣いよ。」と、言いながら椅子に座った。
「今日は次にいくわよ。領主様との面会までにできる限り教え込みたいの。あなたに魔術の才能と能力がある事が分かれば、魔術師になる為に学ぶ為の良い環境を与えてもらえると思うの。まぁ、これだけの事ができるなら必要無いかもしれないけど。」
今日は属性の話だった。
火や水、風に土といったものは俺も感覚的に理解しているのでさらっと流された。
光に関しては光と闇は表裏の関係なのでまとめて光属性なんだそうだ。明るくしたり暗くしたりを応用するそうだ。目くらましや盲目状態にしたりするそうだ。
生物は体を癒したり体を強化する事ができるそうだが、死者を生き返らせる事はできないそうだ。
心は魔物を使役することができる。しっかり心を通わせた後でなければ使役できないそうだ。魔力差がある場合、一時的には使役状態にはできるが心が通っていないと続かないそうだ。他の使い方としては自分を魅力的に見せたり相手に不安感や恐怖感を与えることもできるそうだ。
空間は空間に切れ目を入れて収納スペースを作ったり、瞬間移動ができたりするそうだ。この延長上に異世界への移動も可能にする魔術があるんじゃないか、という話だ。
座学はここまでで、この後は生物属性の練習をした。この世界には医者という職業は無く、魔術師や神官が生物魔術を使ったり魔石や薬草を使ったりして病気や怪我を治すそうだ。
今日の練習は一番よく使う疲労回復だ。自分の場合は魔力を巡らせて回復させるのだが、人を回復させるには相手の体を巡らせる回復魔力を相手に流し込むようにするのだ。全身にいきわたる様にという操作が意外と難しい。丁寧に相手の頭のてっぺんから手足の指先まで流し込むようにするのだが範囲が広く全体をイメージしきれない。慣れが必要だな。
ここで昼を知らせる鐘が鳴ったので、練習はここまでだ。残念ながらここまで疲労回復したような感覚はなかった。むしろ疲労が溜まった気がする。まだまだ練習が必要ということだ。
そして食事のために食堂に向かった。今日からはショーンが迎えに来てくれているはずだ。タイガーはそれなりの地位にいるので色々と忙しいようだ。
食堂の入り口には遠くからでもキラキラして見えてくるショーンが立っていた。ただ立っているだけなのにファッション誌から抜き出したように見えてくる。
ショーン。23歳。ボクは近衛兵を目指して毎日訓練を頑張ってるんだ。今日のワンポイントはやっぱりこのチェインメイルかな。見てこの傷。これは魔獣との死闘でできたんだ。
……とか書かれてて1ページ割かれてるやつだ。もはや読モだな。
そんな事を考えながら挨拶をした。
「こんにちは、ショーン。」
「どうも。迎えに来たよ。それじゃあ食事しに行こうか。」
ショーンの食事はバランス型なようだ。やっぱり色々食べたいよね、気持ちは分かるよ。そしてティアはいつもの様にサラダ中心にヘルシーなものだ。
「タイガー隊長はどうしたの?」
「隊長はお忙しいですからね。今日から僕が送り迎えをすることになります。」
「そっかぁ。ちょっと報告したい事もあったんだけどな。ま、いっか。」
「僕が伝えておきましょうか?」
「んー?急いでないからいいわ。又今度会った時に話するから。」
2人の何気ない会話が途切れた時に「俺の訓練は昨日と同じメニュだよね?」とショーンに質問した。
「そうだね。しばらくは同じメニュだと思うよ。あのメニュも本来の強度から落としているからね。通常の強度がこなせるようになったら、次のメニュかな。」
「えー、あれで強度落としてるの?辛すぎる……。」
「コーヅはひょろいもんね。体は鍛えておいた方が良いと思うわよ。頑張って!」
俺は苦笑いで答えた。体を動かす事は嫌いじゃないけど、運動不足の体で基礎トレーニングってつまらないし、きついんだよな。ボールを蹴りながら走れたら少しは楽しめるんだけど。
食事も終わり、俺とショーンはティアと別れて訓練場に向かった。
更衣室で俺は軽鎧、ショーンは重鎧に着替えてた。重鎧は本当に重そうだ。ショーンに言ってパーツを持たせてもらったがパーツだけでも十分重たい。最後はこれを着て動けないといけないと思うと気が遠くなる。
そんな俺の表情から読み取ったんだろう、ショーンが笑いながら「生物属性の魔術で身体強化しているから、これを着て動けるんだよ。」と丁寧に教えてくれた。
あ、そうなのか。俺が身体強化を禁止されているから、みんなも禁止されているのかと勘違いしていた。俺はそこに行きつく前の本当の意味で体を強くするための訓練なんだな。
俺は自主練だからここでショーンと別れた。
俺のメニュは訓練場を50周、打ち込み500回だ。それにしても本当にゾッとする量だ。これでも強度を落としているって言うんだからなぁ。
―――
はぁはぁ……
なんとか今日もメニュをこなせた。俺は打ち込み台の前で大の字で倒れる。肺も心臓も痛いし、呼吸は苦しいし。手の皮も相変わらずベロベロになってしまうし、昨日と全く同じ状態だ。簡単に昔の体力には戻らないよな。
そこにショーンが近付いてきた。ショーンは何も言わずにまずヒールを使ってくれた。
「お疲れ様。今日も最後まで頑張れたね。」
体が暖かく包まれ、あっという間に痛みや苦しみから解放された。本当に魔術はすごいものだと思う。俺もこんな風にヒールが使えるようになりたいな。
「ありがとう。今日も何とか終わらせることができたよ。」
俺は起き上がって胡坐をかくように座りショーンを見上げた。
笑顔でこちらを見ているショーンは額に汗が少し滲んでいるくらいに見える。ショーンだってあっちでもっと厳しい訓練してたのにすごいな。身体強化の力なのか訓練中に回復させてるのか、そのうち分かるでしょう。
俺の訓練はここまでだ。汗を拭き軽鎧から普段着に着替えてから部屋に戻る。もちろんショーン同伴だ。ショーンは俺を送ってくれた後に又訓練に戻っていった。
俺は部屋に入らず衛兵に話しかけた。
「お名前伺っても良いですか?私はコーヅと言います。」
「ははは。コーヅの事は知ってるよ。俺たちはコーヅの警護でここに居るんだからな。俺はトーマスだ。ここは2人で交替しながら警護している。1週間で他のメンバーと交代すると聞いている。」
俺はありがとうございます、とお礼を言い部屋に戻った。
部屋に戻った俺はまずは浴槽に水を溜めた。で、食事をした後に火属性の魔術で水を丁度良い湯加減まで温める。昨日の失敗は繰り返さないようにしないと。俺も日々成長だぜ。そしてこの成長が日本の家族の元に帰る道に繋がっていると信じている。
夕食が届くまでにはまだまだ時間があるので、昨日、手つかずで寝てしまった壁や天井も大理石に変えていくことにする。
まずは壁に手を付き魔力を流していく。徐々に壁が大理石に変わっていく遠い場所になるにつれて変わる速度が遅くなる。だから移動しながら大理石に変えていった。高いところはテーブル持ってきて、その上に乗って変えていき、壁も全体的に白い大理石にすることができた。
天井はテーブルの上に椅子を乗せてその上に立つようにして手を触れた。そして魔力を流し込むと大理石に変わっていく。
俺は椅子を降りてテーブルを動かし、また椅子の上に立って魔力を流すという動作を繰り返していたが、面倒になったので一気に魔力を流し込んで天井を白い大理石に変えた。
部屋の中が真っ白になったからか目の前が真っ白になった。
あ……。
フラッ
ガタン!バタン!!!
俺はまたしても魔力不足で意識を無くしてしまった。
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