第10話 家化

 食事を終えると、いつものようにティアとは食堂の入り口で別れた。

「それじゃ、また明日ね。」俺が声をかけると、ティアは振り返って小さく手を振って応えてくれたけど、この仕草はティアの火魔術並みにずるいと思う。

 

 俺は軽鎧に着替えて訓練場に出ていき、独りでメニュを黙々とこなしていった。毎日の訓練のお陰で日に日に体が強くなっている事を実感できる。こういったトレーニングがこの先どんな事で役に立つのかまだ分からない。でも全てのメニュをこなしてもまだ余力があったので素振りを50本追加した。

「メニュを追加した?」

「うん、少し余力があったからね。そういうの見てるんだ?」

「見てないけど、なんとなくね。まだ鍛え足りてないなら、もう少し待ってるけど。」

「どうぞお構いなく。」と精一杯の笑顔で丁重にお断りした。

 そしていつものようにヒールをかけてもらってから部屋まで送り届けてもらった。そこにはいつものようにトーマスが立っている。

「明日が最後と聞きました。今までありがとうございました。」と頭を下げた。

「いや、これは任務だからな。礼を言われるようなことじゃない。」

 そう言いながらもトーマスは柔らかな表情を向けてくれた。俺はもう一度礼を伝えてから部屋に入った。

 

 俺は玄関で立ち止まって部屋を見渡した。膝までの区切り壁がある全体が白くて綺麗な部屋だ。これで壁を天井までつけて間仕切りしてしまえば、部屋というか家が完成と言っても過言では無いと思う。

 タイガーからの許可は貰っていないけど……まっいっか。

 俺は軽いノリで膝までの壁を天井まで延ばしてくっつけていった。壁の量や天井までの距離があって、たまに目眩がしたけど倒れる程ではなかった。気を失わなければセーフだ。

 全ての壁を天井まで延ばし終えると、早速家の中を探索した。まずシューズクロークに入ってみると……暗かった。出入口が2箇所あるので、そこから入り込む光でかろうじて見えるくらいだ。俺は照明の事を全く考えていなかった。失敗したなぁ……。

 他の部屋も確認していったが、窓がある寝室や風呂、リビングは窓があるので明るいけど、逆に洗面所や廊下などが暗かった。

 

 こうなると照明が必要になる。多分、砦の廊下はランプの明るさじゃないと思う。俺は玄関から顔を出してトーマスに声をかけた。

「すみません。廊下の明かりは魔石を使っているんですか?」

「そうだ、光魔石だ。ランプより明るいから広い場所では効率が良いんだよ。俺も家では光魔石を使っている。一度光魔石の良さを知ってしまうとなかなかランプには戻れんのだ。コーヅも欲しくなったのか?」

「はい、欲しいです。もう少し部屋を明るくしたいので。ティアに欲しい事を伝えてみます。……貰えますかね?」

「さぁ、どうだろうな?」

 俺はトーマスに礼を言い部屋に戻った。

 やっぱり光魔石なのか。暖色系の電球色っぽくて間接照明みたいにするとオシャレで良いと思うんだ。自宅マンションはロビーだけは高級マンションに住んでいるような錯覚を抱かせてくれるんだ。まぁ、エレベーターに乗って、壁に貼られた自治会からのお知らせを見ると現実に引き戻されるんだけどね。でもそんな間接照明を部屋にも作ってみたくなった。


 そこの間接照明の部分だけ記憶から掘り起こしながら持ってこようと思う。リビングの壁に等間隔に4か所の光魔石置き場を作り、上下から光が漏れてくるように壁横断に一直線のカバーを作った。細かい作業はなかなか時間がかかる。同じ大きさ、同じ高さで作るのって結構難しい。

「雰囲気良い光の漏れ方をしてくれると良いんだけど。」

 俺は明るいうちにやってしまおうとリビングの反対側の壁、そして玄関の作業を始めた。玄関もリビングと繋がっているので同じ様な間接照明を作っていった。

 腕を組んでしばらく出来上がりを眺めていると後ろで扉が開く音がした。

「夕食だ。」

 俺が振り向くと眉間に皺を寄せて険しい顔をしたトーマスが、夕食が載ったトレイを持って立っていた。

「あの……これって問題ありますかね?」

 目の前にある白い壁のことを聞いた。

「警護上は良く無い。コーヅが倒れても気付けないだろ?お前はここに来て1週間も経ってないのに何度倒れた?」


 はい……全く反論できません。またやり直しかぁ。でも半日あればできるし、残念だけど仕方ないな。そんな事を考えていると、落ち込んでいると思ったのかトーマスが対案を出してくれた。

「今日はこれ以上魔力は使うな。俺もジュラルも何度か様子を見に来るようにする。コーヅは明日必ずタイガー隊長に許可を貰うように。」

「お風呂入りたいので、お湯を溜めるだけ……」

 トーマスはため息をついて「分かった分かった。俺が見ている間にやってしまえ。」と許可をくれた。トーマスって最初は堅物で取っ付き辛いと思ったけど本当に良い人だ。

「ありがとうございます。すぐに準備して入ります。」

 俺は風呂場に移動して急いで水を溜めた。ちょっと魔力に負担感があったが、トーマスをあまり待たせられないので、そのまま火魔術で温めようとした。そんな様子を見ていたトーマスが静かに言った。

「無理をし過ぎるな。自分の力量を弁えろ。この世界ではそれができない奴は死ぬ。水を温めればいいんだな?」

 全て見透かさていると観念して「はい……。よろしくお願いします。」とその場を譲った。

 トーマスは右手を水に浸けて魔力を流し始めた。俺は今まで火をおこしてから水の中に浸すようにして温めてたけど。手を浸けてから火魔術を使うとお湯加減も調整しやすいのか。

 俺が感心しながら作業の様子を見ていると、トーマスがこちらを振り向き、お湯の温度を確認するように言った。浴槽に手を浸けると、まだ温かったので、熱めに感じるまで温めてもらった。

「トーマスさん、ありがとうございました。水の温め方も勉強になりました。」

「俺たちは子供の頃から魔術は使ってるから、このやり方は普通だ。それよりも、こんな事も知らないのにこれだけの事をやってしまうコーヅに驚くよ。」と言って浴槽に手を置きながら「それにこの浴槽はとても良い物だと思う。」と褒めてくれた。

「このくらいの物で良ければお礼に作りますよ。色々お世話になってますし。」

「嬉しいがこれは貰い過ぎだ。」

「これと全く同じで良ければ半日で作れてしまいますよ。」 

「そうか……」

 トーマスの言葉は抑えているけど、頬が緩んでいて嬉しそうなのが伝わってくる。こんなお礼で喜んてくれるなら俺も嬉しいし。

 そしてトーマスも浴槽に浸かる素晴らしさを体感してもらって浴槽派に鞍替えしてもらい、一緒にお風呂エバンジェリスト伝道者として活躍してもらおう。

「トーマスさんの家は砦の中ですか?そうだと作りに行きやすいのですが。」

「俺は結婚してるから街に自宅があるんだ。」

「外出許可を貰えるようになったらになりますけど、奥様の為にも頑張って作ります。」

「こんなに問題を起こしていたら外出許可が出ないんじゃないか?」とトーマスは笑った。そして「まぁ、気長に待ってるよ。俺は外で待っているから風呂から出たら顔を出してくれ。」と言うと、トーマスは警護に戻っていった。


 俺は洗面所で服を脱ぎ散らかし、窓を開けてから風呂に浸かった。

「あゔぁぁぁぁ……」

 疲れが全て溶け出していく。一日の終わりはこうやって迎えないといけないと思う。全アズライト民もそうすべきだと思うんだ。

 

 それにしても俺は幸せだなぁ。どちらの世界でも良い人たちに囲まれている。今の状況に勿論満足なんてしていないけど、何かの縁でここに居るわけだし、ここの世界にいる間はみんなの役に立てるように頑張っていこうと心に誓った。

 

―――

 

「おい。」

 顔を上げるとトーマスが腕を組んで見下ろしている表情は何かに呆れているようにも見える。どうしたんだろう?

「いつまで経っても顔を出さないから心配して見に来たぞ。」

 俺はお湯を掬うと顔の汗を洗い流した。

「気持ちいいんですよ。窓から入ってくる風に当たりながらだといつまででも入っていられます。早くこのお風呂の良さをトーマスさんにも早く味わってもらいたいです。」

「それはいいが、心配だから今日はもう上がってくれ。出たら部屋の外に顔を出してくれ。」


 そう言い終えるとトーマスはまた部屋を出ていった。俺は仕方なく風呂から上がると、頭と体をティアに貰った石鹸で洗った。

 クンクン……この石鹸は少し臭いけど、何か嫌いじゃない臭さになんだか嗅ぎたくなってまた嗅ぐ。クンクン……。やっぱり臭い。意味も無く何度か繰り返した。

 でもこういうのってハーブを混ぜて漬け込んだらマシになるのかな?ハーブがあれば良いんだけどそういう事も分からない。まだまだこの世界は知らないことばかりだ。

 

 俺は着替えを済ませると部屋から顔を出してトーマスに声をかけた。そして長湯をしたせいですっかり冷えてしまった食事を食べた。本当は魔力で温めてみたいとも思ったけど、トーマスと今日は魔力を使わない約束をしたので止めておいた。

 

「少し教科書を読み直してから寝るか。」

 俺は食事の後すぐにベッドに入ると、上半身を起こして教科書を読んだ。

 少しずつだけど実際に魔術を使うようになっているので、全く使えない時に読んだ時とは違って理解しやすいし再発見もあった。

 全部読み直した後、家族写真を取り出してしばらく眺めた。笑顔の妻や子供を見ると悲しくなってくる。でも一方で俺は少しずつこの世界に馴染み始めている。もし日本の家族の元に帰れなければ、このままこの世界の住人になってしまうんだろうか。そう思うと本当に怖くなってしまう。そんな気持ちを振り払うように「そんな事は無い!絶対に帰る。」と叫んだ。そして不安な気持ちから目を逸らせるためにランプの明かりを消して横になると、会えない家族を想いながら呟いた。

「おやすみ。絶対に諦めないから待ってて……。」

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