第32話 『知らない』が許されるのは知り合いか子供だけ

 じー、と強めの視線を向けるケレムに、そっぽを向くクライムという膠着こうちゃく状態が形成されていた。


 クライムとしては、コルノ達に協力したいのは山々だが、同時に過去の仲間を裏切ることが出来ないという板挟みになっていた。


 それにまだアグリーが何かをした訳ではないのだ。無闇に仲間を疑いたくはない。……ただ、可能性が高いのが、悲しいところだ。仮にアグリーだったとしたら、さてコルノ達にどのような協力をすれば良いのだろうか――とどう転んでもクライムは頭を悩ませることになりそうだった。


 そんなことを考えながら、終わらない二者面談をしていたクライムだったが――ふと、外へと繋がる扉がノックされた。


 ケレムがそこでようやくクライムから顔を逸らして、扉に向く。


「だれ?」


「僕だよ」


 シリロスの声だった。


「見つけた」


「そう。じゃあ、入ってきても良いわよ」


 そう言いつつ、ケレムは傍らに置いていた杖に触れて、魔法を使った。この部屋を包み込む――恐らくは防音をする魔法だろう。


 扉が開かれ、シリロスと……彼(女)に首根っこを掴まれて引きずられる男が一緒だ。ぼろい布きれのような服を着て、人相がとても悪い。浮浪者、というよりはそれを真似た悪人、と言った方がしっくりくる。


 男はしっかりと手足を縄で拘束され、身動きが取れないようにされていた。


「な、なんだってんだ、あんたら、いきなり!」


「で、何やってたの?」


「な、なにって――」


「魔物溜まりに近寄ろうとしてた」


 ケレムが問いかけ、男が答える前にシリロスがそう返した。


 それを聞いたケレムはにっこりと笑みを浮かべる。


「ギルティ」


 言ったと同時に、シリロスがいつの間にか持っていた小さな棍棒で、ぽくんと男の頭を叩いた。


「いてぇ! な、なにすんだよ!」


「馬鹿みたいに魔物溜まりに近づいて、散らしてたかもしれないから。で、なんで近寄ったわけ? 誰かに頼まれた?」


 ケレムは淡々と事務的に口にする。


「な、なに言ってんだよ――俺はただ、なんか魔物が集まってんなーって思って」


「ギルティ」


 またケレムが言うと、シリロスがが棍棒て、ぽくんと男の頭を叩く。


「いてぇ!」


「知ってる? 知らない、で許されるのは知り合いか子供だけなの。だって見ず知らずの馬鹿にそんなことされたらたまったものじゃないと思うの」


「そこは無知は許される、とか言うべきなんじゃねえのか、エルフなら!」


「生憎とそこまで出来てないのよ、私は」


 ケレムは鼻を鳴らしながら、肩をすくめる。


 確かに無知は罪ではない。知らないなら知れば良い。そのために教える。だが、限度もある。その無知のせいで大勢の――それも大切な人達が犠牲になるかもしれないのなら、許せるわけがない。そういうことは、少なくとも節度がある大人なら知っておくべきことだ。


 子供なら、引っぱたいて止めてなんとかして諭し、許すだろう。しかし、どこかからやってきた馬鹿に同じことをするほど、間抜けではない。


 ケレムはそういう相手には容赦はしない腹づもりでいる。


「いい歳して最低限のことを知らないのは、罪よ。だから罪には罰を。――まあ、貴方が実は魔物溜まりにちょっかいかける意味を知っていて、かつ誰かに頼まれたっていうなら私刑はなしにするけど?」


「へっ、なんのことだか――」


「膝の皿、一つ」


 ケレムは男の言葉に食い気味にそう言うと、シリロスが寸分置かずに、男の膝に棍棒を思い切り振り下ろした。


 ばぎぃ、と骨が砕ける嫌な音が鳴る。


「あぎゃあ!?」


 躊躇ちゅうちょなく骨が砕かれ、男は痛みと困惑が入り交じった悲鳴を上げる。恐らくハッタリだと思ったのだろう。残念ながら、そこまで甘くはなかった。


「知ってる? 膝の皿って割れちゃうと上手く歩けなくなっちゃうの。変な風に治ったら、今後の生活、大変になっちゃうかもしれなわね? 幸い、隣の部屋で回復用のポーションがあるから、治せるかもしれないけど……何か言いたいこと、ある?」


「なにも――しらねえ――!」


「割れた方の足首粉砕」


 ばぎゃ、と砕け散る音が鳴り、さらに男が「うぎゃあああああああああ!」と大きな悲鳴を上げる。ここまでくるとさすがに男も、すすり泣いてしまう。


「次は片方の足の指から行こうかしら。で、股関節から爪先までの関節を増やしてみる? そうしてから、それが普通になるようにポーションを使って直してあげる。楽しいわね、多関節なんて滅多になれないわよ?」


 ケレムは感情も込めず、無表情で淡々と言うため、凄みがある。少なくとも冗談ではないのは、十分伝わっただろう。――実際の所、男が正直に言わなかったり、嘘をついたりしたら『望み通り』にしてやるつもりだった。ケレムは甘いが、無償の優しさを持つほどお人好しでもないのだ。


 ちなみに魔法やポーションを使えば、真実を話させることも出来るが、こういう輩には身の程をまず分からせねば同じ事をするかもしれない。


 少なくとも、この近辺で悪事を働くことで如何なるリスクを負うことになるか分かれば良い。それが広まればもっと良い。それとこういうことをするなら、なるべく容赦をしないことが肝心だ。下手に手心を加えて、甘さが知れ渡ったら逆効果になりかねないからだ。


「それで? 何か言いたいこと、ある?」


「…………。……詳しくは、知らねえ、けど――頼まれた――頼まれたんだ……」


「どんなのに?」


「小柄な奴で――じじいみてえに腰曲がったような姿をしてた。けど、顔も姿も見ちゃいねえ。仮面とフードを被ってて――でも、声は若かった……ような……」


 嘘か真かについては、魔法をしっかりと発動していて――男は本当のことを言っていた。


「…………」


 それを聞いてクライムはすぐにアグリーだと分かってしまった。


 クライムはなんとも言えない気持ちになった。仕方がないのか、残念なのか、どうしてなのか、やはりか、――疑問肯定理解諦観、色々な感情が湧き上がってしまう。


「はい、嘘はついてないわね。ちゃんと回復させて領主に引き渡すから」


 ぱん、とケレムが手を叩く。


 そして、ポーションの出来具合を確認するため、振り返るとケレムはビクッと身をすくませてしまった。


 というのも、扉が少し開いていてそこからコルノ(と手に持たれたクーロー)が覗いていたのだ。


 目の合ったコルノは、ハッとした顔をした後、片手に持つポーションを扉の隙間から見せてくる。小瓶には青色の薬液がキラキラと渦巻いている。


「でき、た……」


「えっと、どこまで見てた?」


『シリロスが最初に棍棒を振り下ろした時からだね』


「序盤も序盤じゃない!」


 クーローの返答に、ケレムは思わず床に向かって叫んでしまう。


 ということは、あの短いながらも凄惨な拷問を見ていたということか。――なんというか怯えていて欲しかったのだが……何故かコルノは、興味深げにしていた。知らない人間がいるということで、嘔吐きそうになっているがそれ以上に殴られた脚に興味が向いているようだった。


(――やっぱり、この子、マッドの才能がある……!)


 たぶん見ようとそそのかしたであろうクーローをキッと睨むが、玉っころは楽しそうに左右に揺れていた。


(……倫理観はちゃんと育てないと――本質は変えられないけど、それでも悪い方にだけは――あのマッドアルケミストみたいにだけにはならないようにしないと。私が、なんとかしてみせる……!)


 今し方拷問を行っていたケレムは、そう強く誓うのであった。

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ぬいぐるみにされた魔王 三ノ神龍司 @minokami-ryuji89

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