第31話 魔王の葛藤

「解せないわね」


 ケレムが難しい顔をしていた。


 というのも、村人にフィーリングをした結果、魔物の集まりを散らすような真似をする者はいなかったのだ。それの危険性は皆に伝達されており、多少の認識の違いはあれど、『狂える群勢』のフェーズを進めることには繋がらなかった。


 気は進まなかったが、嘘つきがいることを考慮して魔法で確かめたが……やはりいなかった。


 つまり、その当時は『浮浪者が何度も魔物を追い払った』ということになる。しかも、村人達が築いていた包囲網をすり抜けながら、だ。


 おかしいのは火を見るより明らかだ。


 作為を感じる。しかし、誰が何のために、だ。……もしいるとしたら、可能性としては……、


「ねえ、クライム。……貴方の城から逃れた仲間はいたりする?」


「さあな。貴様らが来た時点で皆に逃げるように通達している。その上で戦い散っていった者達や、逃げてくれた者達はどれほどいるか我には分からん。それと仮に知っていたとしても我は言わん。どんな形で同胞を滅ぼす者に伝わるか分からんからな」


「……それはそうね」


 ケレムは、額を押さえる。今、コルノの家のリビングにいるが、テーブルに乗るクライムと二者面談をしていた。


 シリロスは野暮用で(聖剣はケレムの足元に置いてある)、コルノとクーローは奥の部屋でポーションを作成していた。


「……私も殲滅したと思ってるわ。留まっていた彼らは貴方を慕っていたから。それは伝わってきた。貴方は亜人の希望だからでしょうね。だからもし、逃げる子がいたとしたら、それは『逃がすためのリーダー』がいてまとまって逃がされたんじゃないかって思うのよ」


「考えが足りんと思うがな。恐れて我を置いて逃げた者もいるだろう」


「そう考えるのは悲しいじゃない」


「……今は合理的に考える場面だろう」


「逃げる逃げない、は感情的な話よ。だから感情的に考えても良いと思うのよね」


 ケレムが悪戯っぽく微笑みながら言ってきたため、クライムはため息をつく。


「それに合理的で言えば、恐れて逃げた子が――それも単身であった子が、危険な復讐に身を落とすとは考えにくいのよね。『狂える群勢』のフェーズを進める条件は、どうしても人間を使わないといけない関係上、計画性が求められるわ。激情に任せたところでどうしようもないはず」


 かなり手を込まないと、『狂える群勢』を使って人間の村を滅ぼすことは難しい。人間を雇うにしても、その人選、雇う金銭など様々なことが必要となってくる。


 人間社会にもある程度、コネを持っていることになるのだ。


「その通りであるがな。ちなみに単身で、やりうる能力を持っているが絶対にやらない奴はいるな。……貴様らが倒した中に眼鏡をかけた喋るトロールはいたか?」


「眼鏡をかけた喋るトロール? いいえ、そんなトロールは見たことないけど……」


「危険な奴ではないが、変な奴でな。我らと人間社会と行ったり来たりしているようだ」


「ずいぶん変な子もいるのね」


「どこかのサーカスにでも入って、座長と仲良くなっているかもしれんな。毎度そうやって、溶け込んでいるらしい」


 おかしな奴だが、悪い奴ではない。それはあらゆる種族から見ても、そう評価出来る存在だ。魔王側に居着くことはあれど、加担したことはなく、かと言って人間側に入れ込んでいるわけでもないようだ。


 双方の文化を調べて回っているようだ。そうして、知性がある己のルーツを探しているのだとか。


「……うーん、さすがにその子じゃなさそうね」


「魔族が関係してない、ということにならんか?」


 そうクライムが言うと、ケレムが申し訳なさそうに眉を下げた。


「ごめんなさい。ちょっと疑いたいの。……私が以前住んでた里で、古参衆が気になること言ってたのを思いだしたのよね。どの時代でも勇者は、悲劇に見舞われる。魔王を降し、帰路に着くが彼の者の故郷は灰燼とかすってね。単なる脚色された悲劇だったら良いけど……そうじゃなかったら、誰かが勇者の村を滅ぼしている可能性があるの」


「……考え過ぎかもしれんぞ」


「かもね」


「…………」


 ケレムがジッと見つめてきたので、クライムはそっぽを向いてしまった。


 実はいる、かもしれない。クライムは本当に、自分が死んだ後に仲間や世界がどうなったのか詳しいことは知らなかった。知りようがないのだから、仕方がない。


 それにほとんどの同胞は寿命があり、クライムが魔王として君臨する頃にはいなくなっているのだ。


 だが、例外はいる。


 トロールに……仮面をつけた者――アグリー、だ。


 不老不死で不滅なる存在。話を聞けば、魔王より遙か昔に生きている、らしい。――ただ、悪い存在ではない。あくまで、同胞達に対しては、だが。


『あれ』は深く人を憎んでいた。


 でも、それを他者に吹き込んだり、唆したりすることはしなかったはず。


 同胞を逃がしてくれているのは、アグリーだ。そして隠れ里を作り、平和を享受させようと奮闘していた話を毎度聞くのだ。――だが、いつか必ず、どうしても開拓、冒険にやってきた人間達に襲われて滅ぶと嘆いていた。その度に憎しみは深まっていく、と。


 きっともしかしたら、誰にも話さず都度、復讐をしているのかもしれない。


 ……コルノ達のことを思えば言うべきなのだろう。しかし、以前の同胞を裏切ることは、――もう二度とクライムに出来なかった。

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