第30話 暗躍するモノ

 翼の生えた少女は、無音で空を遙か遠くまで飛ぶ。


 森の断崖の斜面が多くなり、岩肌も多くなってくる。


 そんな岩肌の一部に小さな洞穴が空いており、少女はそこに向かって下りる。飛ぶというより、浮かぶように飛行する少女は苦もなくその穴へと降り立つ。小柄な少女でも少々きつそうだったが、黒い翼を器用にたたみ引っかけることなく、入り込んで進む。


 洞穴内部は緩やかな斜面が続く。少女は濡れた岩場に足を取られないように慎重に足を運ぶ。仄かな灯りが『漂っている』ため、幸いにして手や足の置く位置を間違えることはなかった。


 そうして降っていると、斜面が終わり特に多くの灯りが漏れる広間に出る。


 ドーム状に広がり、縁に半円の水場がある。他に道はなく――その水は透明度が高いため、灯りに照らされ奥まで見える。恐らくさらに奥があるかもしれないが、危険過ぎる――ここが終点だ。


 そんな天然の壕に、『何か』がいた。


 フード付きの黒いローブを身に纏い、仮面をつけている。――小柄に見えるが、背部の膨らみから酷く背が曲がっているのだろう。また、袖から覗く手は薄灰色で細く骨張っている。杖を握り、それを支えにしていることから、相当な高齢であるのが窺える。


「……戻りましたか」


 だが、その老人らしき男が発した声は意外にも若いものだった。多少、しわがわれているかのように思える声はただ掠れているだけで、張りがあるのだ。


 少女は恭しくその男に近づき、頭を垂れる。


「見つけました。やっぱり魔王様は召喚されたみたいです。……ぬいぐるみに――」


「なるほど。……あの勇者の村で……件の勇者はいましたか?」


「いえ、森の見回りに来ていたのは、あのエルフだけです。他は狩人に……魔女、でしょうか? 勇者パーティ-にはいなかったと思います」


「……そうですか。だとするならば、まだ聖剣は奉納されていないのかもしれませんね。……ただ、時間を延ばしたところで意味は――ならば――?」


「アグリー様?」


 考えに耽る男――アグリーに少女がおずおずと声をかけると、彼はハッとする。


「おや、すみません、私の悪い癖ですね。シュレ、貴女は……そうですね、もう『里』に帰りなさい」


「そんなっ!」


 アグリーの言葉にシュレが憤慨するように声を荒げ、彼に詰め寄る。


「私だって、魔王様をお助けしたいです! もっと、偵察、出来ます! 私、見つかりにくいから、もっと――」


「駄目です」


「何故です!」


「危険だからですよ。今回の勇者は特に容赦ありません。あのエルフはつけ込むことは出来るかもしれませんが――ちょうどいい塩梅にあの勇者は少しでも危害を加えようとすると問答無用で斬りかかってくるようですから。だから今回は全くと言って良いほど、暗殺や奇襲が意味を為しませんでした」


 あの勇者は、たとえ間近でナイフを出して心臓をつき貫こうとしても、回避して首を切り落とすことが出来る。それはあの仲間にも適用されるようで、全ての暗殺は防がれてしまった。


 今代の勇者は精神や身体能力が異常過ぎる。


「勘も無駄に良いようですからね。たとえ貴女が見つかりにくい能力を有していても、気付かれて襲われるかもしれません。魔王様の前に貴女の首を晒す羽目になっては、申し開きが立たない。なので帰りなさい」


「…………」


 シュレが唇を尖らせ、頬を膨らませてぷるぷると震えている。――やはりまだ子供で、こういうところが可愛いな、アグリーは思うが甘やかしはしない。


 彼女はしばらくアグリーを睨んでいたが、諦めたのか振り返る。しかし、肩は怒ったままだ。


「許可なく勇者の近くに行ってはいけませんよ」


「…………」


 答えない。これは絶対に行ってしまうな、とアグリーは思わず呆れてしまう。――ならば、とアグリーはため息をついた。


「分かりました。しばらく偵察をしてください。ただし森を中心にして、『集まり』対策に仕掛けられた罠などを調べたりしてください」


「……! はい!」


 シュレは振り返り、目を輝かせて頷く。現金なモノだな、とアグリーは内心、苦笑していた。


「私、頑張ります! それで――それで――魔王様を救いましょう!」


「…………。そうですね」


 アグリーは静かにそう答えて、小さく頷く。


 魔王を助ける――ああ、やはりこの子は勘違いをしている。決してしてはいけない間違いを。……やはり連れてくるべきではなかったし、追い返すべきだったのだ。


 本当なら『里』に置いてくるはずだったのだが、魔王の気配を察知してしまい、そして唯一高度な飛行能力を有していてしまったがために、ついてきてしまった。


 アグリーはため息をつき、細い指をシュレに伸ばす。そして彼女の側頭部で魔法を使った。淡く弱く、けれど強力で誰にも見抜けない高度な魔法を。


 ただ、感知能力が高いシュレは頭を押さえる。


「なんです?」


「なんでもありませんよ。ちょっとしたおまじないです」


 ――ちょっとだけ精神を狂わす、そんな魔法だ。


 ……これで憂いは晴れる。あとはあの勇者がいた村を滅ぼすだけだ。

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