第29話 魔王でも魔物について知らないことはある

 森の魔物溜まりを一通り確認して、帰路につく。


 ケレムは道中、自らの唇に指を当てながら考え込んでいた。


「溜まりの数とその溜まりにいる魔物の数からして、幸いフェーズは1ね。これなら問題なく対処出来そう。危険そうな魔物はトレントとエレメントくらいで、私達だけで終わらせられそう」


「前、あったのはどれくらいのフェーズ?」


 コルノは訊くのが怖ったけれど尋ねてみる。もし前回、師匠が戦ったのがフェーズ1だったら、やっぱりもしかしたら自分も参加していたら助けられていたのかもしれないのだから。


「……あー、ウェーナー?」


「……えーっと、フェーズっていうのは6くらいって言ってたような?」


 ケレムが目を見開く。


「6!? 何があって、それよ!? この村でもフェーズが、6って確か王都一つ潰れるかもしれないレベルよ!? そんな溜まるまで何度も追っ払ってたの!? 仮に魔王が魔力発してたってそこまで行くには時間がかかるんだから! 大体、人間以外がちょっかいかけなきゃ散らないし……」


 ケレムが言うには魔王が仮に魔力を発して、フェーズを進めるとしても一回で1進むわけではないらしい。


 追い払うのも同様に、数は増えていくがフェーズはあくまで一定の溜まりの数、その中に集う個体数で決められるものらしいのだ。


 この村でそのフェーズまで進めるには、何度も魔王の魔力を受け、何度も追い払わないとならないらしい。


 それとあくまで人間が魔物を追い払わないとフェーズは進まない。他の動物は家畜や猟犬などを使えば人間が追い払った判定がなされるが、人間の手から離れた野犬が仮に襲っても進まないらしい。野生動物に襲われても魔物は逃げないし、そもそも襲われることは稀なんだとか。


「賢者様が言うには、そうらしい。……どうにも、浮浪者が魔物にちょっかいかけたとかで」


「なにそれ。……それなかったら師匠死ななかったんじゃないの。……仮にコルノがいても、初めての戦闘でそれじゃ耐えられる保証もないわ」


 どうやら戦闘初心者には厳しいものになるらしい。だからと言って喜ぶことなど出来ないが。


「ところでその魔王がどのくらい魔法を使えば、そのフェーズが上がるのだ?」


 コルノに抱かれたクライムが尋ねる。中々勇気があるぬいぐるみだ、とコルノは感心してしまう。というか知らないのか。


 それはケレムも思ったことなのか、眉をひそめてしまった。


「……知らないのね」


「もちろん魔王が魔法を使えば、集まりが増えるのは知っていたがそちらの指標までは知らん。そもそも魔物の退治方法も我は知らんからな。まあ、殺し方なんぞ知りたくもないが。だが、まあ一応知らねばならんだろう、今の『役割』では」


 どうやら先ほど唸っていたのは、詳しい討伐方法を知らなかったかららしい。


「そりゃそうね。じゃあ、教えるけど魔王がどれくらいの力を発したかによるわね。広がっていく力も遠くに行けば減衰げんすいするから、この村まで届かせるにはかなり強力な魔法を発しないといけないし」


「日常的に強力な魔法を何度も使っていたら、単なるイカレだな」


「まあその魔王は幸いにして、イカレじゃなかったらしいわね。だから基本的に『狂える群勢』に襲われるのは魔王城側にある王都だけで、さらに離れたこっちまでは常に、とはならなかったみたいね。ただ、私達が戦った時はかなり範囲が被害にあったみたいだけど」


 ケレムが、ふーとため息をつく。


「挙げ句に魔王を倒しても『狂える群勢』は終わらないから困るわよね」


「面倒臭いことこの上ないな」


 クライム自身でさえ、その『仕様』にはかなりの悪意を感じて辟易へきえきしてしまう。一応、クライムは魔王の力は自分が異空間に戻った後も残り続けるのは知っていた。


「なんであれ、定期的に見回らねばならんようだな」


「……ねえ、ウェーナー。当時、見回りを怠った?」


 ケレムは小首を傾げながらウェーナーに問うと、彼は首を横に振る。


「そんなことは、ない。賢者様に言われたとおり、注意もしていたし俺達がやっていた時は散らさなかったし……よそ者にも注意を凝らしてたつもりだったんだ」


 その包囲の隙間をうように、その人間は魔物を散らしてしまったという。


「……作為的なものがあることも考慮しないといけないわね。うちの村でそんなことをする奴はいないと思うけど、気をつけておかないと」


 ケレムが難しい顔をしている。あの村の人達を疑いたくはないのだろう。だが、悪意はなくても何かのすれ違いや勘違いで間違いを犯してしまうことはなくはないのだ。ケレムを恐らくそれを考えているのだろう。


「まっ、そこは地道に村の皆にヒアリングしていきましょう」


 ケレムが片手を挙げるとコルノとクライムが続き、サイドパックがちょっと膨らみ、少し遅れて少し恥ずかしそうウェーナーも片手を弱々しく挙げるのであった。










 そんな森を歩く一同を見下ろすモノがいた。


 それは年頃の少女である。だが彼女は空に浮かんでいた。背には漆黒の翼を生やしているが……しかしその翼は左右に展開されているものの、羽ばたかせることない。ただ、ただ不自然に浮いているのだ。


「魔王様……」


 少女はそう呟くと、身を翻し、彼方へと消えていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る