第28話 『狂える群勢』の魔物達
村の人達と和やかな雰囲気になれたから、これを機に――とはさすがにいかない。彼女も、彼女と出会って短い付き合いながらも、周りの者達はそんなことをすべきではないと重々承知していた。
ケレム、シリロスに慣れたからと油断して大勢の前に放り出したら何が起こるか分からないのだ。良くて嘔吐物を
冗談のようで――全員が冗談ではない可能性を考えていた。
ただのんびりゆっくり触れ合いをして慣れさせるほど時間もない。
と、その『時間がない理由』――『
そういうわけで、コルノはケレム、他クーロー、クライムをまじえて、森に赴くことになった。シリロスは訳あってお留守番だ。
そしてそんな彼女らを案内するのは、狩人のウェーナーだ。三十代半ばほどで、背が高くそれなりにガッチリとした体型の男だった。
帽子と頭巾が一体型になったような特殊なものを頭に被り、全身を革の防具で包んでいる。胸元まで垂れたケープは麻製で少々ごわごわしており、革とはまた違った膨らみをしていた。
片手に弓を握り、矢筒に十数本、矢がある以外は腰に短刀らしきものを携えるばかりである。
まさに狩人という出で立ちだ。
「おぼぼぼ……」
コルノは、クライムを胸に抱き、ケレムの後に隠れながら、そんなウェーナーを嘔吐きながら見上げていた。
条件反射で嘔吐いただけで、物体が溢れ出す気配はない。これはかなりの進歩と言えよう。
ただ、やはり仮にも初対面で嘔吐かれてしまうと普通の人間は困惑してしまう。例に漏れずにウェーナーも
「魔女様、は……?」
「大丈夫大丈夫、いつものことだから。むしろ吐かない分、かなり良いし」
ケレムがそう応えるとウェーナーは、さらに困った顔をしたが――、
「そ、そっか」
受け入れることにしたらしい。
「じゃあ、行くわよ。基本はウェーナーに付き従うこと。大きな音は立てちゃ駄目だし、特定の場所では声を出すことも、魔法を使うことも禁止。分かった?」
ケレムにそう言われ、コルノは「はーい」と先生に返事をする生徒のように応える。
これから森に向かい、『狂える群勢』でどんな魔物が集まっているか、確認するらしい。だが、『確認』するただそれだけでも、かなり注意しなければならないようだ。
ウェーナーは帽子の位置を正し、森に向かって歩いて行く。
いきなり道から外れて、道なき道を歩く。コルノが住む丘から村へ通じる林とはまた違う。腐葉土か苔などが生えているためか、踏みしめると柔らかい。
「木の根が隠れているかもしれん。転ばぬようにな」
「うん」
足元に目を凝らすと、枝のような根っこが、ぽこぽこと生えていた。油断すると足を取られるだろう。爪先で根っこを突いてみると、やはりビクともしない。少し浮き上がったアーチ型の根っこもあって、うっかりすると足を引っかけて転んでしまうかもしれない。最悪、転んだ拍子にどこかしらの骨が折れることだってありうる。
コルノは基本的に外を長時間歩き回ることはないため、ことさら注意せねばならぬことを肝に銘じた。
「コルノ、疲れたら言うのよ」
『そうそう、ちゃんと言わないと何時間も歩き続けるからね、皆は。だから、ちゃんと言わなきゃいけないんだ。つーかーれーたーって』
ケレムの腰にかけたサイドパックからクーローのくぐもった声が聞こえてくる。
「あんたは毎度うるさかったわよね。まっ、でも今回ばかりはクーローの言うようにしっかり言って欲しいわ」
「うん」
歩くだけにしても練度の違いというものがあるのだろう。
無理をして、結果歩けなくなって迷惑をかけるより、しっかりと休憩をしてもらって自分の足で歩き続けられるようにするのがベストだ。
ただし、休むにしても限度がある。さすがに休みすぎては苛つかせてしまうかもしれない。そういうことを注意しつつ、行かねばならない。
――誰かと共に歩くということは、中々に大変なのだな、としみじみ思うコルノなのであった。
「それでコルノ。『狂える群勢』の調査で、魔物に起こさせてはいけない行動は分かるわね?」
ケレムにそう問われ、すぐに答えは出たが問題文を間違えてないかと考え込んで、間が開いたあと答える。
「散らす、こと?」
「そっ。で、その散らしちゃう行為はどこまでの行動が適応されてしまうか、が問題よね」
――言われて、確かに、と思う。声を出しては駄目な場所も、距離で言われておらず、あくまで『特定の場所』としか言われていない。
……『狂える群勢』が種類が入り乱れた魔物で構成されると考えるなら、答えが分かるような気がする。
「集まる魔物によって、感知する能力が違う?」
「いきなり的を射た答えで、先生ビックリ」
ケレムは立ち止まり、振り返ると笑顔でコルノの頭を撫でる。嬉しくて、ごふぅん、と嘔吐く。
「そう、魔物の種類、数によってこちらに対する索敵範囲も変わってくるのよ。だから調査は注意深く行わないといけないの」
人の気配を感じてしまうとそれだけで散って、期間が長引いて大規模な群勢になってしまうのだ。
ちなみに金属製の道具や武具、防具の臭いや音は、ある種、人であることを象徴することでもあるので、あまり持ち合わせないようにするべきらしい。
ウェーナーもだからこそ、身体や服には金属はついてないし、装備も最低限で臭いや音が漏れないように対策している。
コルノ達は、ウェーナーほど狩人として熟達していないため魔物の集いに逃げられてしまうようなものは持ってきていない。杖も大杖ではなく、顔の長さくらいしかない、補助系の小杖だ。
ちなみにシリロスの聖剣などもってのほかだ。鋭い魔物には遠くでも一発でバレてしまうため、絶対に持ってきてはいけない。
と、言ってもさすがに聖剣をどこかに預けるわけにもいかないため(聖剣に何かあれば、文字通り物理的に首が飛ぶはめになる)、シリロスはお留守番なのだ。
『私のゴーレムはこれでも100%自然製品だよ。まっ、不自然な魔力ムンムンだけど』
「捨てようかしら、これ」
ケレムはサイドパックをぺしぺしと叩く。
「お喋りは、そこまで」
先頭を歩いていたウェーナーが不意に手を真横に出して、皆を制止させる。それだけでケレムのみならず、クーローはピタリと静かになった。
コルノは二人はなんだかんだとパーティーを組んでいたのだな、と納得し自らもキュッと口を結ぶのであった。
「この先にいる」
ウェーナーは望遠鏡をケレムに手渡し、ある方向に指を向ける。目を凝らすと――辛うじて何か小さな黒点があって動いたような気がしないでもない。
ケレムが望遠鏡を覗き込むと、「ふーん」と漏らしながら自らの
そして、しばらくして後のコルノに望遠鏡を手渡す。
「ほら、あっちの方よ」
「むむ」
初めての望遠鏡にわくわくして、覗き込んだ。
限定された視界は小さなブレで大きく揺れるモノへと変わる。目のように自動調節はされないため、ピントの合っていないところはぼやぼやしていた。その差が明確であるため、ピントが合わさっているモノはすぐに見つかった。
緑色の肌、子供のような
他には鼻や手足が細長い犬のような魔物もいる。頭が動物なのは他にもいて、頭部と下半身が山羊で上半身は裸の人間のような姿をしていた。
動物以外には顔のある木や――渦巻く風が留まっていたりもした。
そのどれもが虚ろな目をして、静かに佇んでいる。
「ここは妖精や精霊みたいなのが多いみたいね」
「小さいのがピクシー、緑のがゴブリン、犬がクー・シー? サテュロスにトレント……渦巻く風が、エレメント?」
「正解。クー・シーとサテュロスが事故が起こりそうだけど村の皆に任せるべきで――ゴブリンとピクシーもそうね、任せようかしら。あの中だと、トレントとエレメントが厄介ね」
「……トレントは……どうやって、倒すの?」
コルノは魔物の名前と姿は図鑑などで見ていて知っていたが、生憎と討伐方法までは知らなかった。
ケレムのサイドパックから、もごもごとクーローの声が聞こえてくる。
『精霊――主に生体器官がない物体に生命が宿って動き出したものは、その機能を著しく破壊することで、命が失われるよ』
「要は粉々にぶっ壊せってことね。核とかはないけど生命活動に必要そうな部位の破壊とかも有効ね。鼻と口の間をぶった切れば大抵動かなくなるわ」
『ただ、完全に命が失われるまで普通の生き物より時間がかかる場合もあるから、注意を怠っては駄目だけどね』
クライムの劣化バージョンと考えて良さそうだ。まあ、厳密にはクライムのぬいぐるみ化は憑依であり、『命を持った』とはまた違うのだが。しっかりとした定着をしていない上に、クライムという魔王の存在がかなり特異でほぼ不死と化している。
そういえば、とコルノはちらりと片目でクライムを見下ろす。魔物の王として君臨している彼であるが、魔物生態についてはどこまで詳しいのだろうか。変な鳴き声を上げる鳥の魔物がいることを教えてもらったけれど、他には――とクライムを見ると何やら神妙そうな顔をしていた。
……デリケートな問題であるかもしれないので、コルノは問いかけるのをやめた。親しくなりかけている仲には細心の礼儀を、だ。
ということで、コルノはクライムには尋ねず、ケレムとクーローの言葉に耳を傾けるのであった。
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