第26話 村に行こう!

 防衛をする上で重要なことがある。それは戦うに当たる仲間と連携することだ。とりあえずコルノはケレムやシリロスとなら、かなり軽く見積もるなら意思疎通が幸いにも出来る。しかし、『狂える群勢』との戦闘では、村人達も防衛に参加するのだ。


 まさかコルノに一面を全て任せることなど出来ないだろう。索敵、攻撃、防御――その他諸々を一人でこなすのはさすがに無理がある。仮にやらせて、敵の侵入を知らぬ間に許して、村人達やケレム、シリロスがバックアタックを受けて被害を被ったら目も当てられない惨劇となるだろう。


 ということで、コルノは村人達にある程度慣れるしかないのだ。


 しかし、問題はそのふれあい方だ。この丘はある程度の広さがあるため、招待に向いているが『大勢の知らない人達をもてなす』という行為はコルノにとって大きな心的負担になってしまう。ケレムが主催しても同じで、少なくとも長時間居座ることが出来ない以上、やはり落ち込んでしまう要因となりうる。


 かと言って、少数を呼ぶ、というのも時間がかかり過ぎるし、慣れるかどうか分からない。


 だからコルノ自身が出向いて行くのが一番だが、そのまま歩いて行くことは出来ないだろう(コルノが耐えられない)。


 その解決策として……ふたのついた大きな手押し車にコルノを封入して連れて行くことになった。なだめ役としてのクライムも一緒に入れられている。もしもと魔王の魔力が漏れ出る可能性を潰すためにコルノのみならず、ケレムも結界を造ってクライムに纏わせているほどだ。


 こうして万全の状態の下、ケレムが手押し車を押してコルノを連れていくのであった。










 

 

 ケレムとシリロスがゴロゴロと手押し車を押していた。


 丘を下り、林の中に入っていく。木漏れ日がまるでヴェールのように大地に注がれ、そこを過ぎるとわずかな温かさを感じられた。


 鳥の交わす歌声も降りてきて耳を楽しませてくる。


 普段からコルノの家に向けて手押し車を押す関係からか、しっかりと舗装されており木のタイヤで通っても酷く揺れない。快適とは言えないものの、微細な振動は心地が良い(すぐにお尻が痛くなったが)。


 一刻もかからぬほどで、林を抜け、村へと入る。


 コルノは高鳴る心臓と迫り上がってくる胃液を堪えつつ、蓋をほんの少し上げて眺める。


 茅葺かやぶき屋根の家がポツポツと建っている。村人達が至るところでたむろし、のんびりと仕事をし、時に遊んでいた。見ているだけでゆったりとした時間が流れているのを感じられる。


 残念ながらコルノは怯えてそれ以上、観察は出来なかったが悪い雰囲気はなかった。


 穏やかな喧噪けんそうが近づいてくる。そして――、


「ケレム、何してんのー?」


 子供のそんな声と複数の足音が近づいてくる。


「なにそれなにそれ何入ってんの?」


「開けちゃ駄目よ。この中には、……うーんと、丘の上の魔女ちゃんが入ってるから」


「ほんとに!?」「みたーい!」「なんでそんなところに入ってんのー?」


 子供達が手押し車に取り付いたのだろう、ガタガタと音がする。それにコルノは胃液が迫り上がってきて、吐きそうになってしまう。「落ち着け」とポフポフとクライムが身体を叩いてくれたので、なんとか頑張って耐える。


 ケレムが手をパンパンと叩く。


「はいはい、やめなさい。魔女ちゃん――コルノは怖がりなの知ってるでしょ。またゲンコツ貰うわよ」


「うえー」「じゃあなんでいるのー」「なんでー」


「村の人になれて貰う為よ。けどいきなり会わせるのは難しいから、間接的に言葉をかけてくれると助かるわね。優しくすればもしかしたら出てきてくれるかもしれないわよ?」


「ほんとー?」「木の実入れる?」「お供え物すれば良いって聞いた!」「なんかもってこよーぜー」


 と、気配と足音が遠ざかって行く。


 すると子供達の声を聞き入れてか、違うゆったりとした足音が複数聞こえてくる。


「おやまあ、魔女様がいるのかい?」


 優しそうな老婆の声が聞こえてくる。


「うんそう。これから色々と大変なことあるじゃない? そのことで手伝って貰うために皆になれて貰うと思ってね。だからなんか言葉かけてあげて欲しいわね」


「そうなの? でも、あんまり無理させちゃいけないよ?」


「大丈夫大丈夫、本人がやりたいって言ってるから。頑張って皆に慣れたいって言ってたのよ」


「あらー。そうなのねえ。……魔女様、いつもありがとうねぇ。魔女様の軟膏のおかげで腰痛が気にならないのよ」


 とつとつと老婆が言葉を紡ぐ。


「だから遠出するのも苦じゃなくって、よく散歩して、お気に入りの切り株でひなたぼっこしてるのよ」


「…………」


 言葉を返すべきなのだろうが、言葉が思いつかない。コルノは一体自分は何を返せば良いのか分からなかった。ありがとう、は違う。ごめんなさい、はあり得ない。


 嬉しい、そんな気持ちがあるけれどそれ一言で表すのは何か違う気がした。


 こんな時、口下手が嫌になる。


「顔、見せられるようになったら、是非来てね。お料理、ご馳走したいから」


 そう言って老婆に、コルノは小さくコクコクと頷く。相手に見えていなくても、とりあえず最低限の誠意は示さなくてはならないと思ったのだ。――自己満足だと分かっていてもこれ以外に出来なかったから。

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