第25話 本性とは危機的状況だけに現れるわけではない

 シリロスの待機位置は先ほどと変わらない。ただ、今回は聖剣の柄に手を携えている。どうやら、初めから抜刀せずに臨むようだ。


 そういう戦闘スタイルなのだろうか。


「じゃあ、二人とも構えて――よーい、始め!」


 ケレムが言い終えた瞬間だった。


 どんっ、と弾けるような音が聞こえたと思ったら、シリロスが一気に十数メートルの距離を駆け上がってきたのだ。


「――!」


 ――跳ぶような、けれど低空なため、地を滑るような移動――たぶん、攻撃しても方向転換を即座にされる――だが、このままでは文字通り、『一瞬』で終わる。


 一度目の攻撃は、聖剣で防がれる。二度目の攻撃を当てなければならない――最悪、返しすら高速であることも考える――暇もない――少なくとも、シリロスがどう行動するかが分からなければ対処しようがない。


 ――今すべきことは、停止させ、観察、――故に魔力消費度外視の攻撃が必要だ――。


「《『光あれ』! ――我が指し示し方位180度を埋め尽くせ》!」


 ぽぽぽぽ、とたくさんの光弾が散らばり、洪水のように丘の下へと流れていく。


 シリロスがその光弾の群れを見上げながら、冷静に抜刀する。きらめく刀身が――朧気おぼろげな光をまとっており、それが刀身を延長したような形になっている。その光の刀身に光弾がぶつかると、一瞬にして消滅させられてしまう。その際、光の粒が散らばり、それに当たった光弾が消されていく。


 なるほど、聖剣とはそういうものか、とコルノは納得する。思っていたより、射程が長い。それにあの光の粒……――あれは面倒そうだ――だが光の粒は一度当たったら、当たったモノと一緒に消えた――。


 シリロスの上半身はほぼ攻撃が、無効化されると考えるべきだ。


 だから、狙うは、足。


「《『光あれ』! ――三層、コンマ五秒、間を置き、高速で放たれよ!》」


 ぽぽん、ぽぽん、ぽぽん、と光弾の束が三つ現れ、順次、放たれていく。それも足元ギリギリだ。もし聖剣で魔法を切り飛ばすならば草地をすれすれで薙がなければならない。


 聖剣は『魔』を容易く消し飛ばす。ならば、それ以外は丈夫な剣でしかないのなら地面に切っ先でも当たれば――チャンスが生まれる可能性がある。


「ん!」


 シリロスは腹に力を込めて、とんっと真横に跳んだ。やはり低空の移動。相変わらず隙はないが、進行を遅らせることが出来た。


 それに今ので確信出来た。聖剣はやはり、魔力が伴わない物体を斬るのには多少、難儀する可能性がある。


 斬れない、とは思わない。それに聖剣が無駄に丈夫で雑に扱ってもいいのならダーティーな戦い方をしてくるかもしれないのだから。


 どっどっどっど、と心臓が高鳴る。血が巡り、思考が高速で回る。外から得る解像度が上がった情報と脳内にある数多の情報が駆け巡る。きっとこれを制御し続けなければ、『パニック』になってしまうのだろう。


 故に楽しい。


 考え、対処し、修正し、正解に辿り着く――自分が好きなことだ。


 疲れを忘れて、ずっと戦えそうだ。


 ――だが、惜しむらくは……シリロスと長く戦うには経験値が足りないことだろうか。


 すぐに、手数が足りないのが分かってしまった。シリロスを退け続けるためには、もう少しいくつかの短縮化された魔法が欲しい。それをこの場で構築し、少なくとも自爆事故をないまま使用するのは難度が高すぎる。


 何よりもこちらのひまがなくなるほど、シリロスは常に冷静で、的確に対処してくる。


 今も無駄がほとんどないほど――針を通すようなレベルで光弾を消しながら、うように移動し、着実に近づいてきているのだ。


 それを可能にする身体能力が高いのはもちろんのこと、技量もかなり高い。


 振り抜く剣筋に乱れはなく、纏った光も相まって舞踏のようにさえ思える。


 ある種、芸術的でこれが『極める』ということなのだろう、と分からせてくれる。


 後ろに退かせることが出来なくなっている。――あと少し近づかれたら、終わりだ。負けが確定するラインとはまた違う、『魔法使いとして』近づかれたら立て直しが(少なくとも今のコルノには)難しい距離だ。


「《風よ! 我に迫る敵を包み、退けよ》!」


 試しに強風を用いてシリロスを遠のかせようとするが――聖剣によって容易く、魔法を消されてしまう。形がなくても、『魔力で構築されている』なら問答無用で消し飛ばすようだ。


 物体に何かしらの法則を付与したら、その法則を消してしまうのだろうか。たぶんそうだから、杖を重くして殴っても意味がないかもしれない。


 やはり聖剣に対処するには、手数がいる。それと精密な動作、時間差を用いた攻撃が有効打になりそうだ。


 今回は負けるだろうけれど、最後まで諦めずに戦ってみよう。きっと『本番』の時は退く選択はあっても、諦める選択は絶対に選んではいけないのだから。


 シリロスが迫ってくる。ある程度近づかれたら、その時点で終わりだけど、杖で受けたり当ててみたりしよう。


「やぁ!」


 シリロスが光弾を抜けてきたところで、コルノから杖を振り上げておどり掛かった。


「……」


 コルノの行動に驚いていたようで一瞬、固まったようだったけれどすぐに剣を真横に構えて受けた。


 木の杖が聖剣の刀身に叩きつけられて、ごいん、と鈍い音が鳴る。


「むむむむむ――!」


 力一杯押し込むけれど、ビクともしない。小さな身体はやはり青年以上の力を備えているようだ。


「んー…………押すけど……」


 そう言ってシリロスは、くいっと力を込める。


「わっ」


 本当に小さくだったがコルノにとっては思いの外、力が強くて後ろに尻餅をついて、そのままゴロンと転がってしまった。


「わわっ、あー、コルノだいじょ、――う――」


 ケレムが慌てて駆け寄ってきたが、途中でギョッとして立ち止まってしまった。


「うぅ……ん?」


 大したことはなかったが、目が少し回ってしまって、一度上体を起こして揺れが治まるまで待つつもりだった。杖を落としてしまったので、地面をまさぐっていると手に、ふよっと杖より柔らかく草ともまた違う感触が手に伝わってくる。


 そちらに目をやる。


 とんがり帽子が落ちていた。


 無意識に頭に手をやった。


 角の感触が直に伝わってくる。


 帽子が脱げていた。


「おげぇええええええええええええええええええええええええ!」


 コルノは吐いてしまった。


 あまりにも嘔吐感が強く、帽子を被れず、それどころか吐瀉物を引っかけてしまいそうになって手に取るどころか、逆に弾いてしまう。


「あぼ――おぉ――おぐぅ――」


 女の子が出しちゃいけない声をあげていた。だが、我慢する方がむしろ危ないことを長年の経験から知っているため、溜め込まず全部ひと思いに吐き出す。


 ――身体が拒絶反応を示してしまったが、心はそれほど焦ってはいなかった。たぶんもう、ケレム達は角のことは知っているだろうと分かっていたし、――それならクライムのように認めてくれるかも知れない、そう思えたのだ。


 もしこの角が駄目なもので、受け入れられないというのなら、シリロスに今、この瞬間に首を切り落とされるかもしれない。……もしそうなら、それで良いのかも知れない、そんな風に思ってしまう。 


 ふと、影がかかる。視線を上げてみると、涙で掠れた視界に幼女が――シリロスが映った。


 彼は、ふっと手を挙げて、――――ぽふっとコルノの帽子を被せた。


「……はい。………………入らない……」


 シリロスは慎重な手つきでなんとか帽子を深く被せようとしていたが、中々にコツが必要なため四苦八苦している。


 そのためコルノの頭が少々、ぐわんぐわんと動いてしまう。――これにはコルノもつい、笑ってしまった。まだ嘔吐感が抜けなかったため、「げぶっ」と駄目な音を漏らしてしまったけれども。


 帽子を壊さないように慎重になっているせいで、逆に乱暴なことをしてしまっている形になっていた。


 角にも触れないようにしているのも、原因の一つだろう。


「だい、じょ、ぶ……」


 そう言ってコルノは、シリロスの手に自らの手を添えて止めた。


 シリロスはちょっとビクッと驚いていて、しばらくどうするべきか悩んでいたようだが、とりあえず一旦帽子から手を離すことに決めたようだ。


 コルノは帽子に手を当てながら、一息ついて、――自ら脱いだ。


 うぶぶ、と変なうなり声が漏れる程度に胃が痙攣けいれんしてしまうが、酷いときよりかはずいぶんマシだった。


 コルノは角に手を添えながら、シリロスを見上げる。


「変じゃ、ない?」


「……。特に変じゃない。ケレムは僕より耳が長いけど、それは可愛いと思っても変だとは思えないし、クーローも丸いけど、……変じゃないし?」


 シリロスがそう言うと、クーローが楽しげにコロコロと転がる。


『その『特徴的な耳』が赤くなってるけど、確かに変ではないね』


「うっさいわ」


 小さい生意気な玉っころを蹴飛ばすケレムだ。


 ケレムは両手を耳に当てて隠してる。その初心うぶな姿が可愛らしくてコルノは確かに、と納得出来た。


 シリロスは「でも」と続ける。


「変ではないから、見せてても良いと思うけど、その角、先っぽがとがってるからケレムにカバーみたいなのを作ってもらった方が良いんじゃないかな」


「なるほど」


 一応、自作の角カバーはあるが、ケレムに作って貰えるなら、とちょっとずるいと思いつつ持っているとは言えなかった。口下手で、口に出せなかった、というのもあるが。


 コルノがちらりとケレムを見ると、にこっと笑みを浮かべて小首を傾げてくれた。


「コルノが良いなら、作らせてもらうわ」


「おー」


 それは嬉しいので、頷いておく。


 コルノは自らの角に手を当てて、擦る。角は、くるんと丸まっており、先端は尖っているが外側に向いている。表面がデコボコしているため、爪で擦るとコココと小さな乾いた音が鳴る。それでもって、ほんのり伝わってくる振動が心地良い。


 そんなコルノをシリロスが興味深げに見ている。触ってみたいという感情があふれ出しているのが分かった。


 ただ、さすがに直接触られるのにはまだ抵抗があるから、なんとも言い難い。


 でも、角をせっかく見せたし、なんだかスキンシップも取れそうだから――と考えてハッとコルノは思いつく。


「――え、えっと――あれ……!」


「あれ?」


「あれ! 取ってくる!」


 すごくカタコトに言いながら、コルノは家を指さし、すっくり立ち上がると家の方へと駆け込む。


 言葉足らずで皆――クライムでさえも――首を傾げてしまった。


 なにやらガサゴソと家捜しする音が聞こえて、しばらくして「あった!」と声が聞こえてくるとコルノが何かを手に戻ってきた。


 それは――ブラシだった。丸く平べったい、少しゴワゴワした毛先が生えた――言うなれば、家畜用のものに見える。


 コルノはおずおずとシリロスに近づいて行き、そのブラシを彼に見せる。


 シリロスがさらに首を傾げた。


「ブラシ?」


「ブラシ。たまに、角に、かける、の。でも、自分だと、見えなくて、出来れば、少し、やって、欲しくて……」


 大丈夫だろうか。図々しくないだろうか。――もしかしたら角になんて触りたくないのではないだろうか。迷惑になっていないだろうか。


 そんな心配を抱いて、とてもお腹が痛くなって、嘔吐きそうになってしまう。


 けれど、そんな心配とは裏腹にシリロスはちょっと面食らった顔をしたが、すぐに笑顔になった。


「う――」


 頷きかけて、ブラシに手をかけた――が、その手の上に違う手が重ねられる。


 ケレムだ。ケレムがやや固まった笑顔で、ギュッとシリロスの手を押さえ付けていた。


 これにはコルノのみならず、シリロスも首を傾げてしまう。


「ケレム?」


「……あれね。これは、そうね……。こういうのは、なんというか、姉弟子がやるものじゃないかしら? そう、だから、私が先にやるべきだと思うんだけど……」


 むむむっとシリロスが眉間にシワを寄せる。


「…………。僕がやりたい」


「ワガママ言っちゃ駄目よ、シリロス。……離して……つよっ――ちょっ――」


 ケレムがシリロスの持つブラシを引っ張るが、ビクともしない。


「これは僕がやりたいし、……ケレムの耳、ちょっと動いてるし。そういう時ってなんかずるいことしようとしてる時だったはず」


「――っ」


 ケレムは図星だったのか、手で耳を隠すが――ブラシから片手を離さないので片耳が見えたままだ。


 確かに見てみると、長い耳がぴく、ぴくっと強張っているかのように動いている。

 皆に注目され、――特にクーローにクスクスと笑われているのを見て――ぐぬぬっと唸った後――彼女は叫ぶ。


「――そうよ! やりたいの! 私が! 最初に! コルノの! 角を! みがきたいのっ!」


 やりたいの! と、それはもう力強く、目をつむって地面に向かって言い放つ。その力説から、彼女の強大な意思を感じ取ることが出来た。相当、この件に関してはゆずれないものがあるらしい。


 そんなケレムの気持ちを理解出来たシリロスは、笑顔になる。


 その笑顔を見て、ケレムが、ぱあっと表情を明るくする。


 そして、シリロスは言うのだ。


「だぁめ」


「あぁあああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 その瞬間、ケレムはひざから崩れ落ち、悲痛な鳴き声を上げてうずくまるのであった。


 そんな彼女を尻目にシリロスはコルノの角をブラシで磨きだす。


 ――そのシュールな光景を傍から見ていたクーローは隣にいるクライムにぼそりと呟く。


『……なんというか、改めて人というのは、環境によって在り方が変わるんだなってそう思えたね』


「同感だ」


 ツンツンとしていたケレムしか知らないクーローや彼女を戦いにおいてクールに思えたクライムからすれば、このくずおれて泣き叫ぶエルフには、もはや困惑しか抱けない。冒険という命がけの環境化でさらけ出される姿が真実ではないという真理を悟る二人だった。まあ、『これ』は極端なことだと言えるのだろうが。

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