第22話 詠唱とはロマン!

 草原に光で象られた動物達がたむろしている。朧気おぼろげな姿ではあるものの、しっかりと地面を踏みしめ、存在を感じさせてきた。


 ケレムによって作られた魔法の生き物達だ。あくまで形だけであり、術者の簡単な命令を遂行する程度の能力しかない。いわゆる形代のないゴーレムのような存在と言えるだろう。


「効果のある攻撃が当たったら消えるようにしているから、まずは当ててみて」


 ケレムが杖を構えながらそう説明してくれた。先端に収まった宝玉が微かにきらめいている。


 コルノも同じように杖を構え、こちらは先端を光の動物達に向けていた。まだ、魔法を使っていないためか、宝玉は光を発していない。


 光の動物達に真剣な眼差しを向け、考える。――どのような言葉を口にして、魔法を発するべきか。実戦を想定するならば、村人の人達が前にいて、守ってくれている。そんな彼らに向かってくる魔物だけを的確に倒す『法則』が必要だ。


 まず、毒を用いてみるべきだろう。


「《渦巻く黒雲よ、死を届ける風と共に光の傀儡を侵せ。汝が身に宿るは、鼓動を止め、纏う皮膚を引き裂く、一刻の時も与えぬ猛毒なり》」


 宝玉に禍々しい光が灯り、黒雲が溢れ出した。それは前方へと広範囲に広がっていき、地を滑るように光の動物達に襲いかかった。ほぼ全ての光の動物達に猛毒の雲が達する。広がっていくとその分、高度は低く、薄くなっていくが――雲に触れた光の動物達は瞬く間に足を崩し、地面に倒れ込むと――毒をまともに顔に受けて、一瞬で霧散してしまった。


「わぁお、即死するんだ」


 ケレムは光の動物の身体的な強度を、それに類する動物とほぼ同じにしている。攻撃の度合いによって崩れるようにしており、攻撃力が低ければ崩れにくく、強ければすぐさま崩壊するのだ。


 つまり、あの毒魔法はどこに当たっても即死級の威力があるということ。


「……でも、想定より薄く広がってる。範囲を広げると――空にも広げると、薄くなって威力も落ちるかも」


 コルノの自己評価に、ケレムが「あっ」と口元に手を添える。


「そうね。精霊寄りの妖精種もいる可能性があったわ。あいつら浮いてるのが多いし、届かないくらいの高さに浮いてるかもしれないわね」


『そこら辺は魔力を多く込めれば解決するけど――あくまで解決するだけだね。『狂える群勢』の戦闘で使えるか否かで言えば、魔力をさらに多く込めるという選択は否、かな。継戦出来ることが何より重要だしね』


「ならば、戦術の一つとして考えれば良いだけだろう。何も魔法を一つだけしか使えない縛りがあるわけでもない」


 クーローとクライムがそれぞれの考えを口にする。


「…………。……」


 そんな彼ら彼女らを見ていたシリロスは、皆即座に応えを返せるのなんてすごいなあ、と感心していた。とりあえず何か感じたことがあったら、すぐに言えるように準備はしておく。


 毒――煙――吸うだけではなく、触るだけで即死――怖い。あれなら的当てしなくても――――。――そこで、ふと思いついた。


「だったら小さな玉にして、連続して撃ち出せば良いんじゃないの? 当たったらそこで死ぬんでしょ? それだったら飛んでる相手にも当たらないかな?」


「……おー」


 コルノが、ぽむっと手を打った。そして、すぐさま杖を構える。ケレムも阿吽あうんの呼吸で、光の動物を出現させた。今度は宙に浮かぶ動物も出す。


「《猛毒よ、汝は光の傀儡を一刻を間もない時で鼓動を止め、皮膚を崩落せし者なり。無数の礫となり、音を越え、相対まみえる者の身体を穿て》」


 その呪文を唱えると、杖の先端から爪から指一本程度の大きさがバラバラな透明な液体が塊となって、連続で飛び出してきた。目にも留まらぬほどに早い、それらは光の動物達を穿うがち――身体に埋まった毒で瞬く間に消滅させていく。


 空に浮かんでいた鳥のような動物達にも当たり、そちらも同じく消えていく。


 光の動物が全て霧散したところで、コルノは魔法を止めて吐息をついた。


「良い、感じ? ……でも、予想より結構飛ぶし、玉の大きさと方向のバラツキが大きいし、毒の効果が、消えてないか、気をつけないと」


「すごいわね。――あと、そうね。そこら辺、設定してないと危ないかもしれないわね。あの魔法生物以外は利かないようにしているけど、他に効果がないわけじゃない可能性があるし」


 魔法は効果にバラツキがある。主に術者の想像を具現化する以外にも何らかの要因があると見られており、それによって細かい効果が違ってしまうようだ。今のように具現化を連続して行う魔法は効果や大きさにバラツキが生まれる。だから毒が長く残ってしまうこともあり得るのだ。


 ただ、時間の指定をしていなければ、魔法というのは大抵はすぐ消えてしまう。でも、その消える時間にも差があるため、注意が必要だ。


 そのため魔法とは精確な効果を求められるほど、詠唱が長くなってしまうという欠点がある。即時的な効果を求めるほど、不安定になって危険なため、魔法使いが接近戦では向かない理由の一つとなる(暴発して自身の魔法で命を落とす、というのもありふれたことであるらしい)。


 とりあえず、無毒化の魔法をばらまいておいて、そちら方面での訓練は一旦止めておく。


 続いて、シリロスへの的当て訓練を始めることになった。ただし、まず初めに当てても問題ないような魔法を構築する必要がある。


「《シリロス――彼の者へ当たる一切の我が攻撃を無効化せよ。彼に向けるは、光弾なり》。――原型はこんな感じかしらね?」


 ケレムが詠唱し終えると、杖の先端からポポポ、と拳大から顔一つ分程度の光の弾が溢れ出てきて、宙を漂う。近くにいたシリロスがそれに触るとパスッという音と共に消滅してしまった。……シリロスはそれが面白かったのか、辺りに散った光弾を消そうと追いかけ始めた。


 時々、勢い良く破裂をする光弾があって、吹っ飛ばされていたが、特に怪我をした様子もなく元気に走り回っている。


「……。無効化しても、破裂して吹っ飛んじゃうことまでは無効化出来ない……」


 光弾の効果とシリロスの挙動を見ながら、コルノは静かに考える。


 仮に同じ詠唱をしたところで、知識の差や感性、魔力量、その質によって魔法の効果は異なってしまうことがある。


 だからケレムと全く同じ詠唱をしたところで、シリロスに対する攻撃の無効化が出来ても、光弾が特殊な効果を持つことがあるかもしれない。


 そこを考え、言葉を探して試していかなければならないのだ。


 あと、一応、攻撃という体裁が必要なため、相手に向かって素早く飛ばすことも忘れてはならない。しっかり攻撃という形を保ちつつ、相手にダメージを与えず、けれどダメージが与えた何らかのエフェクトも必要とするのだ。


 そして詠唱についてだが――これはいわゆる魔法使いのプライドというべきものなのだが、単純な言葉の羅列などは避けること、だ。


 ……もちろん、安全を重視するために致し方ないこともあるし、実戦ではケレムのように柔軟な対応もしなければならないのは分かっている。


 だが、コルノは詠唱を『格好良く』したい思いがあった。


 それに必ずしもそれがマイナスになるわけではない。そのプライドと思いが何かと効果に影響してくる場合があるのだ。


 まあ、それで難しくし過ぎて、何も出来なかったら元も子もないのだが。


「むむむ……」


「何を悩んでいる?」


 コルノが色々な葛藤で頭を悩ませていると、クライムが近寄ってきた。コルノは彼を胸に抱き寄せる。


「詠唱、どうしようかなって」


「単純にケレムの呪文に付け加えるだけでは駄目なのか?」


 クライムは効率重視タイプだった。


「……クライムには、ロマンがない」


「む?」


 ぶすーっと頬を膨らませて言うと、クライムが首を傾げてしまった。


(……そう言われたら、やらないと駄目になる)


 コルノは皆を危険にさらすのは良くないとは思っているから、自身の考えが不真面目で間違っていると分かっている。だからちゃんとすべきなのだろう。


「クライム、駄目よ、駄目駄目」


 ――と、コルノが肩を落として考えをあらためようとしたところでケレムが割って入ってきた。


「詠唱っていうのはある意味芸術よ。誰しもが初めは格好良くしたいと思うもの。実戦的にするのは、それをすべきことだと『分かって』から」


「それでは遅くないか?」


「だからこその、訓練でしょうに。魔法使いは何よりも考え方を『自分で』変える必要があるの。そして頑固で変わらないのも、また一つの道ね。……それに人って人を思った通りにしたいと思うけど、そうすると思った通りにならないことが多いしね」


 怒ったところで変わらないどころか反抗心持った相手もいるしねー、と言いながらクーローに目配せをする。クーローは『そうだねー』と愉快そうにコロコロとその場を転がっていた。


「人は自分の辿った道が正しいと思いがちで、違った道が『間違った道』だと思うことが良くあるわ。……まあ、当たり前よね、一寸先は闇の道なんて、正解かどうか分からないもの。相手には間違った道を歩ませたくないと思うのは自然なことだわ。だからこそ、知らない道を歩ませるのは、大変だけど、ある意味では見守っている人にとっても、成長できる機会にもなりうるの」


「……哲学的だな」


「そりゃあエルフだし、当然じゃない」


 ケレムは悪戯っぽく笑う。


「不安だったら、それを伝えればいいわ。……コルノは、『分かってる』?」


「……うん。ちゃんと、しない、と……皆が、危険に、なる……それは嫌……」


「ならよし。それが分かってるなら、ちゃんと自分を保ちつつ修正も出来るでしょう。間違いを起こすかもしれないけど……致命的なことにはならないようにしましょう。そのための訓練よ」


「分かった」


 ――ケレムの言葉を受けて、コルノは自分を保ちつつ――当初の目的である『失わない』ことを目標にすべきだと改めて考えを定めた。それを元に色々とやり方を模索し、変えていくべきだろう。

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