第21話 狂える群勢が起こった時は?

『狂える群勢』が起こると分かった場合、すべきことは、周辺地域の調査と拠点の防衛設備の拡充だ。魔物は複数箇所に一定の数が集まり、襲撃が複数箇所で一斉に始まる。――しかし、事前に処理は出来ない。というよりやってはいけない。


 襲撃発生前に集っている最中の魔物達を一匹でもちょっかいをかけると瞬く間に散り散りになってしまうのだ。


 しかも、それは伝播するようで他の地点で集まっていた魔物も逃げ出してしまうことがある。


 それだけならば、散り散りにすることも有効な手に思えるが、問題なのはそれをやっても『狂える群勢』が終わらないことだ。


 ――『狂える群勢』は『人間の拠点』を対象として一定期間経って、始まり、終われば、また魔王の魔力が広がらない限りは繰り返されることない。


 しかし、裏を返せば、『始まり』『終わらなければ』延々と続いていく。


 しかも、時間を経るごとに規模が拡大していくのだ。


 本来なら集まらなかった範囲と数の魔物達が集ってしまい、超大規模な『狂える群勢』が発生してしまい、国一つ食い潰されたこともあったという。


「だから初期段階で終わらせなくちゃならないの」


 魔法の訓練の前に、ケレムが教えてくれる。


「幸い、始まってくれれば、増えるなんてことはないから、しっかりと調査をしてどんなタイプの魔物が来るかを分かっていれば、対処は容易――とはいかないけど楽になるわ」


 一応、ケレム達がこの村に帰って来た時に、猟師など森に入る者達に魔物の動向を注視するようには言っていたらしい。ある程度、情報は集まっているようで、それを元に村人達には動いて貰っているようだ。


「……対応が早いのだな」


 魔王がなんとも難しそうに、くしゃっと顔を歪めながらそう言った。元凶が自身であるため、この問題に口を出すのはどうかと思ったが、どうにも気になってしまい口を開いてしまったのだ。


 ケレムが肩をすくめる。


「もしものためにあんたの波動は感知されるようになってるからね。もし悪意ある人がこっそり召喚しても、対応出来るようにはしてあるのよ」


「……召喚者の位置も把握されるのか?」


 それが不安だった。もし、国や『教会』に感知されるようなことがあったら、コルノに被害が及んでしまう。さすがにそれは気が咎める。


 「そこは大丈夫。発生場所を見つけることも出来るけど、何度も繰り返された場合だけ。一応、そういう経験はあるでしょ?」


「……まあな」


 クライムは魔王として何度か召喚され、使役されたことがあったが、長くは続かなかった。ほとんどが居場所を『教会』などに発見され、送り返されていたのだ。


 ことあるごとに見つけられていたのは、そういう経緯があったのかと、合点がいった。


 幸い、コルノは結界を張って魔力が漏れ出ることを防いでいたため、発見される可能性は限りなくゼロであるとのこと。


 ただ、大人しくしておくべきだろう。魔王が召喚されたことは、少なくとも『教会』には周知のことらしいので、下手に力を使うべきではないようだ。


「とりあえず、大体の情報は集まっているわ。ゴブリンを雑兵として、次いでコボルト、――森だからトレントとか、他妖精種が多数ね。――もしかしたら、グリフォンも来る可能性があるかもしれないわ」


 魔物は通常の野生動物のように生態によって生息地は大体決まっている。基本的に『狂える群勢』は周辺地域から魔物をかき集めてくるので、別地域の個体が混じってくることはまずないはずだ。


「まず、『狂える群勢』で注意すべきことは、村を中心として、『全方向』から『一斉』にやってくること。それでいて、怯むことは絶対にないの。痛みも感じないのかしら……少なくともどんな状態でも生きていれば、向かってくるから、かなり厄介ね」


 手足がもがれようとも、這って進んでくる様は逆にこちらが恐怖を覚えるほどだ。


「我が言うのもなんだが、恐ろしいな」


「まったくね。……だから、一撃でたくさん仕留める火力が必要。一時的にでも止めるための方法も必要。最低でもこの二つは絶対に考えなきゃいけないことかしらね」


 広範囲に高火力の攻撃を出来ても、全方位というのは難しく、出来ない。そしてその高火力を振るえるのは、ケレムか――訓練すればコルノの二人だけだ。


 基本的に倒さなければ止まらないため、ケレムとコルノが主な討伐手段となるのが良い。そのため、防衛に関しては何かしら、柵などを用いて戦線をいくつか構築して、ケレムとコルノがいない面での防衛ラインでは時間を稼ぐようにするべきらしい。


 無論、戦線の維持は村人を総動員してもらうようだ。――前回はそうであったらしい。


 領主や国に頼むのは難しい。魔王の魔力は広範囲の集落に及んでおり、戦力がある場合は兵の要請が通らないことが多い。それに要請を通すためや、国が防衛のためにあえて『始まり』を遅らせることがある。これによって逆に被害を被ってしまうこともあるのだ。


 戦力があるならそのまま対応するか、お金があるなら傭兵を雇うのもありだ。今回は前者だ。


「それで魔法の訓練は、攻撃魔法と防御魔法ね。でも、割合は8:2くらいかしらね。防御魔法に関してはコルノはちゃんと出来てるし、攻撃魔法を中心とするわ」


 ケレムは、ピッと人差し指を立てた。


「さて、攻撃魔法だけどどんなものを用いるのが良いかしら? 木々が多いから、着火しやすいものは駄目よ」


「うーん」


 コルノは考え込み、ぽんっと手を打つ。


「毒?」


『壊死毒、神経毒がおすすめかな。即効性があれば、壊死系は身体がボロボロに崩れるか、場合によっては穴という穴から血が噴き出るね。神経毒は筋肉が動かせなくなって心停止もありうるよ。ああ、ちゃんと吸引か皮下吸収で、効果があるようにしないと駄目だよ』


「おー」


 クーローのグロテスクな説明にコルノが感心している。


「怖いわ」


 防毒マスクをつけたコルノが森に向かって毒の煙を噴出している姿が思い浮かぶ。色々とアウトな光景であるが――、


「……いや、まあ、村人の皆に間違って吸わせなきゃそれでも良いと思うわ。ちなみに雷撃とかも有効だからね? 貫通するから」


クーローが小さな身体を上下に揺らす。


『雷撃によって一瞬にして心臓を停止させ、かつ内部の水分どころか血液までも沸騰させて、焼こうとする、中々良い案だね。電撃なら、火がつく可能性はあるけれど、調整によっては草木にちゃんと伝導するか、逆に全くしない状態で表面に走らせることが出来るかな? さらに上手く調整すれば、連鎖的に『相手に向かって』貫通していくというわけだ。場合によっては熱で膨張して内部から弾け飛ぶ』


「すごい……」


「内容を事細かに説明して、えぐい感じにするのやめてくれない?」


 そして、コルノもクーローのその説明を聞いてもなお――それどころか聞くと目を輝かせるのはいかがなものか。……この子はマッドの才能があるのかもしれない。まあ、話し相手が欲しいからと、使い魔を喚ぼうとしていたから今更ではあるが。


「……まあ、いいわよ、もう。……で、広範囲に魔法を配れるように訓練しましょうか。あと、私が作り出した魔物の形をした魔法に当てる訓練も必要かしらね。……動く相手って追尾つけたとしても意外に当たんないのよ。……あと、本当の生き物――シリロスに私が設計した魔法弾を当てる訓練とか――……ところで大丈夫? 誰かに魔法を当てることにトラウマはない?」


「……ちょっと、怖いけど……そう、いうのは、ないよ。……でも……」


 コルノはそこで不安そうにする。もじもじとしながら、微かにシリロスに視線を向けようとして、……でも、怖くて出来ないようだった。この前は、面と向かって話せていたようだが、まだちょっと怖いらしい。


 ケレムがシリロスに目配せすると、察してくれたのか、親指を立ててきた。


「あいつは大丈夫。一応、怪我のないようにするし、元から頑丈だし……そもそも当たんないから。近づいてくる敵の感覚を知るっていうのが趣旨ね。無理して当てる必要はないわ。一応普通に弾いて、避けてくるから手加減は――殺さない程度の魔法を試してから――しなくてもいいわよ」


 しっかりと言葉の端々に、安全策があるように匂わせている。


 コルノが頑張ってシリロスを見ると、仏頂面のまま、頷く。


「……やってみる」


「なら、そうと決まればやってみようかしらね」

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