第20話 コルノとシリロスの問答

 空は雲一つなく、み渡っていた。時間が経てば、陽気な太陽が高く昇り、地上を照らして、ぽかぽかと温かくしてくれる。


 コルノは皆とピクニックをやった。家の周りでだったけど、ケレムが持ってきたシートを敷いて、その上にバスケットにいっぱい詰まったお菓子を食べたのだ。


 家の中で食べるより、なんでか分からないけれど、美味しく感じられた。


 腹ごしらえをしっかりとして、少し休んでから、次に魔法の訓練をすることになった。


 ただ、一口に魔法の訓練と言っても、色々と細かく決めることがある。攻める魔法か守る魔法か。攻めるにしても、近、中距離戦を主体とするか、長距離の固定砲台とするか。魔法使いなら後者であるが、以前ケレムが言ったように近中距離で戦う術は覚えていた方が良いかもしれない。


 また、守る魔法も、一対一、一対多数、多数対多数、多数対一でやるべきこと、やれることが大きく変わってくる。規模が大きくなれば、村や町などを守る結界の張り方など戦略的な方策――その手順などにも変化があるのだ。


 何が必要か、何を覚えたいか、これをケレム達に伝える必要がある。


 まあ、言えなかったら適当に的当てカカシを持ってきたらしいので、それで訓練をする予定のようだった。


 コルノは何も言わないまま的当てカカシでの訓練に流れそうになったが、頑張って、クライムを顔の前に掲げて皆に見せた。


 ケレムが、ふむ、とあごに手を当てて頷いた。


 「コルノ、可愛い」


 ちょっと照れる。


 気を取り直して、息を整えてから、頑張って声を出してみた。


「『狂える群勢インセイン・レギオン』に、備えて、魔物と、戦ったり、守っ……たり、する方法を、覚え、たい」


 そう言ってみると、――やはりというか、皆固まってしまった。想像していたことであったけど、どうにも空気が固まるのを実際に体感すると肝が冷えてしまう。


 ケレムが「あー」と空を軽く見上げる。


「知ってるのね、それが起こること」


「『師匠』に、聞いてた、から。魔王の魔力が、広がっていくのも、当時『観測』してた。その魔力の『波動』を、防ぐ、ことも出来る、結界も、その時、作った。……一回目は、本当に予想外で、防げなかった、けど、……二回目以降は防げ、てる。……ここだけしか、覆えないけど」


『狂える群勢』は魔王の魔力が何度も使われるごとに、規模やその成長段階が加速度的に上がっていく。要は、魔王が魔力を使えば使うほど、群勢は早く大きくなっていくのだ。


 シリロスが、目を細めてコルノを見つめる。


「……それを分かってて、魔王を送り返さなかったんだ?」


 そう言われて、コルノはビクッと震えてしまう。吐き気を催したが、息を吐き出し、シリロスをしっかりと――見られなかったから、襟元えりもとに視線を向けて口を開く。


「……。最初は、考え、た。魔力が、漏れ出ないことも、ないかも、しれないと、思ってたから。ぬいぐるみを、壊さないで送り返す、方法は、すぐ、に思いついた、から、数日中には、返せる、とは、思ってた」


「……そうだったのか……」


 クライムは困惑しているようだった。彼としてはどうにかして、元の異空間に返してもらえるようにと奮闘していたのに、まさかコルノは返すことを前提に考えていたとは予想外だったのだろう。


「じゃあ、どうして返してないんだ?」


 シリロスは、ほんのりきつめな言葉遣いになったため、ケレムがコルノをかばうように微動する。――けれど口は挟まない。あくまでコルノとシリロスの会話を見守るようにしているようだった。自身が出張っては、たぶんずっとコルノとシリロスが交わることはないだろうと思ったからだろう。


 ……それにこれは絶対にしなければいけない問答なのだ。ケレムはコルノに優しくはしているが、全面的に味方をしているわけではない。彼女は彼女なりにシビアに物事を判断している。


「……クライムから、クライムが、『魔王』になった話を聞いた、の。…………それが『角付き』が、やったこと、も。……だから、私なら、魔王の、封印を、消せるんじゃないか、って、思った……」


「僕はそこら辺の詳しい話はよく分からないけど、それをやったら魔王が、魔王として復活するとかはないの?」


「可能性は、……なくはない。けど少なくとも、クライムは、自分が元人間だって、思ってるし、自分が魔王にされたことも、それが『角付き』がやったことだって、信じてる。……魔法を使って確かめたから、少なくとも本人は嘘をついてない」


 クライムが呆れたように唸る。


「……意外に強かだな、貴様は」


「さすがね」


『やっぱり見所がある』


 ケレムとクーローは感心していた。


 コルノは、長く話していて喉が乾いたため、一度、お茶を飲んで一息つく。


「だから、私は、クライムの、魔王の封印を解きたい。クライムを解放して、あげたい」


 視線を上げて、シリロスと視線を合わせる。シリロスの視線は全く、ブレなく、確固たる意思を感じる。初めてしっかりと合わせた人との視線は、どうにも居心地が悪くなるが――多少ブレようとも逸らしはしなかった。


 ――しばらく返事を待っていると、シリロスは視線を外し、天を仰いだ。


「僕の聖剣は少なくとも数年――早くて、一年以内に教会に奉納されることになってる。……問題が起こればまた貸し出しされることはあるけど、時間がかかるんだ。出来れば、その間にことを済ませて欲しい。そうすれば、僕はすぐに『問題』に対応出来る」


 シリロスの『その言葉』は間接的に、やっても構わない、そう言っていた。


「ありがとう……!」


 コルノは笑顔を浮かべると、シリロスもぎこちなく笑みを返してきた。


 また一つ、歩みを進めることが出来た。

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