第18話 シリロスの決意

 数日が経ち、『あれ以来』、コルノに心境の変化があったのか、クライム以外、誰もいない家の中では帽子ぼうしを取るようになった。


 多少、違和感はあったが直に慣れるだろう。それに魔法を使っているとはいえ、帽子を常に被り続けていると頭皮に何かしらのダメージがありそうだったから、安心出来る。


 でも、まだケレム達に帽子を取った姿を見せるのは、抵抗があるらしい。彼女達の前では帽子は被ったままだった。


 けれど、それ以外は徐々に慣れ始めており、嘔吐くことが少なくなってきていた。


 そんなコルノの体調が改善されていくのを見ていたケレムは、おごそかに、あることを口にする。


「そろそろ外出することを視野に入れて見ようかしら……!」


「お外……!」


 コルノがゴクリと唾を飲み込む。ちょっとだけ緊張しているようだが、嘔吐くことは――「うっぷ」と少しあったが、バケツに寄り添うほどではなかった。


 ケレムはそんなコルノの背中を擦りながら、優しく言う。


「まあ、村に行くとかじゃないから安心して良いわよ。すぐそこの庭でピクニックしましょう。あと戦闘魔法の練習」


「うん」


 コルノは戦闘魔法に興味があるらしく、こくこくと何度も頷いている。そんなやる気がある妹弟子を見て、ケレムは笑みを浮かべた。


 次いで、隣に座る幼女に目を移す。その幼女、シリロスは真剣な表情で乾物を乳棒ですり潰していた。念入りに粉にしようとしている。真面目な性格であるからか、結構楽しいらしい。見ている側としても可愛いので和む。


 ちなみにクライムとクーローはコロコロ、ポテポテと製薬中の三人の周りを走り回っていた。性能勝負的な話になって、かけっこが始まったのだ。ひたすら可愛かった。


「……ここは天国か……!」


 ケレムは思わず顔を覆って天を仰ぎながら呟いてしまう。


「ケレム、どうしたの?」


 シリロスが不思議そうな顔で見上げてきたから、ケレムは佇まいを正す。


「や、なんでもない。近いうち外に行くから、あんたにも色々と手伝ってもらうかもーって思って」


「うーん?」


 シリロスが首を傾げて、ちらりとコルノを見やる。コルノと、ぱちっと目が合うと――、


「……! ふー、ふー……!」


 ちょっと息が荒くなってしまった。


 シリロスは、うりゅっと少し涙目になってケレムに視線を戻す。


「うーん……」


「あれでも慣れてきてるから安心しなさい」


 ケレムは、ぽすぽすとシリロスの頭を軽くなでてなだめる。


 実際、ここ数日でコルノはシリロスにそれなりに慣れてきていた。会話は全く出来ないが、多少近寄られたり目が合ったりしても、嘔吐くことはなくなったのだ。


 ただ、これ以上、どうにも心の距離が縮まりにくいことから何かしら後一歩必要ではあるだろう。でも必ずしも特効薬が必要であるかと言われればそうでもないため、時間に解決させるのも、一つの手だ。


 しかし、そうなるとシリロスが可哀想かわいそうだし、場合によってはコルノも自信をなくしかねない。有効な一手がもしあるなら、使うべきだろう。


 この可愛い『妹達』には安寧あんねいを与えてやりたいものだ、とケレムはそう思ったのだった。

 








 シリロスは悩んでいた。


 とても難しい問題、『コルノと仲良くなる』ということで。


 考えていたが――何も良い案が思い浮かばない。


『馬鹿の考え休むに似たり』と以前、ケレムに教えてもらったことわざが思い浮かぶ。


 シリロスはその通りであると認めていた。


 だから考えることは基本的にケレムに任せている。自分よりも圧倒的に頭が良いし、モノをたくさん知っているのだ。いわゆる適材適所という奴だ。


 シリロスはただ彼女の考えに従い、動くことを基本としている。


 でも、絶対的に従うわけではない。『考えること』は時に足踏みをしてしまうから。


 頭が良い故に――そしてケレムは優しいために、『敵』に対しても情を抱いてしまうことあるのだ。


 それは彼女の良いところであり、悪いところでもある。


 冒険をしていた頃は命の危険と隣り合わせであったため、その『躊躇ためらい』が致命的な結果に陥ることがあった。


 だからシリロスは命の危機に関係することにおいては、ケレムに従わないことがあった。


 考えずに行動する。


 そうすることで、即座に危機に対応し、皆の命を救えた。


 それは、シリロスにとって『正しい』ことだった。


 シリロスは、そんな確固たる『正義』を持っていた。


 その行いが倫理や道徳的に正しいかどうかはどうでもいい。


 大切な何かを守れるか否かが重要であるのだ。


 しかし、それに伴う責任も十分に自覚せねばならない。


 その行いによってケレムが傷つき、悲しむことも理解せねばならない。


 でも、彼女や仲間を失うより、きっと良いはずだからと、シリロスは、『考えず行動』することを選んだ。


 ――正直、それに慣れすぎてしまった、とそう思ってしまう。


 元々自分は馬鹿だと分かっていたが、それが冒険している間に加速度的に上がってしまったように感じた。


 それをコルノの家から泣き帰った日、ベッドでケレムに言ったら――、


「考えてみる? 良いんじゃない? ……でも直感的に行動するのも、まあまあ悪くないかもしれないわよ? 勘って、今まで得た情報を感覚的に選んで察することだし。シリロスって、そういうのが得意だと思うのよね。――まっ、そうね、下手なことしたら、あたしが修正するわ。だから、色々とやってみたら?」


 つまりは、考えたり考えなかったり色々とやってみろということだろう。


 とりあえず、待っていても仕方ないのでシリロスは子供と遊んでみることにした。


 コルノを観察してみて、あの子は何気に精神年齢が見た目より若干低いように思えたのだ。


 子供、という訳ではなく、幼さが感じられるというかなんというか。


 そもそも大人というのは、子供の時の剥き出しだった心の外殻がいかくにコーティングを施しているに過ぎない。本質的には『大人のように見えているだけ』で大人とは存在していないのだ。それは大きくなってよく分かった。『それ』がコルノは未熟な形成しかされていないように思えた。言ってしまえば、素直過ぎるのだ。


 だから、それに近いであろう子供と触れ合えば何か分かるのではないか、そう思ったのだ。


「シルフィ、またねー」


「うん、また」


 村の子供達が手を振りながら、去って行った。


 村の子供達にはシリロスではなく、ケレムに連れて来られたシルフィという女の子で通している。村長含め、村の大人達には一応事情は説明して話は合わせてもらっていた。


 夕暮れまでたんまりと遊んだ。


 楽しかった。


 青年期に入ると否応でも村のために仕事をしなければならなくなるため、あんな風に遊べなくなってしまうのだ。


 服を泥だらけにしてしまって、ケレムは大変に思うだろうな、と服を多少ぱんぱんと払ってみる。


 ケレムはすでに家に帰っているようで、夕飯の良い香りがしてきていた。


「ただいまー」


 扉を開けて、中に入ると、やっぱりケレムは台所で料理の支度をしていた。魔法を使えるから、手際よく食器や道具を動かしている。シリロスは、この料理支度を見るのが好きだった。ぷかぷか、たくさんのモノが浮かんで動いている様は、まるでパーティをしているかのようで、とても楽しくなってきてしまう。


「おかえり。……あーあ、また汚して……。駄目じゃないの。脱いどいて、洗っておくから」


「ごめんね。僕もやるよ」


「そっ。じゃあお言葉に甘えて、後で一緒にやりましょ」


 そう笑顔で言ってくれる。


 ケレムは人を傷つけるようなとんでもなく馬鹿なことをしなければ、大抵のことは怒らない。少なくともそれをやった当人が悪いことだと分かっているなら、とやかく言うこともしないのだ。


 冒険の時は、怒られるようなことをたくさんしてしまったから、仲間からはケレムは短気だと思われている(特に同じく怒られていたクーローは短気だと思っているはず)。


 だがそんなことはないのだ。


 むしろ寛容かんようなほうだし、優しく色んなことを教えてくれる。変なことをして馬鹿だとよく言われるけど、分からないことで馬鹿にされることはまずない。


 ケレムは昔から人に教えるのが好きなようだった。だからシリロスはケレムに分からないことをよく聞いて、教えてもらっているうちに仲良くなって行って今の関係になった。シリロスにとって今でもケレムは頼りになるお姉さんだ。


 食卓について、のんびりご飯を食べ始める。


「それで子供達と遊んでみて何か分かった?」


「楽しかった!」


「そっかー」


 シリロスがスプーンを掲げて満足そうに言うとケレムは顔をとろけさせて笑う。


 ――シリロスが幼女になったのを受けいれてから、むしろその姿を愛でて楽しむようになっていたケレムである。無論、シリロスはそのことに気付いていない。


「どんなことをしたの?」


「追いかけっことか虫取りとか、木登りとか! 川に行って魚取ったりもした!」


「だから泥だらけになっちゃったのね。うーん、やっぱりシリロスは動く系が良いわね。でもコルノはそういうの苦手そうだし……。魔法で何か出来れば良いんだけど……」


「僕に的当て?」


「良いかもしれないけど…………もし仮に、あんたに怪我させちゃうと気に負っちゃう可能性があるから駄目よ。あたしみたいに人に魔法をぶつける時の手加減知らないでしょうし。そもそもあの子、人を傷つけることにトラウマあるかもしれないし。そこは確認しなくちゃね」


「あー」


「もしそこに問題がなければ怪我をさせない魔法でシリロスに当てる訓練とかは、良いかもしれないわね。実戦的かつ怪我をしない魔法構成を考えてみる必要があるかも……。それかクーローに頼んで、何かしらの魔法薬を作ってもらうのも有りかしら。一時的にダメージがないようにとか、魔法が非殺傷になるやつとか。安全弁はいくらか用意してた方が良いわね。まっ、一番はあの子がどんなことを覚えたいかが重要だから、私達は準備をしておくだけに限るんだけど」


 シリロス考案の元、ケレムが考えをまとめようとしている。シリロスはなんとなく聞きながら、理解は半分に、言葉だけをとりあえず覚えておく。理解力は鈍いが、記憶力だけは自信があるので、頭に入れておくようにする。あとからケレムに説明などをされた時、互いの認識を擦り合わせるために使うのだ。


 一応、前には進めているらしいので、良しとする。


 コルノと仲良くなれるといいのだが。


 ――それで、あのクライムと名付けられた魔王に頼らず生きていければそれで良い。


 クライムは完全な悪ではないようだが、それでもずっと一緒にはいられないだろう。


 いや、居てはいけないのだ。魔王は時にその存在だけで害悪となり得る。その性根が良かろう悪かろうに限らず。


 ……シリロスには明確な『正義』がある。


 大切な人を守るためだったら、どんなことだってするだろう。


 もしもの時はクライム……魔王のみならず、コルノさえ斬り捨てる覚悟を持っていた。


 でも、それは絶対避けたいことだから、コルノがクライムから離れて独り立ちできるようになることを願う。


 そうしなければ、最悪、この村が――皆が死んでしまうかもしれないのだから。


 この先にある血みどろの未来を回避するために、シリロスはシリロスなりに決意を固めた。

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