第17話 私達は弱いから……
「うー……」
コルノがとても眠そうにふらふらしている。
今日は彼女にとってとても濃い一日であったため、疲れが出てしまったのだろう。あと先ほど夕食を済ませて(まだ一人でだ。食事をケレム達と共にすると大惨事になりかねない)、満腹になったせいか、眠気が一気にきたようだ。
このあと、本来なら魔法で
「今日は、そのまま眠ると良い。食器の片付けなどが我がやっておこう」
「うーぃ」
コルノはクライムを片手に抱き、目をこすりながら、頷く。
寝室に向かい――その戸口でドア枠にふらりと寄ってしまい、ガゴッと硬いモノぶつかる乾いた音が鳴ってしまう。
寝ぼけ眼のコルノでは、踏ん張れず身体が弾かれたように吹っ飛んでしまう。
「う!?」
「むっ!」
コルノから魔力の反応はない。やはり意識が追いついておらず、倒れそうになっていることに対応出来ていない。クライムはあまり良くないとは知りつつも、とっさに出来る限りの魔力を練って、魔法を発現――コルノが床にぶつかる前に見えないクッションを生成した。
「おふっ」
幸い、コルノに怪我は無く、驚いたように目をぱちくりさせていた。
「……? あっ…………クライム、ありがと――――」
ほんの少し呆然としていたコルノだったが、クライムのおかげで怪我をしなかったと気付いて礼を口にする。
だが、彼女の視線の先――やや数メートル向こうに、ぱさっと何かが落ちる。
それは黒いとんがり帽子だ。コルノが眠る時でさえずっと被っているそれが、彼女の頭から離れてしまったのだ。
「――――っ!」
クライムの身体が宙を舞う。
「おぉっ!?」
コルノがクライムを放り投げてしまったのだ。まあ、ぬいぐるみの身体であるため、ぽふんと軽く落ちただけだ。
「……何事だ」
特に気にすることではないため、立ち上がってコルノの方を見た。
コルノが帽子を必死に被ろうとしている。けれど焦ってしまっているのか、左右の側頭部にある『それ』が引っかかって、収まってくれないようだ。
『それ』は、――角だった。
くるんと丸まったそれは、表面がデコボコしており、羊の角とうり二つだ。それ故か、しっかりと手順を踏んで帽子を被らなければ、引っかかってしまうのだろう。
「うぅ――うううう――」
コルノが泣きそうになりながら、帽子を被ろうとして、でも焦ってやっぱりかぶれず、……ついには諦めてうずくまってしまう。
「コルノ」
「っ!」
ビクッとコルノの身体が震える。
そんな彼女にクライムは近づいて行き、頭には近寄らず、脇腹を軽く叩く。
「いいか、落ち着くんだ。落ち着いてやれば、帽子くらい被れる。なんならせっかくだし、帽子を被らず寝れば良い。いつも思っていたが蒸れるだろう」
そう声をかけて待っていると、コルノが頭を横に振った。
「……………………。ベッド、壊れちゃうから。魔法も、かけてるし」
「……なるほど、そのための帽子か」
確かに角の先端は鋭くはないが、それなりに尖っているため、シーツなどを引き裂く可能性がありそうだ。
「…………。違うの。…………皆、この……角、嫌うから……」
コルノが言葉をつっかえながら、なんとか声をひねり出す。
「……隠さなきゃ、いけないの……でないと…………私も……皆も、怖いから……」
「そうか。我は気にしない……と、言う資格はないな」
クライムはため息をついて、コルノに背を向け、彼女の脇腹に背を預けて座り込む。
今は角の話題から逸らすべきだが――この際だ、『真実』を言うべきだろうか。少なくとも、コルノに聞かせるべきことだ。
「コルノ……我……魔王が如何にして生まれたか知っているか?」
「……? ……クライムが? 知らない……」
少し興味が湧いたようで、恐る恐るコルノが顔を上げて、クライムの方を見やる。
「いずれ知るかもしれんから言っておく。我は『角付き』によって魔王に変えられた人間だ」
「え……?」
「ああ、勘違いするな。お前が悪いとかではないし、その『角付き』は邪悪な存在というわけでもなかった。……別に恨んでもいない。そもそも恨むなどと見当違いも甚だしい」
「なら、どうして……? 魔王に、されたの……?」
コルノは困惑しているようだ。クライムは静かに
「つまらない話だ。昔から『角付き』は迫害されていた。我が出会った『角付き』は強い人間でな。逆境にも負けず、同じく人間から
――あの『角付き』は意思の強い人間だった。異形の者達に慕われ、人の元であっても、そうでなくてもその命が保証されることを願って、奮闘していた。力で解決しようとせず、あくまで対話で――力はあくまでその席に着くための手段として使おうとしていたのだ。
……けれど悲しいかな、人間はその『角付き』含め異形の者達を認めようとしなかった。
「……我はそんな『角付き』に興味を持ってな。近づき、その人柄を知った。強い奴だったよ。……力だけじゃない。何よりも心がな。協力したいと思うくらいには、その『角付き』のことを気に入ったものだ」
「その人は、女の人……?」
「ああ」
「クライムは男の人……?」
「そうだな」
「おぉ」
何故かコルノが感嘆とした吐息を漏らす。思わずクライムは苦笑してしまった。
「まあ、そういう『邪な思い』も多少あったかもしれんな。我はそれなりに良いとこの出でな。いわゆる貴族だ。力もそれなりにあった。だが……」
クライムは声を落とし頭を横に振る。
「我はそいつを裏切ってしまった」
「……どうして?」
「『角付き』やその仲間にかかる人間達の敵意や害意――悪意があまりにも強すぎたのだ。……我はそれを正しく理解していなかった。……自身にある善意を他者にも期待してしまった。……それを裏切られることなど微塵も考えていなかったのだ。……違うな。考えたくなかっただけだ。あの悪意に立ち向かうほど、我は……本当は強くはなかったのだろう。見て見ぬ振りをしていたのかもしれん。悪意に立ち向かわず、『逃げた』だけだ。……結果的に我は、裏切りに等しい行為に及んでしまった」
裏切りという行為は、どうしようもなく重い罪である。
「その『罪』は許されないものだった。そのせいで、『角付き』とその仲間は
そして、罪には罰がくだされる。
「その『角付き』は言った。『貴方の『罪』は未来永劫許されない。終わらない輪廻の果てに自身の罪を悔い改めなさい。そして……私達を受け入れず消そうとした人間達に相応の『罰』を。貴方が守れなかった約束を最悪の形で果たして貰うわ』と。そして我に『呪い』かけた。決して解くことの出来ない、人間を
「…………」
コルノは何も言葉を発しなかったが、クライムに顔を向けてしっかりとその言葉を聞いていた。
「……コルノ。お前が人間に嫌われてしまったのは、我のせいだ。もしあの時、我が『正しく』奴のために働きかけていれば、『角付き』は認められていたかもしれん。……そうしていれば、お前は人間を恐れずにいたかもしれん」
クライムの過ちは許しがたいことだ。だからその罪には相応の罰が与えられた。クライムはそれを受け入れているから、魔王であることを否定しない。
けれどどんな罰がくだされようと、その罪の元となった事象が変わるわけでもない。言うなれば罪とは永遠に消えない
その『被害者』はクライムの隣にいる。
「済まない――などと軽々しく口にするつもりはない。その権利もない。だが、これだけは言える。お前が悪いことなんて一つもない。お前が嫌われたことはお前のせいではない。……お前が胸を張って生きることは罪ではない」
それだけを言いたかった。
クライムはコルノが自身を憎んでしまっても良いと思ってこの話をした。常に自分を悪いと思ってしまうコルノに体の良い『悪者』を与えるべきだと思ったのだ。
コルノは悪くない、悪いのは自分だ。だから全ての罪を被せて、自身を肯定してくれ、と。
そうするのが自分の役目だと、クライムは信じることにした。
コルノが不意に起き上がり、クライムがぽてんと床に背を預ける。
どのような沙汰が降されるのか待っていると、コルノはクライムをいつものように胸に抱きしめてきた。
「ありがとう」
そう、彼女は言った。これにはクライムは
「……礼などされる云われはないが」
「私を悪くないって言ってくれたのは、クライムだけだよ。師匠も、『角』の話はしないようにしていたから」
「……おかしな事を言う。恐らく『師匠』とやらも、我のせいで亡くなったのだろう? ならば、我を憎むべきだろう」
「しないよ」
コルノはふるふると小さく首を横に振った。
「……クライムの気持ちは分かるから」
「ふんっ、おこがましいな。我の気持ちが分かるだと?」
クライムは憎まれ口を叩いてみるが、コルノはおかしそうに笑う。
「分かるよ。……私はその『角付き』の人みたいに強くはないから。すごくすっごく弱いから。だから、逃げる人の気持ちは分かるの。人に嫌われることは怖いから……、『悪意』も『害意』もとても怖いよ。その人達の近くにいるのも怖いから、きっと逃げちゃうと思う。……怖がって逃げて、大切なものをこぼしちゃったことがあるから…………後悔していることも分かる」
「…………」
「だからクライムのことを悪いだなんて思えないよ。……それに今日までもらったクライムの優しさを否定したくないよ。……少なくとも私は、クライムが私に向けてくれた優しさが嬉しかったから。……だから、『ありがとう』って言うの」
「……その優しさのように思えるのは単なる償いだ。それに、立ち向かえない者が持つ優しさほど『邪悪』なものはない。……だから、お前が言う優しさなんて我は持っていない」
「そうなのかな。なら、立ち向かえるように頑張ろう。『出来るかもしれない』ことをちょっとずつやっていこう? ……クライムの優しさを本当のものにしようよ」
『それ』はどうすれば叶うのかなんて分からない。けれど、ほんのちょっとずつでも進めたのならそれで良いはずなのだ。少しでも良くなれば、それだけで良いはずだ。
「少しずつ進めれば良いんだと、思う。……だって『私達』は弱いから」――とコルノはそう言ってクライムを優しく抱きしめた。
――なんだか逆に慰められたようだな、とクライムが自嘲するように笑う。けれど、気分は悪くなくて、コルノのその腕に身を預けるのであった。
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