第15話 私が人を恐れる理由
コルノは、ノック音が鳴り響く間、ちょっとだけ恐怖があったから、過去の情景がフラッシュバックした。
激しく責め立てる人達。
その人達を母親の後ろに隠れながら、見ていた。
とても怖かったのを覚えている。
直接的な暴力は振るわれなかった。
向こうも怖かったのだと思う。
石を投げられて、当たって血が出た。
人にかけられる言葉が常に暴力的で、否定的で、自分がいけない存在だと思わされた。
――母親だけが、唯一、自分を認めてくれた。
他者が否定することを唯一、問題ないと、可愛いと言ってくれた。
自分のことを考えてくれていて、大変だったろうに、新天地へ旅立とうとしてくれた。
でも、子供連れで長旅を出来るほどこの世は甘くはない。
優しいが故に母親はコルノを生かそうとすることばかり考えて、自分の食料を削ってしまった。
結局、道半ばで母親は倒れて、コルノは悲しみに打ちひしがれることになる。
……幸か不幸か、『師匠』が偶然現れたことでコルノの命は助かる。
そして、村に戻ることになったが、――家は燃やされていた。
戻ってきたコルノを見て、村の人達は罵詈雑言と石を投げ付けてきた。
怖かった。
人間が。
きっと自分を認めてくれやしないんだと、そう子供ながらに思わされた。
自分は生きていてはいけないんだと。
本当の本当に、コルノは『人』という存在に強い『恐怖』を抱いてしまった。
それでもコルノは、ケレムのことを怖くは思わなかった。よく叫んで、よく暴力を振るっているのを見るけれど、どうしてかそう思わない。
大丈夫だった師匠の身内で、自分には優しくしてくれるからだろうか。だとしたら現金な人間だな、我ながら思ってしまう。
むしろ怖いのは、シリロスだった。
あんな見た目になったけど、やっぱり怖く思う。
自分と仲良くするため、守るためらしいけれど、どうにも怖さを感じてしまう。
どうしてだろうか。
コルノがバケツに身を寄せながら自分の心を考察していると、コロコロと転がってくる物が目に入る。
茶色の土を焼いて固めたような――でも表面は滑らかで金属的な研磨をしたような見た目だ。どことなく魔力も感じるような。
それにクライムも気付いていたようで、コルノと
「ゴーレムか」
ゴーレムとは、無機物で作った人形のことだろう。クライムのようで、けれどクライムのように何かの生命体を入れて動かすものではなく、作った本人か命令をプログラミングして動かすものだったはず。
コルノも家の中から外を見るためにゴーレムを作ろうとしたが、何分有用な材料が足らなくて断念した記憶がある。特に重要な『目』の入手が難しかったのだ。
そしてそのゴーレムには、『目』がある。
一瞬にしてコルノの興味がそのゴーレムに移った。
「おぉ……目、目……どんな素材……?」
『おや、お目が高い。これかい? これはグリフォンの目を防腐処理したものだよ。空の王者たる彼の目は、鳥のように広角を見渡すことが出来、色彩豊かでもある。それにこのように、程よい大きさのゴーレムを作る際に役立つのさ』
「わぁ……」
コルノは、手を伸ばし、ゴーレムを
目以外の身体の手触りを確かめると、つるつるとしている。所々に細い溝があるが、繋ぎ目というよりかは、拡張展開をするための『関節』のようにも見えた。
『ちなみに簡単なものを掴むマニピュレーターも展開出来る』
「
クライムが、唸りながらゴーレムを
『いいや、
軽い駆動音を立てながら、ゴーレムが変形して両側面が開き、そこから細いアームが現れた。C字型の手をカチカチとかち合わせる。
「おぉ……」
コルノが感嘆の吐息をつくと、ゴーレムが得意げに『ふふーん』とする。
そんな一人と一つを見上げていたクライムはため息をついた。
「で? 貴様はなんだ? 敵意はないようだが……」
『おや、失礼。自己紹介がまだだったね。私はクーロー、そこにいる
「……ほう。実に珍妙な姿でやってきたものだな」
『シリロスから話を聞いて、君と、このコルノちゃんに興味が湧いてね。いやはや、私の
「うっさいわねぇ……」
ケレムは俯せになったシリロスの背に乗り、顎を掴んでエビ反りに持ち上げている。しっかりと膝で肩を引っかけて固定しており、抵抗を出来ないようにしていた。
シリロスはペチペチと床を叩いているが、ケレムは攻勢を緩めようとしない。
そんなケレムが
『おや? もっと驚くかと思っていたけど』
「あんたのことだから、何かしらの手段で接触して来るとは思ってたわよ。ていうか、さっさとシリロスを戻しなさいよ、このマッドアルケミスト」
『心配しなくてももしもためにと、このゴーレムを送ったんじゃないか。さすがに楽しむためだけに、君らを危機的状況に陥れるつもりはないからね。これでも大事な友人だと思っているんだよ? ちゃんといつかは元に戻してあげるから、しばらくはその姿にしておいでよ。――ところでコルノちゃんは私に怯えてはいないようだね』
クーローがそう言うと、コルノは小首を傾げた後、少し間を置いて目を見開いた。
「…………はっ」
「今さら気付いたのか」
クライムが
ゴーレムから明らかに人間の声が聞こえてきていたが、コルノは一切、怯える様子を見せなかった。ただ単純にゴーレムに夢中だったわけではないだろう。クーローの存在に気付いた今も、特に吐き気や震えを催しているようには見えない。
『どうやら『人間の形』をしているとまず駄目みたいだね。形さえ大きく違えば、人間を感じさせる程度なら、問題ないと。――で、人であるなら、どんな姿でも駄目なんだろう。シリロスのその姿でも怯えているようだったし。ただ、慣れはするようだ。ケレムのように優しくかつ根気強く――それでいて何らかの強い関係性があれば、ある程度慣れやすいのかもしれないけどね』
「何、あんた人間心理の勉強でもしたの? そもそも心分かるの? 人間を玩具に見てて、世情に
ケレムが割と酷いことを言うが、クーローは楽しそうに笑った。
『はははっ、いやはや相変わらず手厳しいね。まあ、確かに興味がないと、とことん周りを
「関わるの大変、分かる」
「分かってしまうな」
深く頷いているコルノの太ももをクライムが、ぺしんと叩く。
『――で、結論から言うとシリロス、君はその姿でも駄目らしい』
「そんな……」
シリロスがショックを受けている。ちらっとコルノに目を向けて、視線を合わせたが――、
「……っ」
コルノはクーローを降ろすと、ソッとバケツに寄り添った。
「アウトね」
「アウトだな」
『アウトだね』
「待って、待ってよ、ボクにもチャンスを!」
パタパタと暴れるが、ケレムはしっかりとホールドしているので抜け出すことが出来ないようだ。それでも、ばったばったと跳ねてしまっている。
そもそもあんなに身体を反らされたら痛いだろうに、表情に陰りは一切見えないのが恐ろしい。……本人に害意はないようだが、野放しにするのは危険そうだ。
「コルノが怯えてるでしょ。どうせあんたじゃ無理だから」
「そんなことはないっ。一応、ボクもボクなりに、か弱い女の子と接する方法を思いついたんだ。それを試させて欲しい。もちろん近寄らない」
そうシリロスは真剣な顔で言う。
ケレムが考え込んでコルノに視線を向けた。
「うーん。…………コルノ?」
「がっうっぷっ――って、み、うぅっ、ぐぇ――み、う――(訳:頑張ってみる)」
コルノは嘔吐きながらも、必死に頭を縦に振っている。
「相変わらず根性だけはあるわね。身体は全力で拒絶してるのに」
精神がボロボロながらも本人が
シリロスはゆっくりと立ち上がり、後ろに下がる。どうやらコルノと距離を置くことにしたらしい。いきなり近寄らずにいて安心する一同だ。
「相手を小動物と思うんだ。優しく……ゆっくりと、目を逸らさず……」
シリロスが、ゆっくりとしゃがみ込み、前屈みになる。そして、ジッとコルノを見つめる。
それはさながら――――獲物を狙う猛獣のように見えなくもない。
「あわ、あわ、あわわわわわ……」
コルノはその気配に当てられて、カタカタと震え出す。
シリロスが自らの可愛さを最大限に生かすため、ふりふりっと可愛く尻を振り出した。
それはまさに跳びかかる一歩寸前と言えよう。
「ふぃっ!? ふーっ、ふーっ、はっはっはっ――」
ガタガタとコルノの振動が大きくなり、少し過呼吸気味になりかけている。
そしてシリロスはさらに――、
「やめろや!」
「やめんか!」
「はぶっ!?」
――何かをやる前にケレムとクラムにぺちんと頭を叩かれて床に突っ伏すことになる。そのままケレムは今度は脚の方を
「ケレム!? なんで!?」
「なんでじゃねえわ! 己は猫か! 猫が獲物に飛びかかる寸前だわ、今のは! あんなん怯えるに決まってんでしょうが!」
「そ、そんな――!?」
戸惑ってるシリロスに、クライムがぽんと肩を叩く。
「……貴様はもう少し人間というものを学べ」
「魔王に人間について諭された!?」
シリロスがかなりショックを受けた様子だった。でもそのおかげか、少し静かになったのであった。
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