第14話 馬鹿が治る薬はないが、馬鹿がつける薬はある
コルノとケレムが仲良く軟膏を作っていると、不意に外に繋がる扉が、コンコンコンコンと鳴った。
「ぴぃ!?」
なんやかんやとリラックスしていたコルノに、その連打は致命的なものになった。いつもならすぐさま逃げられたのだが、腰が抜けてしまったのだ。
両手を床に着きながら、ビクビクと震えて、どうすることも出来ずに涙目になってしまう。
「ふぁ、う、わぁ、わぁ、うっ、うぷっ……うぇ……」
「あっ、ちょっ――はい、バケツ!」
ケレムはバケツを引っ掴んで、
ついでに浮かんでいた乳鉢を自分とコルノの分を、安全に床に降ろしておく。熱せられているため、不意にコルノが触らないように離しておくのも忘れない。
「クライム、頼むわよ! あたし、たぶん……あの『馬鹿』の対応しておくから!」
「ああ、こちらは任せておけ」
クライムは、コルノの横につき、声をかけながらなだめ始めた。
それを確認し、ケレムは少し肩を怒らせながら、扉に向かって歩いて行く。
扉を叩いている者には心当たりがある。というか、一人しかいない。十中八九シリロスだろう。叩く威力は弱めているが、そもそも連打はやめろというのに。……いや、直接言ったわけではないから、分かっていないだけなのだろうが。
あれは人のことを気に懸けることが出来るが、何分、強い人間のため、弱すぎる人間の心情が分かっていないのだ。優しくはあるが配慮が足りていないことが多々ある。そこが彼の大きな欠点と言えるだろう。
そもそも何故やってきたのか。コルノに怖がられる理由をしっかりと説明して、来るなと口を酸っぱくして言い含めていたのだが。
少なくとも理解したようだったし(理解しているか何度か確かめもした)、シリロスはそれを無視してやってくる人間ではない。
「シリロス、あんた一体何考えて――」
ケレムが扉を開けて、怒鳴りつけると――――――何故かいつもそこにあるはずの彼の顔がない。
だが誰もいない訳ではない。
気配は下から感じる。
視線を下に落とすと、そこにケレムより二回りほど小さな少女がいた。恐らくコルノより幼いかもしれない。
茶色の髪は短く、どことなく少年っぽいがそれなりに成長しているためか身体付きが柔らかく少女だと分かる。ただ全身傷だらけで、可愛いはずなのにどことなく痛々しさがあった。
その少女は全体的にだぼだぼとした服を身に
ケレムはそれらを見て、一瞬でこの少女が誰であるか看破した。
「――? ――! !? !?」
しかし脳が理解を拒んでしまった。
まさか目の前の少女がシリロスだなんて認めたくもない。
「やあ、ケレム!」
そんな屈託のない笑顔で、見たこともないはずの少女に、彼の面影を感じさせられる顔や仕草をされてケレムは――
「ほわぁああああああああああああ!?」
脳がバグを起こして、その少女に視線を合わせるようにしゃがみ込むと、頬を掴んでむにむにとなで回す。
その手触りは年頃の男の肌ではなく、幼い少女のぷにぷにとしたものであった。幻覚というわけでもないようだ。
「けれぇむ、にゃにお――」
「こっちの台詞だわ、阿呆! あんた、シリロスよね? そうよね? でも否定して! 否定しなさいよ!」
「
「あぁあああああああああああああああああああ!」
シリロスに肯定されて、ケレムは無意識に飛び出してきた叫びを地面に向けて放った。
そうでもしないと溢れ出る感情を暴力としてシリロスに向けてしまいそうだった。いつもなら遠慮無くやるが、見た目が少女相手にはさすがに気が引けた。無論、我慢の限界を越えれば、気が引けようが、倫理がどうであろうと関係ないが。
ケレムは息が切れるほど叫び続け、――十数秒ほどで叫び終えた。はぁはぁ、と息を荒げながらシリロスの両肩に手を置いて、しばらく地面を見つめていた。
すー、はー、と深呼吸したケレムは、改めてシリロスと向かい合う。
「落ち着いたわ」
「良かった」
「で、訊きたいんだけど、それ、魔法の効果よね。もしかしてだけど、それをやったのって『クーロー』ね?」
「うん。……あっ、そうだ。ケレムが『言い当てた』時、これを渡すように言われてたんだ」
シリロスポケットから、丸められた木の皮を取り出した。開いて見せてきたので、それを覗き込むと、文字が書かれている。……手紙だ。
ケレムは木の皮の手紙を受け取り、文字に目を走らせる。
『やあ、まずはおめでとう正解ぱんぱかぱーんとでも言っておこうか』
イラッとして手紙を床に叩きつけたい気持ちに
『さて、キミはなんでシリロスが女の子になっているか疑問に思っているだろう。それはごもっともだ。一応、何をしたかというと、私が作ったイシャー薬を飲んだからだ(あえて旧い言葉から名付けてみたんだけどどうだろうか?)。ああ、さらに言っておくと安全性は問題ない。君達と冒険中に実験記録――もとい『健康診断』をしっかりとつけていたから、服薬による危険域は把握しているつもりだ。シリロスは魔法による変化の『歪み』の耐性が特に高かったんだ。そうそう、完全に『幼い女の子』だけど、あくまで
で、なんで女の子になったかという話だね? それはシリロスが望んだからなんだ。あっ、まだ彼を殴り飛ばさないでくれよ? 彼から話はある程度聞いた。なんでもキミの師匠に新しい弟子が出来たそうじゃないか。ただその子がすごい人見知りらしいから、警戒されない姿にしてくれ、と頼まれたんだよ。じゃあ、女の子なら問題ないかな、と提案したら二つ返事で了解をもらったから、薬を作ってあげたんだ。
シリロスはその妹弟子が、とても心配だったようだね。なにやら彼女の使い魔に問題があるとか? 彼女ために近くにいられるようにしたかったようだよ。だから彼を責めないであげてほしい』
ケレムの肩から力が抜ける。手段はどうであれ、コルノのことを思ってのことだったらしい。……それで女の子になるのは、本当にどうかと思うが。
『そんなわけで、彼のフォローはしたわけだけど、まあ、さらなる真実を告げねばならないかな』
……何か流れが変わった。
『ケレム、キミは気になっていることだろう。一体、どれくらいの期間、シリロスは女の子で居続けるのだろう、と。私は君達……特に妹弟子ちゃんのことを思って、突然彼女の目の前でシリロスが男に戻って過呼吸になってしまうのを避けるべきだと思慮深く思ったわけなんだ。というわけで、期間は一年にしておいた』
「は?」
『さらにさらに言うと、これは当たり前だけど、シリロスが飲んだ薬は、未認可だから、下手に王都や教会本部とかには出向かないことをおすすめするよ。斬首されちゃうからね(笑)』
「はぁ!?」
『P.S.一年間変身することと斬首に関して事前に話しても二つ返事だったよ。男らしいね。今は女の子だけど(笑)まあ頑張れ(笑)』
ぱぁん!とケレムは手紙を思い切り床に叩きつけた。
そしてシリロスのほっぺたを掴んで、むにーっと引っ張る。
「んあーけれふ、なにをー」
ちょっと強めに引っ張っても痛がる様子もないし、むしろ皮膚の弾力は強く、これ以上引っ張れない。まるで違う生物の皮を纏っているようだ。丈夫さに関してはクーローが書いていた通りのようだ。
……ならば遠慮はすまい。
ケレムはシリロスのほっぺたから手を離すと、彼を反転させ、かがみ込むようにして彼の胴体に手を回す。
そして、ぐぐっと持ち上げ――、
「うおらぁああああああああああああああああああ!」
背後に向かって思い切り、叩きつけてやった。
「ぐはぁ!」
どごぉん、と凄まじい音が鳴り響く。
綺麗なバックドロップが決まった。
致命的に見えた一撃を受けてもシリロスは絶命していなかった。だけど、良いところに入ったのか「おふっ、ふっ」と息絶え絶えだった。
そんな玄関口で華麗なる肉体芸を見せた二人を、コルノはバケツに寄りかかりながら見ていた。
ぽつり、とコルノが呟く。
「あれは、エルフに、伝わる、古の、体術……?」
「違うと思うが」
目をキラキラさせて見やるコルノに、クライムがため息をつきながらそう返すのであった。
――賑やかになりそうだ。でも、まあ、たぶんコルノの反応を見る限り、悪くはならないだろう。
……恐らくは、だが。
なんだか今後、変な意味で大変になるだろうな、と思うクライムであった。
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