第13話 二人で錬金術!

 昼下がりのコルノの家で。


 コルノは次第にケレムに慣れてきていた。さすがにまだ、流暢りゅうちょうに会話なんて出来なかったが、頷いて軽い返事をしたりは、普通に出来るようになってきていた。


 ケレムはコルノを気遣ってはいたが、れ物を扱うようにおっかなびっくりな触れ合い方は絶対しなかった。


 あくまで普通に、もし問題がありそうなことをやったり言ったりする前に訊いて確かめてくれた。


 それがとても安心する。


 あと、互いに興味深い話を聞ける、というのも慣れの要因だろう。コルノは基本的に魔法関連全般を扱えるが、家にこもっていることが多いため、錬金術系の経験を積んで逆に実戦経験が不足している。対してケレムも同じように様々なことを行えるが、冒険などで外を歩き回っているため、実戦経験に基づく魔法の扱いに長けているが、錬金術系の魔法が苦手なようだ。


 コルノにとってためになった魔法の話としては……魔法使いは後衛で戦うのが普通だが、何らかの理由により前衛――もしくは一人で戦う場合が出てくることがある。そうした際、武器などを使用せず、魔法のみで戦う時、相手との距離感を如何ほどにすれば良いのか、というのを教えてもらった。それは実はコルノが知っておきたいことだった。


 また、魔法の正確さを上げるためには長めに詠唱する必要があるが、戦いの場では時に正確性を捨てて即時的な効果が求められるらしい。


「普通なら、例えば火球を飛ばす場合、呪文は『火』+『形』+『飛距離』+『方向or対象』が最低限必要になるわよね。実際に詠唱すると《焔よ、手中にて火球となり、彼方の敵を穿て》かしら」


「……うー」


 魔法は、言葉に力が宿る――すなわち知識が現世に影響を与えることが出来るのだ。魔法使いが主に賢者などと呼ばれるのは、知識を有し、それを扱うためだ。その知識が真に迫っているほど、魔法は力を持つ。


 聞いただけでも、もちろん効果を発揮出来るが実際に見たものほど再現しやすくなっている。また『本気で信じていること』も魔法として大きな力を持ち、それ故に信仰が力を持つこともあるが――それはまた別の話だ。


 ともかく魔法は言葉に強く影響を受けるため、複雑な魔法ほど詠唱が長くなる傾向にある。


「この場合、短くしてすぐに使うために『火』+『高火力』+『方向』にしちゃえば良いの」


「……それ、だと………………不安定……」


「まあね。詠唱するとすれば《焔よ、燃え上がり、飛べ》かしらね。こうすると無駄に魔力も消費しちゃうし、存在も方向も距離も安定しないけど、近距離なら牽制になってくれるわ。近接戦では即時性が大事。もちろん距離があれば、ちょっと長めにしても良いけどね。あと至近距離なら魔法を二つ展開すると良いときもあるわ」


「ふた、つ?」


 それだと逆に遅くならないだろうか?


「そっ。例に出すと《盾》! 《爆発》! かしらね。魔法は魔力によって発生するから、盾を手前に、爆発をその先に配置させることでダメージを受けないようにしつつ、相手に割ときつめのダメージを与えられるの。この場合はかなりの至近距離ね」


「おー……」


 確かにそれならば、有効だ。


 魔力の消費という観点から見ると効率的ではないけれど。それに魔法は細かく指定しないと、規模がどうなるか分からないから少々怖くある。その場合、使い手の知識に左右されるため、単語のみの魔法は不安定と言わざるを得ない。


 しかし、悠長にしていられない場合もあるだろう。その『もしも』のための、実戦に使える短文、単語の魔法は重要かもしれない。


 コルノは、それを考えるのも面白そうだな、とぼんやり思う。魔力によって魔法が形作られることを利用しての位置決めなども面白い。――他にも色々と出来そうだ。


「家の中じゃ危ないから、もし慣れてきたら、庭で練習しましょ」


「う、ん……」


 まだ当分は無理かもしれない。


 ――でも、目標があるから、前より無理矢理ではなく自分から外に出たいと思えるようになっている。さすがに身体や心が無意識に拒絶反応を示してくるため、そう簡単にはいかないが。


 コルノは手元に視線を落とす。そこには宙に浮いた手の平サイズの磁性の乳鉢があった。その器の下に、火球が浮いており、チリチリと炙っている。


 器の中にはミツロウや精油――時々、粉末を加えながら、かき混ぜていた。濃厚な甘ったるい匂いが部屋に充満している。


「《鼓動を止めるのではなく、安らぎを。幻と従属ではなく、無痛を》」


 魔法の言葉を加えて、こね続ける。


 ケレムがコルノの魔法を見ながら、自らも同じようにこねている軟膏に視線を移す。


「うーん、なるほどね。魔法の状態異常をあえてかけることで毒性のあるものを有用な性質に変えてるってところかしら」


「……う、ん。キノコ、とか、弱めれば、薬に、出来る、から」


 普通の精製方法などではそう簡単に良い効果だけを抽出なんてできない。だから魔法によって毒性のある効果を抑え込むことで、有用な性質を与えているのだ。


 錬金術とはこういった本来動植物が持つ性質を魔法によって弱めたり強めたりして、新しい何かを作り出す技術である。


 世間一般に代表させるのは、柔らかく、変質しやすいため、よく使われる銀との合成物(必ずしも金属と合わさるわけではない)――魔法銀ミスリルだ。他には様々な伝導率の高さから重宝される銅との合金――オリハルコンもそうだろう。


 これらは錬金術のみならず、様々な分野で数多く使われているものである。


 ちなみに一口に錬金術と言っても、現在では、コルノが製作している薬剤系、他に工業系など錬金術師には多岐にわたる専門分野がある。


「……どうにも錬金術は苦手ね。繊細っていうかなんていうか……。細かい魔法の調整が多くて、力技じゃどうにもならない感じがなんとも……」


「手先は器用だが、忍耐がないようだな」


 二人の間にぽてんと座っているクライムが、コルノに視線を向けながら、ケレムにそんなことを言う。コルノも作業するということと、コルノがケレムに慣れ始めてきていたので、自由に動けるようになっていた。


 ケレムがくちびるとがらせる、


 「うっさいわね。エルフがみんな老木みたいにぼんやり生きてるわけじゃないわよ。寿命が長くても、ハイスピードを好む子だっていっぱいいるわ」


「あっ、上手、だよ」


 コルノが慌ててそう言うと――あれ、これでは上から目線ではないだろうか、とさらに慌ててしまうが――、


「ふふっ、ありがと」


 ケレムが微笑みを浮かべてそう言ってくれてホッとする。


「あーやっぱ妹弟子良いわぁ。素直で、可愛い子ほど癒やされるものはないわね。……うちのパーティ、ほとんどあたしより年下ばっかりだけど、曲者揃いで全然可愛くないんだもの」


 彼女は「特に錬金術師がねー」と続ける。


「マッドアルケミストだし、快楽主義のトラブルメーカーなのよ。冒険の途中で何度、あいつの錬金術で被害を被ったか……」


 深いため息をついて、首を振る様は、彼女が言う錬金術師の厄介さを如実に表しているかのようだった。


 クライムは、彼らと戦った時にそれらしい力を使う者を覚えていた。本人はほとんど手を下すことは少なかったが、ポーションの配給やゴーレムやホムンクルスなどの疑似生命体を使って攻撃された。シリロスやケレム、聖人、双子の戦士と違って目立った戦闘能力はなかったが、そんな彼らのチャンスを作り出す手助けをされて、厄介だったのを思い出す。


 コルノは首を傾げた。


「お話に、出てきた、人?」


「そうそう。ポーションとかホムンクルスとか生命に関係することに趣をおいた錬金術を扱っていたわね」


「ポーション……」


 コルノが、むむっと眉をひそめる。そんな彼女を見て、ケレムはクスリと笑った。


「気になる?」


「……うん」


「うちの村の人相手なら、ポーションはあまり作らないでしょうしね」


 ポーションはいわゆる魔法の水薬である。基本的には魔法を付与された特殊なものに対してその名称が使われる。


 即効性であることがほとんどで、飲むことで傷を回復することが出来たり、寒さや暑さなどに耐性を得たり――場合によっては姿を変えるものもあり、かなり有用なものなのだ。


 しかし、通常の物質よりも魔法寄りであるため、安定性がなく、使わなくても効果が失われてしまうことがある。使っても時間が過ぎると効果がなくなるものが多い。


 一応、保存、効果に永続的なものを与えることが出来るが、そうすると人体に何かしらの影響が出る場合があり、最悪死に至るか化け物に変貌へんぼうしてしまうことがある。


 過去に不老不死を求めた王がポーションを飲んで――結果的に国一つ滅ぼす怪物と化してしまった事例もあるほどだ。


 その他に、何でも出来てしまう魔法を用いる関係上、下手な効果を付与されていると効果同士の相性や相乗効果などで、必ずしも良いことにはならず凄惨な結果を招いてしまう。


 そのため、ポーションの製造には免許が必要で、さらに国によって効果に制限がかけられている。これを破った者には重い刑罰が架せられてしまうのだ。


「あいつに会うのは、本当に慣れてからの方が良いわね。錬金術馬鹿だから、コルノのこと気に入っちゃうと思うし。……いや、慣れようが慣れていなかろうが、会うのはやめといた方が良いかもしれないわね。悪い影響にしかならないわ、あれは」


 ケレムが腕を組んで唸っている。会わせるだけでも問題があるらしい。その錬金術師は本当にどんな人間なのだろう。コルノとしては逆に興味が湧いてしまった。でも、残念ながら会ってみたいなどとは言えなかったが(口が動かなかった)。


 ――コルノがその錬金術師に『実際』に会うのは外に出るよりももっともっと先になる。しかしその錬金術師の人柄は、すぐに分からせられることになるのであった――。

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