第9話 死闘を繰り広げた者達の邂逅

 とりあえずクライムは正直に話した。


 シリロスにトドメを刺された後、『いつも通り死んでいた』が魂を引き寄せられて、気付いたら、このぬいぐるみの中にいた、と。


 コルノは、あくまで単なる使い魔を造ろうとしていたようだが、様々な偶然が重なり、『魔王』を呼び寄せてしまった。ただし、呼び寄せる前はともかく『今現在』他意があるかどうかは不明、と一応、付け加えておく。


 正直、大したことは言えなかった。


 何せ、呼び出されたのがほんの数日前なのだから、どうしようもない。


 コルノは『魔王』に復讐をしようとしている風には見えないし、かと言って別の何か邪悪な行いのためにんだわけでもなさそうなのだ。まあ、会って数日程度だから、内面なんて分からないが。実はすごく邪悪で世界の破滅を目論んでいるとも限らない。


「そうなの。私達もなんであの子があんな風に一人でいるのかも……そもそも師匠が亡くなってたなんて知らなかったし……。来たばっかりで……村長に詳しい話を訊く前にこっちに来ちゃったから。この馬鹿のせいで」


「むごぅ」


 ケレムはそう言って、横にいるシリロスの脇腹を、ごすっと肘打ちする。


「……それで、……えっと、コルノ? には会える?」


「今はやめておいた方が良いだろう。会えば窒息するやもしれん」


「そんなにか……」


 ケレムは苦笑してしまう。


「間を置くべきだな。だが、コルノが人とまともに話せるようになるには、貴様が適任かもしれん。奴が大事に思っているらしい『師匠』という共通項がある」


「うん、あたしも出来れば、そのことを話したいかな。それに魔法についても色々と情報交換したいし。七日ぐらい日をおく?」


「いや、早い方が良い。期間はなるべく開けない方が良いだろう。ああいうのは期間が長引けば、精神に負担がかかる上に駄々をこねかねん」


「そっ」


 ケレムは口元に手を当てて軽く笑った。


 クライムは首を傾げる。


「なんだ?」


「いや、意外にあの子ことを考えているな、って思ったのよ」


「すぐにでも解放されたいからな。だからと言って無理強いをしてもどうにもならん。ならば適したことをせねば。それだけだ」


 ふすー、と息を吐き出して気怠さを見せるが、ケレムは楽しそうだ。


「やっぱり貴方と話せて良かったわ。思ってた通りだった。――――貴方の味方をしていた子らは別に操られてた訳ではなかったのね。『あの子達』は本当に貴方を慕っていた」


 ケレムはわずかに表情を陰らせる。


「……だから言うわ。ごめんなさい。……残酷かもしれないけど、一応、言っておく。貴方の城に居た子達は……もう、いない」


「……そうか」


 その謝罪にクライムは神妙に頷く。


 ケレムの言った意味は十分過ぎるほどよく分かった。


 魔王であった頃の配下の行く末を言っているのだろう。


 ――彼が心中に抱いたのは、守れきれなかった者達への罪悪感であった。でも同時に多くのものを破壊せずに済んで安堵を覚えてもいる。


 ……この二極の思いがどうにも心を苛んでくるのだ。


 悩んだところでどうしようもないのは分かっている。自身が現れれば誰かが死ぬ。それは変わらぬ運命であるため、クライムはもう諦めている。


『貴方は私を――私達を裏切った。その『報い』を受けなさい』


 過去の思い出が蘇る。魔王に至る前に犯したこの『罪』は消えない。如何なる罰を受けようとも、延々と償い続けなければならないのだ。だから魔王であることを止めることはできない。


「……それじゃあ、あたし達はもう行くわ。明日は……この馬鹿は連れて来ないから安心して」


「むぐう」


 ケレムがシリロスの頭をぺしぺしと叩く。彼は抗議するようにケレムをにらんでいるが抵抗できないため、されるがままだった。なんだかシュールだ。


 クライムは軽く笑う。


「ああ、そうだな。また怯えさせられてしまっても敵わん。それと同性であった方がコルノも気が楽だろう」


「じゃあ、コルノに明日よろしくって伝えてて。あっ、無理はしなくても良いっていうのも言って。無理だったら断っても良いから」


「分かった。――ついでに村長から依頼を受け取ってくれないだろうか? 出来れば錬金術系の物が良いだろう」


「……なるほどね、分かったわ」


 ケレムは察してくれたのか、頷くとシリロスを引きずりながら立ち去るのであった。


 扉がしまり、ケレム達が遠くに行ったのを感じ取ると、クライムは吐息をつく。


 まるで嵐がきたかのようだった。実際、勇者シリロスは嵐のような人間だった。悪い奴ではないが、馬鹿というかなんというか。あれとコルノは恐らく相性がかなり悪いだろう。


 でも、ケレムがある程度手綱を握っていてくれるだろうから、心配はいらない。


 明日はたぶんついてこないだろう。……もし付いてきたり……ケレムより早めにやってきたりして、何かしらしようとしてくる可能性もあるから、多少は構えておくべきかもしれないが。


「さて、我が主の下に戻ろうか」


 クライムが、ぽてぽてとコルノがいる部屋を目指そうと歩いていると、不意に目の前の扉が開く。


 そこには座り込んだコルノがいて、バッと手を伸ばしてクライムを抱き寄せた。


「……ごめんね、クライム」


 そう、謝られてしまった。


「構わん。それより大丈夫だったか?」


「うん。……話も、少し、聞いてた。明日も、来るんだよね?」


「すまない。勝手に決めてしまった」


「いいよ。……私も、あの、ケレムさんと、頑張ってお話する、から。……頑張らないといけないから」


 キュッとコルノの腕に力がこもる。


 やはり少し早すぎただろうか。


 そう心配になって、クライムはコルノの腕を優しく叩く。


「気が重いのであれば、無理はするな。ケレムも言っていたが、断っても問題は無い。奴は――勇者の方はよく分かってはいなかったようだが、ケレムは貴様の事情を理解している。予定が変わっても悪くは思わんさ」


「ううん、やる。……やらなきゃ。……そうじゃないと……」


 コルノの腕にさらに力がこもり、クライムの身体が締まってしまう。幸い痛覚などはないため痛くはないが、……腕の力に比例したコルノの感情が伝わってくるようでどうにも居心地が悪かった。


(……この娘にも、色々とあるようだな)


 対人恐怖症だけではない何かが、コルノを追いつめてしまっているのだろう。前に進ませる原動力となってくれているのは良いことだが、心が壊れることになってしまっては元も子もない。


 だから出来うる限り近くにいて、フォローをしてやらねばならないだろう。


 ……しかし、前に進むも後ろに引くのも前途多難とはなんともはや。


 クライムは訪れ来る苦難を感じて、天を仰ぎ見るのであった。

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