第8話 ぬいぐるみとエルフと馬鹿
クライムはぬいぐるみの身体ながら、なんとか魔法を駆使して来客の準備を整える。この身体は魔力の流れを制限されているが、完全に抑制されているわけではないため、魔法はある程度使うことができる。しっかりと制御すれば、もしかしたら大魔法も使えるかもしれないが、かなりの時間を要するため、その前に止められてしまうのがオチだろう。それにあまり魔法は使いたくはない。魔王の魔力は性質上、みだりに使うと危険なのだ。……それに使い過ぎると、勇者達に目の敵にされかねない。幸い、この近辺なら大丈夫なようにはなっているようだが、使いすぎは良くはないだろう。
この身体である以上、『敵対』という行為はあまり有効な手ではない。
だからこそ、程よく弱い魔法を使っての接客であり、対話という手段を選んだ。
ここ数日で、茶葉やらカップやらの置き場は把握していたので、問題なく用意して、テーブルに置いておく。おもてなし用の菓子類は残念ながらなかったので、今回は何もなしだ。さすがに固いパンを目の前に置くのも失礼だろう。
クライムは机の上に座り、対面の『来客』を見上げていた。
そこにいるのは、青年と少女だ。
青年は普通の人間だ。茶色の髪を短く切りそろえて、顔は傷だらけだが、それなりに整っている。ただ、その表情は険しく、なんとなく『頑固』なイメージがある。ただ目つきに憎悪などはなく、恐らくあるのは『正義感』故の『魔王』に対する
簡素な革防具だけを纏っているが椅子の横に立てかけてある剣は鞘からして荘厳な意匠が彫り込まれている。恐らく聖剣だ。
聖剣はどこかしらの国や教会などに奉納されるはずだが、いまなお魔王の被害がある現状、使い手の手元に置いているのだろう。
聖剣を持っているなら彼が勇者だ。名は、シリロスと名乗った。
隣に座る少女は、シリロスよりも幼く見える。だが、年下、という訳ではないだろう。彼女の耳は長く――エルフであるのが分かるから。
エルフは長寿であり、隔意的な種族でもある。森の奥に住み、自然との調和こそ至上と考えており、哲学的な考えを好む傾向にあるようだ。その性質のために、人前にはほとんど姿を現さないが、考え方が根本的に違う『はぐれ』が集落から離れて人里にやってきて暮らすことが稀にある。
恐らくこのエルフの少女――ケレム(旧い言葉で葡萄畑だったはず)は、その『はぐれ』なのだろう。
金髪が多いエルフに珍しい赤紫色の頭髪を一つにまとめて背中に垂らしている。端正な顔は凜々しいと言った方が良いか。表情を努めて固くしているように見えるのは魔王と対峙した緊張からか、それとも普段からの癖なのか。
白いローブは旅が長かったためか、多少くすみやほつれがあるが、大事に使っているのか修繕の跡が見て取れる。傍らに携える杖は――どことなくコルノが持っている物と似ているのは気のせいではないはず。
背が低く、平坦な身体付きのため、幼く見えるが、下手すれば百年の時を生きている可能性すらある。エルフの成長はまちまちで姿だけでは、実際の年齢を判断するのが難しいのだ。
「これが、魔王……」
そう呟くのは、シリロスだ。
「そのようね」
ケレムは難しそうに頷く。
てっきり笑われるかと思ったが、勇者達は思いの外、真面目だった。ケレムに至ってはクライムをまじまじと感心したように見つめている。
「物に宿った使い魔はたくさん見てきたけど、ここまで精緻に編み込まれた束縛は見たことないわね。大きな力を発揮することは出来るけど、その力の解放までに時間がかかるから対処は容易。それでいて、無理にやろうとすれば魔力がパンクする……。けれど力は使えないわけじゃなく、身の回りや最低限の自衛程度なら出来るようにしているわね。力を与えすぎれば反逆し、逆に束縛し過ぎれば使い物にならない……そんな使い魔の難しい命題に素晴らしいほど見事に答えているわ……」
「危険じゃないの?」
シリロスがクライムから一切目を離さずに問うと、ケレムは頷く。
「全く。これで危険だって騒ぐ魔法使いがいれば、ド三流も良いとこよ」
「ならそれを信じる」
そう言ってシリロスの肩から力が抜けた。相変わらず聖剣に手を当てているが、殺気が弱まる。
彼は鞘から聖剣の刀身をわずかに覗かせる。
「とりあえず一刀両断すれば良い?」
「分かってないじゃない」
ケレムは深いため息をつく。
「まず、事情を聞くことから始めるべきでしょう」
「それなら魔王に聞くよりかは、この家の主らしい女の子に聞くべきでは?」
「……シリロス、あんた、とりあえず黙って、静かにして、なんか危険があって合図したら、行動して。それまでステイ。――いや、横やり入れられての説明が面倒だから……《この愚か者の口と手足を結んで》」
「むぐう」
ケレムが指を軽く振ると、キュッとシリロスの口が閉じて、両手首足首が合わさってしまう。しばらくもごもごばたばたと奮闘していたが、外れる気配がないと肩を落として静かになった。
ケレムはクライムに目を向け、軽く肩をすくめる。
「悪かったわね、こいつ馬鹿だから。ちゃんと説明すれば分かってくれるんだけど……」
「構わん。だが、そういう貴様はすぐに我を信用し過ぎではないか?」
「別に。こっちが
「――?」
クライムが微かに首を傾げると、ケレムは口の端を歪め、悪い笑みを作る。
「それに明らかに嘘っぽいこととか、村長とかから聞いた話から整合性がとれなかったら、詳しく事情を知る『別の誰か』に訊ねるかもしれないけれどね」
ケレムは、ちらり、と部屋の奥へと視線を向けた。
「それは困るな」
そうクライムが言うと、ケレムが少し嬉しそうに笑う。
「じゃあ、色々と話を聞こうかしら」
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