第6話 ちょっとした世の中の話

 クライムはポストの上で待つことにした。


 この家のポストは、ラッパ型のかぶとを用いている。首部分は加工されて塞がれており、細い棒が地面にまで伸びていた。


 頑張ってよじ登って、頂上に辿り着く。一応、ちらりと蓋を開けて中身を確認する。何も入っていないから、まだ来ていないだろう。


 そもそも村長は来たら必ず一声かけていくし、ポストの下に物資が置かれて行くので一目瞭然だろう。


 しばらく待っていると、森の方から手押し車を押してくる老人が見えた。日焼けしたシワだらけの肌をしているが、足取りはしっかりしていて危なげない。


 多少丘のようになっているが、特に遅くなることなく、登ってきた。


 ただ、やはり疲れるのか、家の近くに来ると吐息をつく。


 ――そして、クライムと目が合った。


「おや?」


「毎日来ている者か?」


「!?」


 クライムは相手を目の前にして一瞬、どう声かけしようか悩んでしまったが、普通に話しかけてみた。


 やはりというか、驚かせてしまう。


 老人はぬいぐるみを凝視していたが、すぐに周囲に視線を張り巡らせる。


 クライムはポストの上に座りながら片手を挙げた。


「こっちで合っている。驚かせて済まないな。我はコルノの使い魔だ」


「おんやぁ」


 困惑していた老人だったが、恐る恐るクライムに近寄る。


「あらま、魔女様の使い魔か。珍しい」


 なんだかいつも扉越しに聞く声よりもなまりが入っている気がする。素が出ているのか。


「最近召喚されてな。こんな身体故、コルノの話し相手が主だが、『あるじ』のために他者とも話すべきかと思ってな、今日は我がはせ参じた」


「そっかぁ。魔女様は元気か? 賢者様が生きてた頃からあんま姿を見せなかったけども、『あれ以来』、めっきり姿を見せなくなって……。偶然外、出てた時は、村の悪ガキん共とかち合って怯えさせちまったようだからなあ。それで余計に閉じこもったってんなら、お世話になってるのに申し訳ねえなって思ってたんだがよ」


「ああ、それに関しては気にしていないようだ。むしろ怯えてしまったことを逆に申し悪く思っているようだ。人前には出たいが、何分、恐怖心が抜けないようでな。お前達が悪いわけではないと言ってるが」


 老人、もとい村長は首を横に振る。


「仕方ねえよ。賢者様に連れて来られる前に色々あったみてえだし。けどよ、『角付き』だからって俺らは気にしねえよ」


「…………」


 今、『角付き』と言ったのか? ……そういえば眠る時でさえ、帽子を脱いでいるところを見たこと無かったが……。


 クライムは思わず固まってしまう。


 村長が首を傾げた。


「どした、使い魔さんよ」


「……いや、何でも無い。そういえば名前がまだだったな、我はクライムだ」


「俺はローガンだ。この先の村で村長をやってる。何にもねえ……いや、賢者様……今は魔女様の加護があって、さらには魔王を倒した剣士……勇者と魔導師が出身だから、多少旅人が多くなったか?」


「魔王を倒した?」


 なんだか続々と興味深過ぎる情報が出てくるのだが。……本当にコルノは意図せず自分を召喚したのかと、つい疑ってしまう。……あの反応は嘘ではないと思いたいが。


 嘘でなかったら、単純に彼女が知らない魔王との『縁』が元になっているだけなのだろう。


 ローガンが口の端を曲げて笑う。


「らしいな。俺は未だに信じられんよ。確かに強かったが、勇者って呼ばれるほどでもねえとは思ってたからよ。悪い奴じゃねえが、馬鹿だったからなあ。むしろ賢者様に弟子入りした幼馴染みのエルフの娘っ子の方がそれらしいや」


 思い出すように語るそれは、まるで見てきたかのようだった。――実際に見てきたのか。


「すまないが我が現世に現れたのは、つい最近でな。世の中について分からんのだが。魔王、はいつ倒されたのだ?」


「俺も世の中については詳しく知らねえよ。時たまやってくる吟遊詩人や商人なんかと話してようやくちょっと知れる程度だしなあ。ただ、倒されたのは一、二年くらい前とかは聞いたけどよ」


「……ふむ」


 その程度の年月しか経っていなかったのか。挙げ句に召喚された相手が因縁の『角付き』であり、自身を倒した勇者の村近辺、と。


(奇跡や偶然、ではないだろうな。……『奴』は我にまだ何か分からせたいとでも言うのか?魔王として散々、己が所業を刻み込まれたつもりだったのだが)


 クライムは自嘲じちょうするように心の中で笑ってしまう。


「……ローガン、話はこの辺にしておこう。貴様も他の仕事があるだろうからな」


「いんや、立ち話は好きだから気にすんなや。それに仕事っつっても魔女様に荷物届けるくらいしか今はやってねえしな。近々、馬鹿とエルフの娘っ子が帰ってくるから、余計に……あっ、そういや魔女様と娘っ子、姉妹弟子になんのかね?」


 ころっと話題が転がり出てきて、クライムは思わず苦笑してしまう。


「『賢者』とやらがコルノを弟子として扱っていたのならな」


「弟子に違いねえさあ。下手すりゃ師匠や娘っ子も越えてんじゃねえかな?この丘も前までこんな広くまで、綺麗じゃなかったからな。道外れたら草ぼーぼーだったぜ?軟膏なんこうも良く効くしなあ。村じゃ、もうあれがないと駄目って奴ばっかだわ」


「それはコルノに伝えておこう」


「頼むわ。んで、たぶん馬鹿とかがもうすぐ帰ってくるから、ここに少し寄らせるように行っとくわな。なんなら、えーっと、クライムが相手してやってくんねえかな? 娘っ子を紹介してやれば、魔女様ももしかしたら心を開いてくれっかもだしよ」


「……ああ、良いだろう」


 たぶん勇者一行も話したいことがあるだろう。……もしかしたら想定よりも早く戻ってくる可能性すらある。数日前に魔力を解放したのを感知されたかもしれないのだ。


 一応、そのことをコルノに伝えておこう。心構えをさせておかなければ、たぶんあの子の精神が保たない。


「では、またな」


「じゃあなあ」


 そう言ってローガンと別れて、クライムは家の中に戻った。


 相変わらず一部屋向こうの机の下に隠れているコルノの元に行く。


 近づくとすぐに抱き寄せられてしまった。


「……村長さん、良い人だったでしょ?」


「ああ、すごくな。貴様のことをめていたぞ。軟膏がよく効くらしい」



「そっか。良かった」


 コルノは嬉しそうににやけながら、クライムの頭に顎を乗せて、ゆらゆら揺れている。

 さて、上機嫌なところ悪いが言っておかなければならない。


「最後に悪い報せだが、……勇者がここにやってくるかもしれん。我のことを言及されるかもしれんから、心しておけ」


「……えぇ……」


 嬉しそうな気配は一転して、コルノはとてつもなく泣きそうな顔になってしまった。


 すまない、とは思う。でも耐えて欲しい。


 クライムは、心からそう願うのであった。

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