第5話 おそまつなごい

 数日ほど経過して、クライムは早速だが、手詰まりを感じていた。


 コルノは会話の練習のためにクライムを呼び寄せたが、そもそもな話、彼女に必要なのは会話する能力ではなく、トラウマの克服及び人と対面するための精神力の強化だ。


 それに時々どもりはすれど、普通に会話出来るのだ。


 ……まあ、恐らくコルノの本音もしくは根底の心理を言うならば、人間との会話になれるというより、寂しかったから話し相手が欲しかっただけなのだろう。


 しかしだからと言って、自分と会話をするだけ無駄などとは言えなかった。


 だがこのままでは駄目というのはなんとなく感じてしまう。というのも、会話するにしても、コルノの話題のレパートリーが少なすぎるのだ。


「今日は、少し暖かかったね」


「そうだな。眠るには良い日だ」


「あっ、昨日? ね。眠ったら雲に乗る夢を見たよ」


「さぞ居心地が良いのだろうな」


「うん。でも、ちょっと下を覗いちゃったら、地面が遠くて、なんか落ちちゃって、びくって目が覚めちゃった」


「そういう時は飛ぶように念じてみるのではないか?」


「やったよ。けどね、うーって気張っても駄目だった。夢って思えなかったし、飛べるって思えなかったから……」


 ――と、主に今日の気温から夢見の話を延々としているのだ。コルノが楽しそうだから良いのだが、何分、色々な意味で世界が狭すぎる。このままでは改善は見込めないだろう。


 と、いうことでだ。


「我は外に行く」


 朝食を終え、コルノが謎のハーブティーを嗜んでいるところで、クライムは彼女の前に立って、片腕を掲げて宣言した。


「えぇ……」


 コルノが震える声でそう漏らす。不安に満ちあふれた表情を浮かべて、ハーブティーをすすりながら、おろおろしている。……まだまだ余裕があるな。


「やめよう?」


「貴様はついてこなくて良い。我だけで行く」


「危ないよう? 外は、……危ないよう?」


 そんなことはないだろう。時たまやってくる村人が危険じゃないのはもちろんのこと、ここ数日外に感覚を伸ばして確認してみたが危険な野獣の気配は感知できなかった。それを踏まえると、この近辺は治安が良い。


 そして、恐らくコルノもそれを分かっている。だからこんなお粗末な語彙ごいになっているのだろう。


「安心するがいい。何も森を抜けて、村に行くなどとは言っていない。そもそもこの身体では、そんな遠出は無理だからな」


「なら……庭で遊ぶの?」


「まあ、そうだな。……いや正確には遊ぶ訳ではない。そろそろ『村長』が来るだろう。あれと話してみたい」


「……村長と……」


 コルノが、眉間にシワを寄せて目をきゅうとつむる。


「適当に話したら、戻ってくる。それと我の正体は言わん。貴様の不利になるようなことは絶対に口にしないと約束しよう」


 そもそも魔王と名乗ったところで、メリットなど一切ないのだから。それでコルノが槍玉に挙げられ、断罪でもされようものなら、それこそ、この身体に長い間閉じ込められ続けることになる。


「それは別にどうでも良いけど……」


「どうでも良いのか」


 この少女、色んなことに怯えているが、割と雑なところがある。


「村長さんも悪い人じゃないから……。でも、もしかしたら、可能性として、村長さんがクライムの可愛さにあてられて、つい、つれていっちゃったりしたら……」


「ないだろう」


 ぬいぐるみを見ると目の色が変わる極まった少女趣味でもなければ、恐らく一般老人であろう『村長』は、そんな奇行には走らないはずだ。


「うーん……………………気をつけてね?」


 引き留める言い訳がなくなったのと、これ以上、無駄に引き留めることによる罪悪感で精神摩耗まもうをするのが耐えられなくなったのか、コルノはオーケーを出してくれた。


 ならば善は急げである。さっさと自身を『配置』しに行こう。


「うむ、では行ってくる」

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