第4話 太陽を見れる時間は短い
「聞くが、コルノ。貴様は人間全般と話すのが苦手なのか?」
「……うん。人の気配があると胸がきゅうってなって苦しくなって身体が重くなるの」
対人恐怖症と言ったところか。ただ、成長途中の未熟な精神性による自己意識の強さによって
根本的な原因は聞けないが、要因は何らかのトラウマによるものだ。『なんらかの原因』によって心に傷を負い、それに対面することによってほぼ強制的に肉体や精神に不調が現れてしまうのだろう。
さて、そんなトラウマを抱えた少女と接していたであろう師匠について気になることが一つあった。
「……師匠とやらは人間ではない?」
「人だよ。最初は怖かったけど、…………たぶん、慣れた?」
「なるほどな」
会話は出来るし、本人に治す気もある。そして、一応とはいえ、人と会話出来た前例もある。その師匠とやらが何かしていなければ(魔法使いであるのは確定であるため、コルノに魔法をかけた可能性もある)、ゆっくりと時間をかければ人と触れ合うことも可能なはずだ。
展望があるだけ、かなりマシだ。
ちなみに相変わらず机の下で潜りながらの会話である。
「して、コルノ。いつも通り、過ごしてみるがいい」
「いつも通り?」
「ずっと机の下にいるわけではないのだろう?」
「あっ、う、うん……」
コルノがちょっとだけ恥ずかしげに、
クライムを胸に抱いたままだが、彼は特に気にはしていなかった。移動するならこの方がずっと楽だし、近くでコルノの『日常』を見られるのだから。
「いつもは村長さんが来て、戻って行ったら、『報酬』と次の依頼を回収しに行くの」
「依頼は毎日か?」
「大体は。基本的に占いで翌日、翌々日の天気とか、獣よけの護符とか、薬の作成も定期的に頼まれるよ」
「ふむ」
コルノは中々に多芸のようだ。しかもその一つ一つの技量が高いのだろう。今、住んでいる村がどれほどの規模か分からないが、本来ならコルノの実力ならば都や王宮で活躍しても何ら問題ないはず。
コルノは立てかけていた長杖を手に取ると、片手でそれを掲げ、低く厳かな声を出す。
「《我が地に
その言葉と共に力が――魔法が、広がっていく。それなりに広範囲だ。ここがどんな場所か分からないが、少なくとも人が見えないほどの距離に魔法が『敷かれた』。
「人払いの魔法か」
「……うん。外、行かなきゃだから。前、村の子供達とばったり会っちゃった時、気絶しかけちゃったから。…………そのせいで、その子供達、怒られちゃったらしくて……悪いことしちゃったから……」
コルノが申し訳なさそうに目を伏せた。
クライムはそんな彼女を見上げ言う。
「会えるようになったら、謝れば良い」
「……うん。頑張る」
コルノが決意したようにクライムを抱く腕に力をわずかに込める。
そのまま杖とクライムを抱えたまま、歩いて行き、部屋を一つ越え、さらにもう一つの扉の前に辿り着くと、ドアノブに手を当て、呼吸を整える。恐らく、外に繋がっているのだろう。
ゆっくりと扉を開け、狭い隙間から外を覗き込む。
早朝か、太陽の光が差し込み、目がくらむ。コルノの家は基本的に窓が目張りされているのか、暗いため、太陽の光は刺激的過ぎた。
実際、コルノも太陽の光に目をしょぼつかせている。
それでもなんとか遠くを見つめ、誰もいないのを確認してから、隙間からするりと外に抜ける。
クライムは辺りを見回してみる。てっきり、精神衛生が悪そうな沼地か昏い森の一軒家かと思ったが、すがすがしいほど綺麗な草原と少し小高い丘に家が建てられている。さらに恐らく村まで続いているであろう道は飛び石が延々と続いていた。遠くに林が点在しているが、ここら辺はかなり綺麗に整えられている。言い方が悪いが不自然なほどに。
(人払い以外にも魔法の気配がする、が……幻覚ではないようだな)
恐らく、草木が生い茂らないようにするための処置だろう。コルノ自身がやったのか、それとも『師匠』の
もうちょっと観察して見たかったが、コルノが報酬やら手紙やらを手に取って、そそくさと家の中に戻ってしまった。
コルノは扉を閉め、そこに背を預けながら安心したような吐息をつく。
「…………えっと、あっ、い、良い天気だったね……」
「ああ、雲一つなかったな」
「明日も良い天気だと良いね」
「よもやあれで見納めとは」
クライムは驚いてしまう。もう外に出る気はないらしい。……精神衛生がとてもよろしい庭があるのに、それを用いないとはなんとも勿体ない。
「え、あ、で、でも護符作りとか、薬とかあったら、薬草の手配とかの手紙とか、材料あったら造らなきゃだし、あとあと……色々あるから、その………………クライムはお外行きたいの?」
不安そうに覗き込まれた。
……この少女は相手を気にしすぎている。たぶんトラウマがなくても、人と触れ合うのが苦手なのだろう。……もう少し自分本位になってもらいたいものだ。
クライムは内心ため息をつきつつ、首を横に振った。
「いや、今日は良い。貴様の『日常』を見たいのだから、我に融通を利かせなくても良い。それに占いや護符作りを見てみたいから、外に出歩くのはまた今度で良い」
「そっか……」
コルノがホッと胸をなで下ろして、少しだけ申し訳なさそうに眉を下げていた。
クライムはそんな彼女を見上げながら、気軽に外へ出歩けるようになるには、やはりかなりの時間がかかるのだろうな、とそう思わずにはいられなかった。
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