六ノ巻27話  決戦へ向かう車内にて


 渦生がハンドルを握る軽四貨物車の中で、誰もが無言だった。車がスピードを上げるまま、荷物のように揺られていた。


 気を使ってか、渦生が声を上げる。

「軽四に六人は明らか定員オーバーだがよ。職場には密告チクんなよな」


 それから誰も何も言わず、また、エンジン音だけが響く。


 無理もない、いや、すでに無理をしている、誰もが。かすみはそう思っていた。

 思えばそうだ、つい一昨日、賀来と共に黒幕をおびき出す策を始めて。

 昨日、崇春らは怪仏を追いかけ、かすみらは黒幕と出くわし、怪仏の力に目覚め。

 そして今日、早朝から黒幕と戦い、話し合い。新たな敵――結局は黒幕の配下だった――シバヅキや四大明王と戦い。そして至寂や帝釈天らと戦い。

 さらにはまた、黒幕――東条紫苑を止めようとしている。

 加えて言えば。たび重なる戦いの中、一度以上は皆、ノックダウンされるような打撃を受けている――至寂との戦いに至っては、ほとんどの者が最大の技を真正面から打ち破られて――。


 崇春の力で傷が癒えているとはいえ。全員が、無理をしている。

 さらにはそう、その崇春は。


 後部座席を全て前に倒し、フラットな荷台となったスペースの真ん中で、あお向けに横たわっていた。その目は眠っているかのようにつむられ、分厚い胸はゆっくりと上下していた。


 その傍らに――賀来と百見と共に――座ったまま、かすみは考える。

 消耗が大きいのだろう、傷を癒す力を使ってくれた分。

 百見はその力を――さらには新たな大技や、風を操る力も――使うな、と言っていた。『君の存在を削ることになる』と。

 それほどまで、あるいは命に関わるほどに、それらの技は崇春を消耗させるということだろうか。だから、思い出すな、と――しかしそもそも、それらを忘れていたというのは、いったい――。


 そのとき、崇春が口を開いた。横たわったまま、目を閉じたまま。

「奴は。東条は、いったい。なにゆえ、あんな事をしようとしとるんじゃ」


 体育座りをした百見が言う。

「……崇春。いいから、寝ていろ」


 崇春はしかし声を上げる。

「至寂さんは、自分が東条の出生を歪めてしもうた、その償いのために東条に従った、そう言うとった。つまり、至寂さん自身は死を超克することなどどうでもよい――ただ東条の意思に従った、と。ならば、その東条の意思は何なんじゃ」


 あぐらをかいた賀来が口を開く。

「あー、つまり『あいつは何がしたいのか』『何でそんなことするのか』ってこと?」


 横たわったまま崇春はうなずく。

「『怪仏の力で叶えた望み、それらは必ず歪んで叶う』そのことは東条も知っておるはず。至寂さんがついておって説明せんわけがないわ。それを、なぜ……いや、あるいは」


 目を見開き、太い眉を寄せる。

「歪んで叶う、それすらも承知の上で叶えようとしておるんか……? だがなぜじゃ、その理由、それが分かれば、あるいは――」


 かすみはうなずく。

「止められる、かも」

 彼を止めるための糸口が見つかるかも知れない。あるいは、倒すための糸口が。


 崇春は言う。

「あるいは、できるかも知れん。あやつを、救うことが」


 かすみは動きを止めていた。車の震動に体が揺れてこそいたが。

 救う――そんな発想はなかった、今までも全員が激しい戦いを潜り抜け、相手を打ち倒してきたばかりだ。

 そうなる原因を作った黒幕を、救う――。


 かすみは長く息をついた。肩が下がり、力が抜けた。

「そうです、ね」

 ほほ笑んで、そう言うことができた。やはりこの人といると、不安になれない。


 百見がつぶやく。

「……君は、このに及んでそんなことを言うのか」


 崇春が目を瞬かせる。

「むう? そう言う百見や渦生さんこそ、そうしてくれたばかりではないか」


 確かにそうだった。百見がきっかけを作り、渦生の行動が至寂を止めて。和解することができた。


「それは……」

 百見は視線をそらす。


 助手席で円次が声を上げた。

「そーだな、実際そうだ。オレぁ正直、渦生さんのことちょっと尊敬したぜ……あんとき初めて」


 前を見たまま、ハンドルを握る渦生の表情が固まる。

「……今までは、なかったのかよ?」


「そりゃそーだろ」


 渦生は頬を歪め、横目で円次をにらむ。

「俺一応指導者だよな、剣道部の! な!?」


 円次は鼻で息をつく。

「アンタから教わったこととか一つもねェよ、さっきの件以外。剣道だってオレのが強ェし。いや……教わったことも無くはねェかな、反面教師としてはなー」


「こんの……至寂みてぇなこと言いやがって。いいぜ、後で思い知らせてやる。俺の実力を、剣道でな」


 円次は笑う。

「望むとこだぜ。……この一件を片付けたら、な」


 そんなやり取りを横目に見つつ。賀来が、かすみに向き直った。

「なんか、その……ごめんな」


「え?」

 不意に頭を下げた賀来に、かすみは目を瞬かせる。


「こんなことに、なっちゃって……私が、巻き込んじゃって」


 ああ、と、かすみはうなずく。黒幕を探すための罠を張ろうという算段、そのことか。

「それは、むしろ私が言い出したことですし。こっちこそ巻き込んで――」


「いや……そうじゃない、だろ」

 賀来はうつむいていたが。大きく声を上げた。

「皆、ごめん。私とかすみで黒幕をおびき寄せる作戦をやってた――悩みを持つ奴に怪仏を憑けてるみたいだったから、私に悩みがあるって帝釈天に言って――。……皆に、黙って」


 賀来は顔をうつむけたまま、深く頭を下げる。

「ほんとにっ、ごめん。私が頼んだんだ、秘密にして、って。ちゃんと皆に話してれば、もっと――」


 さえぎるように、百見が深く息をついた。

「僕が何を言いたいか分かるか」


 う、と賀来が声を詰まらせる。

「……『君は慕何ばかか』、か」


「分かってるじゃないか。……なら、僕から言うことは何もないさ」


 怒鳴られることを覚悟してか身を縮めて、耳を塞ごうとしていた賀来の動きが止まる。

「え……?」


 車体に背をもたれかけさせながら、百見はかぶりを振る。

「僕としては、君が謝りたいということだけ覚えておくが。同じことは谷﨑さんからすでに聞いた。何よりその話は、今の事でもなければここでの事でもない」


 横たわった崇春がうなずく。

「そのとおりよ。『今、ここ』でやるべきことでもないわい。『今、ここ』でやるべきことは――」


 かすみは唾を飲み込む。

 やるべきことは。東条紫苑を、止める。そしてできるなら、救う。


 崇春は目をつむった。

「休むこと。それよ、東条の所に着いたとき、存分に動けるようにのう」


 しばらく皆が黙った後、円次が息をついた。助手席にもたれ、ずるずると身を沈める。

「そーだな、どうせ着いたらるしかねェんだ。今のうちにゆっくりしとこうぜ」


 百見がうなずく。

「崇春にしては良いことを言う。だが実際のところ、できる準備はやっておく必要もあるわけだが。……谷﨑さん、平坂さん。今だから伝えておこう、僕ら四天王の『その先の力』――」


 百見が話を続ける中、渦生が言う。

「そういや後ろの席、菓子とか飲み物置いてたろ。今朝の張り込み用に買ってたやつだ、勝手に食っていいぞ。ただ――」


 唇をなめ、アクセルをさらに踏み込む。

「ゆっくり味わう暇はねぇぞ。もうすぐ着く……今のうち、腹に入れとけ」


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