六ノ巻14話 最強の明王
一方、その少し前。
渦生は――もう何度目になるか分からないが――怒号のように言葉を発した。
「【大轟炎波・
「【武庫・大刀林】!」
厚底靴が地を踏むと同時。幾振りもの剣に戟、
至寂の声は穏やかだった。
「無駄ですよ。【
断ち折られた武器の群れはその姿を薄れさせ、薄く光る粒子となって散った。その粒子が、辺りに舞う火の粉と共に大剣の刀身へと吸い込まれる。
その一瞬後。明王の背負う炎が、燃料をくべられたかのように激しく燃え上がった。
「【――
炎は愛染の赤い腕を伝う。その手が
「ちぃっ……!」
渦生の舌打ちと共に
荒くなった息の下から渦生が言う。
「野郎……クソ厄介だぜあの力、『敵の力を吸収し』『炎と変えて放つ力』……!」
無表情に至寂は言う。
「ご明察のとおりですよ、渦生さん。愛染明王は『
顔を歪めたまま、渦生は、へっ、と吐き捨てる。
「ぬかせ。『怪仏・不動明王の剣は業を断ち斬る』だのと、前から言ってたけどよぉ……ずっと言ってやりたかったぜ。そんなことできるかよ、業の塊たる怪仏がよぉ。お前のはな、『業を背負い込んでるだけ』だ。断ち切れてなんぞいねぇ、業を吸収してるだけでな。業を消し去ったつもりで澄ました顔をしてるだけだ。……悟り澄ました顔のてめぇにお似合いだぜ、そのクソ怪仏はよ」
無表情のまま。凍ったようにそのままで、至寂は渦生の目を見ていた。
「……これは、手厳しいご意見。是非、今後の参考とさせていただきましょう。それはそうと――」
至寂の表情は変わらなかった。ただ、ほんのわずか言い淀んだ、その言葉が震えていた。
「あなたは、ここで潰す」
噛みちぎろうとするかのように、渦生は歯を剥いていた。
「言うヒマがあったらよぉ……やってみろや、あぁ!?」
弾かれたように二体の怪仏は駆けた、同時に。互いの炎がぶつかり合い、刃が火花を散らした。
「……」
賀来は。口を開けて、ぼうっと見ていた。二人の戦いを、ではない――なんとなく横目に、様子をうかがいはしていたが――。
その右目が金色に光り、
「――何をしておる、魔王女よ! 目の前の戦いから目を背けるとは、大体――」
その目だけが、ぐりん、と動き、渦生の方を見る。
「――
ぽつりと賀来はつぶやいた。
「戦ってる」
「――……は?」
「戦ってるんだな、あいつは。本当に」
その視線の先には渦生らではなく、かすみがいた。吉祥天――武装したそれを、かすみは多聞天と呼んでいたが――を操り、
ため息をついた。
「前から悔しそうにはしてた、あいつは。崇春たちが戦ってるのに、自分は何もできない、って。はっきりそう言ってたわけじゃないけど、見てて分かるぐらいには。……だからこそ、我と二人で黒幕をおびき出そう、って話になったんだし」
「――であれば良いではないか、そんなことより加勢を――」
賀来はツインテールの髪を指に巻きつけ、くるくるともてあそぶ。
「……気に入らない」
「――は?」
うつむき、髪を巻きつける手を早めながらつぶやく。
「気に入らない、気に入らないぞ私は……我は。優しいあいつがわざわざ戦って、敵をボコボコにしたり、されたりなんて……見たくない」
顔を歪め、厚底靴のつま先で何度も地面を蹴る。
「誰が戦ってようとあいつは後ろにいたらいいんだ、それでツッコミだけしてたらいいんだ! 私は……見たくないぞ、あいつが戦うところなんて。友だちが戦うところなんて」
振り向き、二人の方を見た。今まさに戦っている、渦生と至寂の方を。
歯を剥き出して顔を歪め、そちらを指差す。
「んで! 友だち同士で戦い合ってる、あのバカども! あいつらだって気に入らないんだ……!」
そのまま駆け出す。
「行くぞアーラヴァカ! あいつらぶちのめして止めてやる……! あいつらも、かすみも、崇春たちも、誰も戦わなくていいように!」
金の右目を光らせて。顔の右側、
「――心得申した! この
賀来の手が、導かれたように合掌する。その動きに合わせ、
「――我が怒れる像容に諸説あり。十八面三十六
同じ色のもやが立ち昇り、形を取る。それは賀来の顔の周りで、十七枚の鬼神の面となって浮かぶ。
明王は金色の目を見開いた。
「――我は『慕情』の怪仏・アーラヴァカにして『鎮護』の怪仏・
合掌した賀来の手を除く、たくましい三十四の手には。いつの間にか様々な武器が握られていた。剣、戟、
それらが掲げられ、一斉に打ち振るわれる。巨大な翼のように。
空を打ち、裂くその刃が腕が、
その風の向かう先。
渦生と至寂が目を見開く。
「何ぃ!?」
「何、と……!」
そうして、なおも止まらぬ猛風は。二人と怪仏らをもろともに打ち倒し、吹き飛ばした。
倒れ伏した二人を見下ろし、賀来は両手を腰に当て。三十四腕を構えて言う。
「見たか愚民ども。これぞこの我、魔王女たるカラベラの! 一の忠臣、
風にえぐられ、荒野のような地肌をさらす周囲の地面に目をやる。わずかに顔を引きつらせた。
「……まあ、我も初めて見たが」
よろめきながらも至寂と両頭愛染が立ち上がる。
「……お見事です。かつて、異国よりの侵略の際、
至寂は合掌する。その表情はあくまで静かだった。
「真に真なる最強は。
そして深く、頭を下げた。
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