六ノ巻11話  その力は


 一方、その少し前。


 正観音ライトカノンModeモードC=シ=vaヴァ】、破壊神たる大自在天の姿を模した怪仏が崇春に向かい、四本の腕で印を結んでいた。

「――受けろ正義の破壊光! 【ダブル・終焉呼ぶ光】!」

 その手の先の空間から、空気を震わせて二筋の光条が走る。


「ぐ……おおおぉっ!?」

 拳を放つ体勢でいた崇春は身をかわす間もなく、その光に呑み込まれるかと見えた。


「崇春さん!!」

 かすみは思わず叫び、駆け出そうとしたが。


「なんの、【南贍部洲なんせんぶしゅう職風しきふう拳】!」

 崇春は繰り出しかけていた拳の軌道を変え、自らの足下を打つ。拳から吹きつける風が砂塵さじんと共に崇春の体を浮き上がらせ、光条の上へと逃れさせた。


 風の力。そんなものが使えたのかと、かすみは目を瞬かせたが。

 とにかくよかった、あの攻撃から身をかわせたのだから――


 が。横から声を上げる者がいた。まるで非難するみたいな響きで。

「崇春……! その力、その力は……!」

 百見が眉を寄せ、口を開けかけ。とがめるような視線を崇春へと向けていた。


 かすみはまたも目を瞬かせる。

 今の崇春の行動はほめられこそすれ、非難されるいわれはないはずだ。それをなぜ。


 だが、前にも同じようなことがあった。

 裏獄結界が形作られる前、紫苑と協力してシバヅキと戦ったとき。崇春は新たな技【閻浮提えんぶだい覇王拳】を放ったが。

 何をしている。思い出すな、その力――そう、百見は言っていた。敵を撃退した崇春に対し、怒気すら見せて。


 思い出すな、ということは。それらの技は崇春がかつて使っていながら、忘れていたということか。

 しかしなぜ、思い出すな、と? いずれも有用な技だ、現に今もその技のおかげて崇春は助かった。強力過ぎて危険だとか、崇春自身にもダメージを及ぼすということだろうか? 見たところ、そこまで消耗している様子はないが。

 それに、忘れたというのも何なのだ。自分の技をそうもすっかり、まるで存在ごと忘れられるものなのか? 


 同じ疑問を感じたか、円次も眉をひそめていた。


 が。

「――どこを見ておる」

 帝釈天はその隙を見逃すことなく、新たな稲妻を放っていた。百見と、崇春へ。


「むう!?」

 着地した崇春が防御の姿勢を取ろうとするが。

 それより早く、稲妻が宙を裂いて殺到し。


「無論。見るべきところを、さ」

 それよりも速く。百見の繰り出す墨の矢が、自身と崇春に向かう電撃を打ち落とした。


「――何……!」

 帝釈天はうめきつつも、独鈷杵ヴァジュラを構え直して円次と百見を牽制する。


 崇春の方を向き、百見は言った。

「その力……いや、それでいい。よくやった」


「むう……? 何なんじゃ、どういう――」

 崇春自身も疑問に感じたか、いぶかしげに眉を寄せた。


 百見はそれに取り合わず、構えを取り直す。

「今は緊急事態だ、言葉のとおりに一分一秒を争う。その力、思い切り使ってくれ」


 そのとき。

「――ええい、何をごちゃごちゃと! 今度こそ、受けよ正義の破壊光!」

 【Modeモードシー】、大自在天の姿をした正観音ライトカノンが身を乗り出し、四腕を構える。印を結んだその手が、凶暴な輝きを帯びる。

「――【ダブル・終焉呼ぶ光】!」


 崇春は。ふしゅううぅ、と息をついていた。長く、深く。

「心得たわ。この力、わし自身よう分からんが。思い出したからには存分に振るうとしようわい」

 顔の前で交差させた拳を、腰へと引き絞る。その手が金の光を帯びる。

「ぉおおおおおっ! 受けよ、【閻浮提えんぶだい覇王拳】!」


 澄んだ金色こんじきの光が、ぎらつく破壊光とぶつかり合う。


 一方、円次は帝釈天へと斬り込んでいた。

「じゃああああらァッッ!」

 左下から斜め上、右肩へ向けて斬り上げる。きらめく刃をひるがえし、敵の頭上、右上から斜めに斬り下ろす。


「――ぐう……!」

 帝釈天は武器を構え、迫る刀を受け流すが。


 刃の流れは止まらなかった。左斜めからの袈裟斬けさぎりに肩口へ。左真横へひるがえり、横一文字に胴へ。さらには大上段へと振りかぶり、真っ直ぐに頭へ。

 その猛攻は、黒田に憑いた阿修羅との戦いで見せた連続技。比良坂心到流ひらさかしんとうりゅう居合兵道いあいへいどう奥伝おうでん、【捲来まくり】。


 さばき切れなかった斬撃に血を流しながらも、帝釈天は致命傷を避けていた。顔を歪め、割られかけた頭から血を垂らしつつ大きく跳び退く。


 その頃には、百見はすでに唱え終えていた。

乾地旱天かんちかんてん、雨たばえ。護法龍王、天水給てんすいたばえ。難陀なんだ跋難陀ばつなんだ和修吉わしゅきつ沙伽羅しゃから徳叉迦とくしゃか阿那婆達多あなばだった摩那斯まなし優鉢羅うぱらの八大龍王」


 親指だけを絡めて両手を広げた印を掲げる。

「オン・メイギャシャニエイ・ソワカ! 諸龍が王たる広目天が眷属けんぞくでて激せよ八大龍王――【八龍激斗はちりゅうげきと】!!」


 広目天が筆を地に揮う。墨を流し、描き出したのは海だった。大波たけり、飛沫しぶき舞い散る墨の海。

 その内から、海面を割るように。黒い水を散らして八体の龍が姿を見せた。一体一体が広目天自身の胴ほどもある龍は、その体を水流のように、雲が立ち昇るようによじらせる。

 牙を剥き、黒い飛沫を雨のように散らして。帝釈天を取り囲むように、八大龍王が向かっていく。


「――なんの、【散雷の――】」

 独鈷杵ヴァジュラに稲妻を走らせた帝釈天が、地にそれを叩きつけようとしたとき。

 何かがその顔へ向けて投げつけられた。

「――ぶ!?」


 円次が身を引きつつ、ベルトから抜き出しざまに放ったさや

 無論、食らったところでどうなるものでもなく、そもそも帝釈天は手を上げて防いではいたが。

 一手遅れた。その反応のせいで、迫り来る八龍への対処が。


 竜巻に、あるいは渦潮に巻き込まれたかのようだった。

 八大龍王が帝釈天の腕に脚に胴に絡み、流れるような動きで身をよじらせる。


「――ぬ!? ぬおおおお、ぉ……」

 龍はなおも絡みつき、帝釈天のうめきはそこで止まった。もはや声すら上げられないほど絞められていた、その腹が、胸が、首が頭が。水流のように止まることなく締められていた、腕が脚が。その関節の向きなどお構いなしに。砕かんばかりに。



 一方、崇春は。


「ぉおおおお……うおおおりゃあああーーっ!!」

 両の拳から放つ黄金の光、それがおぼろげに構成する巨大な双拳。正観音ライトカノンの放つ青白い光と押し合っていたそれが、今。

敵の力を、震えながら押し戻し。そして、打ち破った。


「――ぐああああああっっ!!?」


 拳を受けた正観音ライトカノンは大きく吹き跳び、音を立てて地に落ちた。龍王に巻きつかれたままの帝釈天のそばで。


 印を掲げたまま――その技のため消耗したのか、荒い息の下から――百見が言う。

「僕ら四天王、それぞれの奥の手といったところか……この手を打ったからには逃しはしない、悪いがこのままお別れだ。崇春、正観音ライトカノンの方を――」


「――……ふ……」

 かすれたような声だったが、笑った。八龍に巻きつかれ、今まさに砕かれようとしている帝釈天は。


 正観音ライトカノンも笑っていた。横で大の字に倒れたまま。

「――フ、フハハ……ハハ、ハーッハッハ……!」


 苦しげに息をつきつつ、帝釈天が言う。

「――奥の……手、か……大したもの、だ、が……」


 正観音ライトカノンが身を起こす。

「――我々も使う羽目になるとはな……いや、やはりそうなったか。しかし我ながら、上手い方向に吹っ飛ばされたものだ」


「――ああ……残って、おるか、針は……」


「――無論。【ModeモードA=エ=nmaンマ】の力、そこだけは残しておきました」


 言われてみれば。辺りには未だ、立ち木のように大きな針がいくつも突き出ていた。正観音ライトカノン閻摩えんま天の力を模して現出させたものが。


 震えながら正観音ライトカノンが立ち上がる。ベルトへと手をやった。

「――観音変化身カノンチェンジ……【Modeモードティー】」


 ひび割れたバックルに電子光が灯る。同じく割れたような声で、電子音声がかすれながらも響いた。


I‘llアイル TELLテル youユー TERRORテラー fortuneフォーチュン! THE manマン willウィル comeカムheヒー soソー TOUGHタフheヒー soソー TERRIBLEテリブル! Heヒー isイズ THE godゴッド, godゴッド ofオブ THUNDERサンダー! 【ModeモードTaisyakutenイシャクテン】!』


 バックルから放たれた光に全身が包まれる。光が収まったとき、正観音ライトカノンはその仮面の他、帝釈天と同じ姿へと変わっていた。


「――ゆくぞ帝釈天殿……!」

 正観音ライトカノンが掲げる手には、帝釈天と同じ持物じぶつがあった。稲妻の走る独鈷杵ヴァジュラが。


「――心得、た……!」

 帝釈天自身もまた、龍に巻きつかれた手を無理に伸ばした。自らの持物じぶつを持った手を。


 百見が目を見開き、辺りに突き出た針へと視線を向け。その顔を引きつらせた。

「いかん! 離れ――」


 その言葉を最後まで言わせることなく。火花を散らす二つの独鈷杵ヴァジュラが、重ねられた。


「――【震天雷しんてんらいの、因陀羅インドラ珠網ジャーラ】」


 目を覆わずにはいられない――少なくとも、見ていたかすみはそうした――ほどの光が走った。白い光。音も何もなく、ただ強い光。それが辺り一面を覆った。

 それに遅れて音が来た。ご、と響く音。まさに轟く雷の音。


 そして、かすみが目を開けると。

 崇春らが倒れていた。

 時折電流の走る体を震わせ、三人が倒れていた。

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