六ノ巻10話 親友、相討つ
印を結んだ至寂が言い放つ。
「
渦生もまた印を結ぶ。
「大層なカッコになってもそれかよオイ、バカの一つ覚えだな! 【大轟火弾・金剛災】!」
赤熱した戟の刃から、身の丈ほども直径のある火弾が放たれた。向かい来る大剣と打ち当たり、押し合う。
その間に渦生と
「決めろや
横殴りに振るわれた戟が炎を放つ。身の丈を軽々と越え、目を射るように白く輝く炎が至寂を、
その炎の中から、しかし静かに声が上がった。
「【
炎の中から。それを破るように、炎が上がった。
真っ赤な炎。
その炎が広がった、まるで大きな鳥が翼を打つように。火の鳥は大きく首をもたげ、渦生へとそのくちばしを向ける。翼を一打ち羽ばたかせ、覆いかぶさるようにそちらへと向かい。
消えた。何かに吹き飛ばされたのではなく、ただそこで消えた。まるでガスを止められたコンロの火のように。
「な……」
目を見開いた渦生は、一瞬後にひどく顔をしかめた。
「何のつもりだ。何で消した、今の炎。……情けをかけようってのか。今さら……!」
至寂は真っ直ぐ顔を上げ、視線は決して渦生に向けなかった。
「そちらこそどういうつもりです。……先程の間があれば、炎の波など放つ必要はない。危険を冒してでもそのまま斬り込み、刃を
そのまま二人はにらみ合う。だが、すぐにお互い視線をずらし、顔だけを向け合っていた。
そのとき。
ばん、と重く殴ったような音が響いた。
二人がそちらへ視線を向けると。
そこには
明王ではなく賀来が言う。
「あの、頼む! 頼むから、お願いだからやめようこれ……二人だってしたくないんだろ、だろ? な、その……ですけど。だから……やめよう、これ?」
あいまいに視線をさ迷わせた後、合掌したまま頭を下げる。
「やめよう、友だちだろ? 二人は。こんなことしちゃダメだ、良くないって……あれだ、ちょっと一緒にご飯でも食べて、お腹いっぱいになってから話し合えばだな、気分も変わって――」
「は」
そう、笑うように息をついたのは渦生だった。
「は。は。は、は、は、はは……は、ははは」
太い歯を剥き出し、身を震わせ。額に手を当て、身をのけ反らせて笑っていた。
「はは、傑作だなオイ、至寂ちゃんよぉ……そんなんで水に流せってよ、このお嬢ちゃんはよ」
引きつったようにその頬を歪める。
「許せるかボケ……またやらかそうってのか
至寂は動きを止めていた。
もはや笑みもせず、無表情に渦生を見やる。
「そのとおり、
渦生の頬が、ぴくり、と震える。
二人の間には何の言葉もなく。
ただ互いの明王の背負う炎が、焦げつくほどに燃え盛る。その音だけが風に響いた。
その間でおろおろと二人を見回し、賀来は三十六の手を、所在なさげに二人に向けていた。押しとどめるように。
やがて渦生が言った。視線は敵へと据えたままで。
「ありがとよ、ガーライルよぉ……おかげで、やらなきゃいけねぇと解った。死んだ、そのバカに殺された師匠の分までよぉ……!」
至寂もまた、固く笑う。
「そう思いたいなら思うがいいでしょう、止められるものなら止めるがいい。沙羅……いや渦生! 来なさい、
燃え盛る二つの炎を横目に。ツインテールの髪をつかむかのように、賀来は頭を抱えて身を反らせる。
「だーっっ!? だ・か・ら! 頼むから、聞けってぇぇぇ!!」
「オン・クロダナウ・ウン・ジャク! 放って・燃やして・焼き尽くせ! 【大轟連弾・
「ノウマク・サンマンダ・バザラダン・カン、ウン・タキ・ウン・ジャク・ウン・シッチ! 【
両頭愛染の体のうち青い腕、不動明王のそれが大剣を振るう。三連続で繰り出されたそれは火弾を全て両断した。
そして、
「何!?」
「【――
愛染明王の赤い顔が、か、と目を見開く。同時、その背に負う火炎が、空を
まるで内なる怒りに耐えかねるかのように、両頭愛染は身をよじらせ。赤い腕で、
爆発音にも近い震動を立て、湧き上がった炎は。渦生と
だが、炎の一部が中から膨れ上がった。
そう見える間に火を打ち払い、その中から賀来が飛び出してきた。
「――
離れた場所に着地し、渦生らを下ろし。右目を金色に光らせ、
「……すまん。助かった」
渦生がそうつぶやくのを聞いた後。
視線を落とし、今度は賀来が言う。
「うー……正直、やりたくはないのだが……」
至寂へと目を向ける。
至寂は変わらず、渦生を見据えていた。
ただ、背後の両頭愛染は。先ほどの火で焼け焦げた赤い腕を、青い腕がきつく押さえていた。火傷の痛みをこらえるように。あるいは、その腕のしたことをとがめるかのように。
賀来はつぶやく。視線を落として。
「……やる、私も。そうでなきゃ、大変なことになるみたいだし……よく分からないが。だいたい……友だち同士、戦わせたくない」
今度は
「――であれば迷うな、魔王女よ。
「うー……」
歯車の軋むような声を賀来は上げる。
それをよそに、二人の男は変わらず、刺すような視線を互いに向ける。
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