六ノ巻9話  観音モード・A・B・C


 崇春は静かに、正観音ライトカノンと対峙していた。


「むう……。思えばおんし、敵ながらなかなかの目立ちもんよ……このような形で戦うことなど、なければ良かったんじゃがの」


 正観音ライトカノンは両手を腰に当て、背を反り返らせて笑う。

「――ハーッハッハ! これは光栄だな、少年! ……私も正直同じ気持ちだ。君の堂々たる目立ちへの姿勢、君なりの正義に向けた一本気な在り方……リスペクトするところではある」


 そこで、ば、と身をひるがえし、構えを――戦うための身構えというより、片手を拳に握りつつもう片方の手は翼のように広げた、決めのポーズを――取る。

「――が! それでも私は正義のため、つまりは我があるじの望みのため! 戦うのみ!」


 崇春は拳を構える。

「そちらに退く気がないならば、わしも力を以て押し通る! ゆくぞっ!」


 跳び込み、拳を繰り出す。

 だがその一撃は阻まれた。敵の目の前、地面から突如伸び出た、針の群れによって。

「むうぅ!? こりゃあ、まさか――」


 壁のように隙間なく突き出た、針の向こうから声が通る。

「――言っておくぞ少年。私の、つまり『怪仏・六観音』の本体はここにはない……それは馬頭観音バトー如意輪観音ニョイリーンの化身に込め、すでにあのお方の下にある。私はただの残りカスに過ぎない、倒したところで紫苑様の計画は止められん」


 語気を強めて声は響く。

「――だが! 残りカスとはいえ全力を尽くす、それこそがこの私の正義! ゆくぞ少年、このヒーロー・正観音ライトカノンの力見るがいい!」


 針の壁を向こうから断ち切ったのは、石造りの剣。

その向こうに姿を見せたのは。斉藤が扱ったものと同じ、石で形作られた閻摩えんま天。ただしその顔は石に覆われていない、正観音ライトカノンのものだった。


「――観音菩薩は『変転する神仏かみ』、そうしてあらゆる者を救う。六観音の姿に限らず、救うべき対象に応じて男に女に、老人に童子に、富者に貧者に姿を変える。『妙法蓮華経・観世音菩薩普門品』、すなわち『観音経』において説かれしその数、実に三十三変化身。その内には別の神仏かみの姿さえある――これがその一つ! 正観音ライトカノン、【Modeモードエー】!」


 閻摩えんま天の衣の上で、そこだけヒーローめいた意匠のベルトが輝き、けたたましく合成音声を上げていた。


It‘sイッツ the ACEエースACEエース ofオブ ACESエイシズ! It‘sイッツ the ACEエースACEエース ofオブ Spadesスペーズ! 【Modeモードエーisイズ the kIngキング ofオブ killingキリング! ANDアンド it‘sイッツ the kingキング ofオブ hellヘル! 【ModeモードA=エ=nmaンマ】!』


 閻摩えんま天の体のまま、びしり、とポーズを決めてみせる。

「さあ……ゆくぞ!」

 言うなり、石の剣を地に突き立てる。

 針の群れが地面から突き上がり、波のように崇春を襲う。


 向かい来る針の群れにもひるまず、崇春は前へと踏み込んだ。

「おおぉぉっ! 【スシュンキック】じゃああーっ!」


 横殴りに繰り出す回し蹴りが、草を刈るように針を折り飛ばす。逆の脚で続けて繰り出す後ろ回し蹴りが、第二波の針をも薙ぎ倒した。



 一方。

「……っ」

 崇春たちから距離を取ったかすみの横で、斎藤が何か言いたげに口を開けたが。それ以上言葉を発することなく、拳を震わせていた。


 かすみが何か言おうとする、その前に崇春が声を上げる。

「こんな針がなんぼのもんじゃい、斎藤のはもっとつよかったわ!」


 その言葉に。斉藤の拳の震えは止まり、かすみもわずかに息をついた。



 崇春は駆け、距離を詰めるが。

正観音ライトカノンもまた、ひるむ様子はなかった。

「――さすがに真似ただけの偽物、本家に及ぶべくもないか……だがそれでも! 正義を貫く志、それだけは本物だ! 【Modeモードビー】!」


 かけ声と共にベルトのバックルに手をやり、装飾の宝玉をダイヤルのように回す。

 何かの装置のような大振りなバックルが、機械仕掛けの声を上げた。


BLASTブラスト! BRAVOブラボー! BANGバンBANGバンzaiザイ! 【Modeモードビー】is BIG=BANGビッグバン powerパワー! 【ModeモードB=ビ=shamonシャモン】!』


 か、と白い光が正観音ライトカノンを包む。輝きが収まったとき、それはもう閻摩えんま天の姿を取ってはいなかった。

 たくましい身を黒い甲冑に包み、片手に宝塔、片手にげき。毘沙門天――刀八毘沙門天ではない、一面二臂にひの姿――がそこにいた。顔だけはやはり、ヒーロー然とした仮面のままだったが。



「な……っ」

 今度はかすみが息を呑む。横にいる吉祥天も同様だった。

 できるのなら。できるのなら今すぐ走っていって、その力を引っぺがしてやりたい。そして取り戻したい、戦う力を――もっとも、力を奪って言ったのはあくまで紫苑。正観音ライトカノンの力は本人が言うように、偽物なのかもしれないが――。



 崇春の駆ける足は止まらない。

「ぉおおおおっっ! 【真空スシュン跳び膝蹴り】じゃああ!」

 足を踏み切り、相手の顔面へ向けて膝蹴りを繰り出す。


「――なんの、受けよ毘沙門天の剛力ちから!」

 崇春めがけて三叉戟さんさげきが振り下ろされる。


 が。その刃を受けるより先に、崇春は空中で身をひねる。

 放つと見せた膝蹴りはおとりに過ぎなかった。体を回転させ、逆の脚をかかと側から振り下ろす。

「【胴廻しスシュン脚】!」

 後ろ回し蹴りが戟の柄へと絡みつく。そのまま横へと打ち払い、崇春は敵の前に着地する。


「もろうた! 受けよ――」

 構えた拳が光を帯びる。


 だが正観音ライトカノンの体もまた、光を放っていた。

「――【Modeモードシー】!」


COOLクールCOOLクールCOOLクールCOOLクール! Soソー COOLクールit‘sイッツ tooトゥー hotホット! 【Modeモードシー】,it‘sイッツ the CLIMAXクライマックス nowナウ! Soソー youユー haveハブ toトゥ CRYクライMAXマックス! 【ModeモードC=シ=vaヴァ】!』


 しなやかな青い体に四本の腕。シバヅキが、そして紫苑が垣間見せた、破壊神シヴァたる大自在天。

 その二組の手が同じ印を組む。

「――受けろ正義の破壊光! 【ダブル・終焉呼ぶ光】!」


「ぐ……おおおぉっ!?」

 空気を震わせる二筋の光に、自らの声もろとも崇春は呑み込まれゆく。




 一方。

 至寂をにらむ渦生、その傍らでは烏枢沙摩うすさま明王が、赤い炎髪えんぱつを逆立てて身構える。明王の背には今、身の内から溢れるように洩れ出た炎が揺らめいていた。火の粉の爆ぜる音を立てて。


 その視線を受け止める至寂、そのそばには両頭愛染りょうずあいぜん。その背には同じく炎が揺らめく。ごう、と盛る音を立てて。


 男たちも怪仏も、一言も発することはなく。炎の音だけが辺りに響いた。


 その中で。賀来は双方に――時にはかすみや他の者の方に、すがるように――視線をさ迷わせながら、あいまいに口を開く。

「……あー、……その。ほら……二人とも、とっ、友だち、だろ?」


 押し留めるような手を二人に向けて続ける。

「それにほら、大人なん、だし……ここは一つ、冷静になって話し合いを、だな」


 二人の男は返答を返すことなく、その視線が揺らぐこともなかった。


 痛むかのように胸を押さえながら賀来は言う。

「その、だから、だなー……あっ、そう、そうだ!」

 手を一つ叩く。笑った。

「お茶でも飲みながら話してみないか、私の、我のオススメのカフェがあってだな隣町だけど、スゴいんだぞそこは何と言ってもだな、セットメニュー頼むとなんとなんと! イギリス貴族みたいな段々になったお皿のセットに載ってくるんだぞ! なんていう食器か知らないけどあれ……だからっ、な? 思い切って私が、この我がおごってやってもよいから――」


 渦生が口を開く。

「至寂。……行くぞオイ!」


 至寂が声を上げる。

「ええ、沙羅……来なさいっ!」


 賀来が叫んだ。

「だから一緒にー、って――聞けええぇぇ!!」


 その声をかき消すように。二人の放った怪仏が炎を、刃をぶつけ合う。

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