五ノ巻23話  剣戟、すでに


 一方その頃。

 平坂円次は斬り結ぶ白刃のもとにいた。


 畳の広間――茶道の体験学習などに使われる作法室。現実の学校でもほとんど足を踏み入れたことはない――で明王がげきを繰り出す。


「ちぃッ!」

 円次は手にした刀【持国天剣】を振るい、踏み込みつつ戟を左へ払う。


 そのまま刀身を滑らせ、戟の柄を押さえつつ前に出る。そうして抵抗を封じたまま、戟を持った敵の腕へと刃を走らせる――比良坂心到流ひらさかしんとうりゅう居合兵道いあいへいどう、槍止め技の一つ【橋詰はしづめ】――、そのつもりだったが。


「――無理・無駄・無意味の三拍子である!」

 対する明王は三つの顔でそう言い放ち、戟を弾かれるままにして。残る手に持つ武器を振るう。その腕は八本、戟一つ弾かれたところで残り七腕。

 直剣と金剛れいが交差し、円次の刀を受け止めた。と同時、武器を持たない三つの手が、貫手ぬきて――手刀の形に指を伸ばしての突き――を繰り出す。


 ブレザーの裾をその指先に裂かれつつ、頬を引きつらせて円次は跳び退く。と同時、考えるより先に自らの腕が刀を振るう。目の前に飛んできた矢を、ちょうど刀身が打ち払った。それからようやく、明王が残る二腕で弓を構えていたことを視界の隅で確認した――円次の戦闘勘は思考より速く、反射に近い速度で肉体を動かしていた――。


 そのとき、騒がしい声が畳の間に響く。円次でも対する明王でも、同行していた帝釈天でもない。

「――ウマーッハッハッハ! 【縦横無尽のッハ疾駆】!」


 その怪仏は重力を無視したように上下逆さまで、天井を駆けていた。陸上選手のように指先まで伸ばした腕を振り、大きなストライドで。

 その身につけているのは金色のボディスーツ、額に蓮のつぼみの意匠をあしらった、同じく金のヘルメット。


 昨日学校中を追い回し、今朝円次が戦い、二手で斬り倒した相手。帝釈天が先ほど、紫苑から預かっていた大黒袋の分包――見た目は小さな錦の巾着――からび出した存在。正観音ライトカノンと名乗る怪仏がそこにいた。

 ただ、今はその胸に刀傷の跡が斜めに走り――円次が斬り倒したときのものだが、大黒袋に封じられていた間に塞がってはいるようだ――、さらに腰には見慣れぬ、機械仕掛けのバックルがついたベルトを巻いていた。


「――我が強敵とも馬頭観音バトーよ、役立つぞお前の力ありがとう!  そして行くぞ、我ら二人の友情ぢから! 【究極馬力の観音蹴カノンキィック】!」

 正観音ライトカノンは天井から跳び、光をまとった蹴りを繰り出す。


「――ぐぐ……!」

明王は八腕を構えて受けるも、その勢いに後ずさる。


 その隙に着地した正観音ライトカノンは、素早くベルトに手をやる。その左右に並んだ、小さなポーチへと。

「――力を借りるぞ仲間たちよ! 【観音変化身カノン・チェンジ】!」

 取り出した二枚のカードを掲げ、バックルの機械部分へと差し込む。バックルはLEDに似た光を点滅させ、合成音声を甲高く上げた。

『――Yo,yo,yo,youユゥ gotガッ doubleダボゥ powerパゥア! 【Form:KEN=JACKケンジャクア~~ンドゥNYO=E=RINGニョイリーン】!』


 バックルからさらなる光が放たれ、正観音ライトカノンの両手に宿る。その光が収まったとき、片手には長いロープ、もう片手には金属の輪があった。

「――頼むぞ不空羂索観音フクー如意輪観音ニョイリーン!」


 ロープの先に備えつけられていた、カラビナ状の金具に金属輪が取りつけられる。それを投げ縄のように、頭上で大きく振り回して勢いをつけた。金属輪がやがて輝きを帯び、光の尾が孤を描き出す。

「――行くぞ正義の合体技、【勧善懲悪かんぜんちょうあくの完全超縛】!」


 放たれた投げ縄は明王の戟に打ち落とされるかに見えたが。その刃に打ち当たる寸前で輪は直径を大きく広げ、戟は宙を突いたのみだった。

「――何!?」

 明王の三面が目を見開く間にも飛び来る輪は直径を広げ、その体を飲み込む大きさとなり。そして突如、径を縮めた。

 金属輪は明王の体に、ぴたりと張りつくほどに収縮。複数の腕を拘束した。


「――ぐっ……!?」


「――もらった! さらに受けろ、羂索けんじゃくの戒めを!」

 正観音ライトカノンが振るうロープ――一部の仏の持物じぶつとして投げ縄である羂索けんじゃくがあると、百見が確か言っていた――がさらに明王へと巻きつき、輪に収め切れなかった腕をも拘束する。


「!」

 円次は刀を構え直す。今なら斬れる、明王を。

 だが。円次の足は、それ以上踏み出そうとはしなかった。

 臆したわけではない。そこまで脳天気ではないだけだ。つい今朝方戦った敵と協力できるほど。


 帝釈天や正観音ライトカノンを率いる黒幕、東条紫苑。シバヅキとやらに囚われたそいつを助けて、話し合えば大団円だと谷﨑辺りは思っているのかもしれないが。

 円次は、そう思えなかった。

 円次の親友、剣友たる黒田と、曲がりなりにも部の顧問である品ノ川に怪仏を憑け、操った張本人。その東条紫苑を、助ける? 


 いや、助けるのはいい、見捨てるのは寝覚めが悪過ぎる。

 だが、信用はできない。

 少なくとも、何らかの形で東条に借りを返させるまでは。信用できない――すべきでもない。東条も、その配下たる帝釈天らも。

 円次の前にいるのは明王という敵と、帝釈天に正観音ライトカノンという敵。その目の前でうかつに斬りかかり、もう一方の敵に隙を見せるわけにはいかない。


 正観音ライトカノンは円次の警戒に気づいた様子もなく、新たなカードをバックルに差し込む。

A=Chohhhアチョ~~! Your all enemy must DIE,orオ~マ alreadyエハ モウ DEADシンデイル! 【Form:SENJYUセンジュ】!』


 数え切れぬほどの光の筋が、バックルから正観音ライトカノンの肩へとほとばしる。光が収まったときそこには、羽根を広げたかと見まがうほどに数多あまたの腕がそなわっていた。

 その腕を、左側は前に出し右側は引き絞り、正観音ライトカノンが構えを取った。

「――ぉあたぁ! 喰らうがいい千手観音センジュの力、【戦慄千裂の観音拳カノンナックル】! ほぉあったったったたたたたぁ!」


 果たして繰り出される、その名のとおり千あるかとも思われる無数の拳が、それぞれまばゆい光をまとって。無邪気に斬りかかっていれば、円次も巻き込まれかねなかったほどの大技が。


 無数の拳を鈍い音と共に全身へ受けながら、明王は三面の歯を食いしばる。

「――ぬぐぐぐぐ……オン・ソンバ・ニソンバ・ウン・バサラ・ウン・ハッタ……ごうぅああ!」

 真言を唱えながら、胸に腹に顔面に拳を受けながらも足を踏み出す。前へと突き出した蹴りが、正観音ライトカノンの胴を捉えた。


 と、同時。その足裏から広がった鈍い光が正観音ライトカノンの全身を包み。ヴン、と震えるような音を立てて消えた。

 そしてまた、消えていた。正観音ライトカノンの千の腕も、明王を縛る輪も綱も。まるでその映像の電源を落とされたかのように。


 三面八臂はっぴ、正面の顔のみ三眼の明王は、武器を構え直しつつ大笑たいしょうする。

「――ごう~~! ごう三世さんぜ降三世降三世ごうさんぜごうさんぜ! 吾輩わがはいの力により、貴様はもはや無力である!」


「――何ぃ……!」

 自らの両手とベルトを見回す正観音ライトカノンを見下ろし、明王は嘲笑うように三眼を歪ませた。


「――吾輩わがはいは四大明王が一、東方守護者降三世ごうさんぜ明王。仏像におけるその姿は説話に基づき、仏法に逆らう『大自在天』とその妻『烏摩うま』を踏みつけ、動きを封じて倒す姿に形作られる。よって」

 だだん、と畳を震わせて、両足を踏み締める。

「――我が【降魔降伏降三世脚ごうまごうぶくごうさんぜきゃく】の力において、封じたのである貴様の能力! どんな敵をも無力と化す、吾輩こそ四大明王最強! 故に、貴様に勝ち目がある・ない・どちらでもないでいえば! 確実にないのである!」


 再び、だだん、と足を踏み、見得を切るように八腕を掲げる明王へ。円次は黙って構えを取った。

 果たして先ほど、正観音ライトカノンが作り出した隙に斬りかからなかったのは吉か凶か。それさえも分からぬまま。


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