五ノ巻10話 不死殺し
「――な……」
三眼を見開き口を開け、
「――ほざけ……! この四大明王が一、
それに取り合わず、崇春は背を向けた。ふらつきながらもステージの方へと歩く。
「それより一杯、茶をくれんか……斉藤、そっちは大丈夫かの」
「ウ……ス! そっちこそ、ス」
弾かれたようにその巨体を起こし、斉藤は茶の袋を取った。足音も重くステージから降り、崇春へと駆け寄る。
よろめいた崇春の体を、その太い腕が支える。
「大丈夫、スか」
荒い呼吸を繰り返しながら崇春は笑う。無言のまま、手を差し出した。
斉藤が慌てたように取り出す、茶のボトルを受け取って開け。底を天に向け、喉を鳴らして飲み干した。
「かぁーっ! 美味い! 美味いわい! 生き返るわ!」
胸の底から息をつき、震えながらペットボトルを握り締める。手の中でそれがへこむ音を立てた。
「…………」
空のそれに目を落とし、何度か瞬いた後。ふたを閉め、懐に入れた。
笑って斉藤の肩を叩く。
「お
ささやいた。
「それと、の。合図したら、針を全て
「茶は美味かった、有り難い限りじゃわい。じゃが――」
顔だけ向け、笑ってみせる。
「言わんでええんか。『敵に後ろを見せるとは、自分の勝ちのようですな』、との」
すぐにその頬が震え、武器を握る四腕が震え。素手の四腕も拳に握り締められる。
「――おのれ……どこまで
背を向けたまま崇春は腕を組む。
「言わんでええ、聞き飽きたわ。仏法者なら言葉でなく、生き様で示さんかい。その目指す悟りは、言葉では語れんものなればのう」
歯軋りの後、
「――【
背を向けたまま崇春はつぶやく。
「すまぬ。愚弄が過ぎたわ……なんせお
突き出す。両手に結んだ印を。
「オン・ビロダキシャ・ウン」
花が咲いたようなその印の周り、空気が揺らぎ。それが流れ出し、風となり。渦を巻き、音を立て。やがて崇春の握った手、右拳の上で。吹き
「受けよ――【
振るう拳のその先へと、解き放たれた崇春の嵐は。
竜巻のように迫る明王の巨体、その回転の芯をぶれさせ。繰り出す腕の勢いを弱め。吹き飛ばしていた、体育館の端へと。
盛大な音を立ててその体が壁へと打ち当たる、そのとき。
崇春は叫んでいた。
「今じゃ! 斉藤!」
「ウス! 【地獄道、大大大大・大針林】!!」
斉藤が床へ手を叩きつける。同時、体育館の端一帯、その床から針の群れが伸び。遥か高く、天井からも針が伸び。一方それを待ち切れぬとばかりに、辺りの壁からも斜め下へ、貫き留めるように針が伸び。
床へと落下しつつあった、
そこへ崇春は走り込み、鬼神の拳を振るう。
「【真・スシュンパンチ】じゃあ!」
その拳は針山もろとも、敵の体を打ち破りはしたが。見る間にその肉片が、黒い塵となった体の欠片が。宙で黒く渦を巻く。
「――無駄だと申し上げたはず――」
くぐもって響くその声が終わらぬ間に。
「おぉ、こおおおおぉ……」
崇春は強く息を吐き、長く深く息を吸う。空気を、風を、自らに取り込もうとするかのように。
そして、拳を振りかぶった。
「【
振るう拳のその先から、空気が渦を巻く。強く速く渦を巻く。黒い塵の織り成す渦など、軽々と巻き込み、散らすほどに。
「――な……にぃぃ!?」
黒い螺旋の約半分は、崇春の嵐に巻き込まれて。その拳の先へと吹き飛ばされた。体育館の彼方、二人が入ってきた場所。開け放たれたままの、大扉の先へ。
「よっしゃああああ!!」
床を踏み割るような勢いで崇春はその扉へと駆け、渡り廊下のさらに先へと飛ばされていく塵を見送った後。重く音を立てて、大扉を閉め切った。
「――しまっ――」
「どっせえええぇいっ! どっせどっせぇぇい!」
崇春は大扉から片側へ駆け、辺りの扉――用具入れの引き戸、トイレのドア、更衣室のドア――を開けていく。そして。
「【
振るう風が。半分残った螺旋を三つに断ち、吹き飛ばした。用具入れへ、トイレへ、更衣室へ。
そして崇春はすかさず駆け、全ての扉を閉め切った。
「――た……!」
辺りにいくらか残った塵が、悲鳴の続きをつぶやいたが。
「これで仕舞いじゃああ!」
さらに振るう拳、巻き起こる風に絡め取られ、入り込まされた。崇春が懐から出した、ペットボトルの中へと。
おもむろにふたを閉め、崇春が言う。
「今度こそ。勝負、あったの」
崇春は覚えていた、粉々になった
それは決して、新たな肉体が生え出てくるのではなく。散り散りになった体の欠片が元の位置に集まり、つながるといったものだった。まるでジグソーパズルのように。
「かき混ぜたジグソーパズル、それを別々の場所にしまい込んで。さてさていったい、いつ完成するものやらの」
「――くっ……!」
ペットボトルの中から小さな
そのとき、体育館の端を何匹かの蛇が、入口の方へと走ったが。
「喝ぁっ!」
それも風の拳に打ち破られ、黒い塵と化した。
崇春は入口のもう片側、先ほど塵を閉じ込めたのとは反対側へと駆け、別のトイレと更衣室の扉を開け。新たな風を起こして、蛇の化した塵を閉じ込めた。
「なるほど、こうしたときの用心のため、蛇を残しておいたんか。じゃがそれも――」
崇春の声が終わらぬ間に、ペットボトルが手の内で震えた。
「――くっ、ふふ……はは、お見事……!」
いっそ
「――お見事。この
声は続いていたが、構わず崇春はつぶやく。
「そちらこそ見事な敵じゃったわ、
音を立てて倒れ込む。体育館の床に大の字に。
「皆には、悪いが……休まんことには、動けそうにもないわ……」
照明の光る、遥か高い天井を眺めながら、目を閉じた。
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