五ノ巻9話 司(つかさど)るもの
梁に腹を引っかけ、手足をぶら下がらせた格好のまま。崇春はただ、瞬きしていた。
言葉は出なかった。呼吸がどうにかできるばかりだった。
腕は動くか、脚は――四肢の指先だけがそれに応えた。手足を動かし、よじ登ることができるかは怪しかった。
遥か下、こちらへ合掌する
ステージ上に座ったままの斉藤に目をやる。その目、真っ直ぐに向けられた視線に、崇春は首を横に振った。先ほど、明王に振り回されていたときと同じく。
――まだぞ、まだ。お
おそらく斉藤の力は、この戦いで見せたほどの大技は。使えたとして、あと一度。
ゆえに、窮地を脱するためだけに使うわけにはいかない。相手を倒す方法を見切った上で放つ、詰みのための一手でなくてはならない――そうした感覚を言葉や思考ではなく、体感として崇春は得ていた。
首を巡らし、辺りにつかめそうな鉄骨がないか探ろうとして。崇春は目を細めた――まぶしい、目を向けた方にちょうど照明が――。
そこでふと、口を開けた。
「……こりゃ、あ……?」
手足をぶらつかせたまま、腹の奥からどうにか声を絞り出す。
「ぉお……う。のう、
「――無理をなさらぬよう。勝負あったと見受けましたが」
ぶら下がったまま崇春は笑う。
「どうかの。ところで、じゃが」
横の照明を目線で示す。
「これら電気、それに水道も……お
苦笑して続ける。
「百見ならすぐに分かるんじゃろうが、何分不勉強での……」
そこで息が詰まり、むせ返った。
「――なかなかの
八腕の一つで首の後ろをかく。
「――我らの術で創り出した異界、我らが
「なるほど、の……」
崇春は改めて照明に目をやる。白くまばゆい光、目を細めずにはいられないほどの。
この電気、この光が、怪仏の創り出したもの。
そこまで考えたとき、顔を上げたせいでバランスが崩れたか。崇春の腹が鉄骨の上を滑り。
足から、宙へと落ちた。
「む……ううううぅぅーーっっ!!?」
数秒ほどの間に思う、体全てで風を切りながら――そう風、空気、この空間の、体に当たり肺に入る、つまりは本物と
「……む?」
知っている。知っている、その感覚を――思い出した。
「オン・ビロダキシャ・ウン!」
放つ真言と共に、床へと突き出す手の印。その周囲で空気が渦を巻き、吹きゆく風となり、溢れ。崇春の手の先で、躍る。
「喝ぁっっ!!」
目前に迫る床へと叩きつける、風を。
「――な……!?」
風圧から顔を背け、いくつかの腕を頭の方へ上げる
その前に、崇春は立っていた。
「ほう……敵を目前に、目を背けるとはの」
笑う。かすれた呼吸を繰り返しながら。
「どうやらわしの……勝ちのようじゃい」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます