四ノ巻11話 (後編)
「! 帝釈天!」
「――ははっ!」
紫苑の叫びに弾かれたように。渦の外にいた帝釈天が
そこから放たれた稲妻が、風を裂くように白く閃き。シバヅキの手にしたナイフを打った。
「が……!!」
火花を上げたナイフを取り落とし、震えながらひざをつくシバヅキ。
同時、辺りを覆うように
「今だ! 【
倒れたままの紫苑が小さく槌を持ち上げて地面を打つ。その先から湧き出た小判の群れが、波となってシバヅキを打ちのめした。
帝釈天が倒れたシバヅキを見下ろし、縮れた
「――ヒンドゥー教において主神の一柱とされる
歯を剥いて笑ってみせる。
「――だからといって思うたか?
シバヅキは応えず、倒れたまま目だけを帝釈天に向ける。ナイフをなくしたその手は、しかし一つの形を取っていた。
右手は拳に握り、親指と人差指だけを軽く伸ばす。そして親指で人差指の爪を押さえ、軽く曲げる。左手はそこに組み合わせはせず、親指、人差指、中指を合わせて伸ばした形。
「オン・イシャナエイ・ソワカ……」
その両手の間の空間から。
一直線に
「――ば……ぁっ!?」
身を折り曲げ、足を地から浮かせた帝釈天は、そのまま吹き飛ばされて地に落ちた。
大槌を杖のようについて紫苑が立ち上がる。
「なるほど、相性が良いようだ。伊舎那天の力の方は、ナイフを媒介とせずとも使えるとはね。実に嫌なニュースだよ」
立ち上がり、ナイフを拾うシバヅキ。その目は、じっ、と紫苑を見ていた。
「大暗、黒天……シぃぃオぉぉン……!」
不意に、手にしたナイフを。思い切り、天へと向けて放り上げた。まるで雲でも目がけたかのように。
そして、空いた両の手は。先ほどの印を再び結んでいた。
「オン・イシャナエイ・ソワカ……!」
その言葉が終わると同時。風が吹いた、天と地とに。
天の高みで鳴る風は、投げ上げられたナイフを捕らえた。緩やかな放物線を描いていたナイフが気流に押され、突如として稲妻のような、鋭角的な軌跡を描き始める。
それは紫苑を目がけて素早く落ち来る。回避させまいとするかのように、右に左に軌道を変えながら。
一方、地上で吹き荒ぶ風は。ばん、と鳴る音さえ立てて、そこに立つ者を打ち据えた。紫苑も、周囲の崇春らさえ。
「ぐ……!」
顔をしかめ、足をよろめかせつつ。紫苑は足を継いでこらえた。崇春らも倒れはしなかった。
が。そのときにはもう、シバヅキの網にかかっていた。
地を這うように低く渦を描く風が、全員の足元にまとわりついていた。いや、巻きついていた。
巻きつき巻き込み、地に縛りつけるかのような気流が重く、巻き起こっていた。それはまるで両の足それぞれを中心とした、小さな台風。ただし腹から上には、そよ、とも影響を及ぼさない、足腰だけを重く絡め取る暴風。
「何……!」
紫苑の顔がこわばる。何度も足を風から抜こうとするが、びくともしない。
「ふんぬぐううううぅ!」
崇春が腰を落とし、歯を噛み締めて力を込める。どうにか片脚を上げたが、すぐに風に引かれ、地に吸いつけられるように落ちる。その足を踏ん張り、逆の脚を上げるも、同じ結果となった。
「ぐう……おのれえええ!」
それを繰り返し足を引きずって紫苑の方へ向かおうとするが、到底間に合いそうにもない。
至寂が顔を歪める。
「不覚、拙僧としたことが……! 不動明王!」
傍らの明王が、その背を越える大剣を振るい。至寂の足にまとわりつく、風の――業の――流れを断ち切る。
気勢を上げるかのように、明王の背負う炎が音を上げ燃え盛る中。至寂は紫苑を目がけて駆ける。
だが。そのときにはもう、風に操られたナイフが、紫苑へと迫っていた。
紫苑は目をつむっていた。腰を落とし身を折り曲げていた、刃から少しでも身を遠ざけようとするかのように。
だが。その両腕は力の限り、槌を地面に叩きつけ。その口は叫んでいた、真言を。「オン・ビシビシ・ンッシャ・バラギャテイ・ソワカ……打ち出せ
打ち出された、黒い輝きを帯びた黄金の間欠泉が。紫苑の足下、いや、やや背後の地面から。上ではなく、斜め前に向かって。紫苑自身を吹き飛ばすように。
「ぐおおおおおっっ!?」
それは打ち上げていた、紫苑の体を。噴き出す黄金でその身を容赦なく打ち据え、悲鳴を上げさせながら。彼の脚を縛りつけていた、気流を無理やりに断ち切って。
そして、彼が斜め前方へと打ち上げられた先にいたのは。
印を結んだまま棒立ちの、シバヅキ。
「が、アぁぁっ!」
紫苑自身の体と、それを押し流した黄金の流れに打ち当たり。巻き込まれるようにシバヅキは倒されていた。
紫苑もまた地に倒れたが、シバヅキよりも早かった――立ち上がるのも、武器を構え直すのも。
シバヅキと地面とに打ち当たった頭から、小判に打たれた背から、血を流しつつも槌を振るった。
「打ち出せ……【
小さく、しかし素早く振るう槌が、シバヅキの背を打つ。
「が……アぁぁぁっっ!?」
その身を、肌を内から破いて。シバヅキの背から黄金の群れが吹き上がり、血と共に舞い散った。
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