四ノ巻3話 それの名は
百見は静かに説明した。
以前、斉藤に
それができなかったのだという。弾かれたように、拒まれたように。毘沙門天も、吉祥天も。
「一応言っておくが、斉藤くんのときのように【
理解しているか確かめるようにかすみを見て一拍おき、それから続けた。
「その怪仏への理解が、その怪仏の情報があまりに少ない場合。特に、その怪仏の名が正確に分かっていない状態ではほぼ不可能」
指折り数えながら言う。
「毘沙門天、吉祥天、刀八毘沙門天……その名を試したが、いっこうに封じられなかった。二体ともだ……だいたいそう、君が『二体の』怪仏と
眼鏡を押し上げ、かすみの目をのぞき込んだ。
「いったい。何なんだ、あれらは」
「何、って……」
目を瞬かせるかすみにも分からない。
それにしても、あの夢――巨大な筆が怪仏とかすみに迫りくる――は、百見の力のせいだったのだろう。
百見が大きくため息をつく。
「まあ、分からないなら仕方ない。その怪仏がどういう存在なのか調べていくしかないか……可能な限り急ぎたいものだ、悪用されてはまずい」
思い出したように顔を上げて言った。
「それはそうと。一応彼の名誉のため言っておくが、崇春の方は反対していた。君に断りなく怪仏を封印することにはね」
崇春は腕組みをし、わずかに視線をそらす。
「いや、封ずること自体はともかくとして。谷﨑の了解を得てからにすべきと言うたんじゃが……」
その意見を聞く限りは、崇春の方が常識的だが。
しかし、百見は首を横に振る。
「僕はそれに反対だった、可能な限り早く封じておきたかった。加えるに――先ほどは冗談で済んだが――もしも本当に君が怪仏に操られていたら、致命的な事態にもなりかねなかったわけだしね。まあそのように意見が対立したわけだが……その辺は平和裏に解決した。こんな風に――」
崇春に向けて拳を突き出し、リズムを取るように振ってみせる。
「行くぞ? 行くぞ、さーい・しょー・……」
『最・初・は・グー』、そう言うようにリズムを取る。
崇春も合わせて、拳をグーに握った。
が。
「――っから・ホォォイ!」
雄叫びと共に百見は繰り出した。未だグーの崇春の拳の前に、パーに変えた手を。
「っしゃあああ勝ちぃぃぃ!」
さらなる雄叫びを上げ、握った拳を天に突き上げる百見。
「っくうううぅぅ……! わしの負けじゃあああ……またしても!」
一方、畳に拳を叩きつけ、崇春は歯を噛み絞めていた。
かすみは叫ぶ。
「いや……卑怯!? そしてテンションおかしい! っていうかさっきもやったんでしょこれ、崇春さんも同じ手に引っかからないで下さーーーい!」
百見は真顔で言う。
「まあそんな茶番はいいとしてだ」
じゃあ何でやったんだ。
そんなかすみの疑念を――間違いなく気づいてはいるだろうが――気にした様子もなく、百見は言う。
「
万年筆とハードカバーの本――愛用の、白紙の雑記帳――を手にして続ける。
「君の口から状況を聞きたい。僕たちと別れてから何があったのか。なぜ君と賀来さんが怪仏の力を得たのか。そして敵は何者か、目的は。渦生さんや斉藤くんから事情は聞いたが、あくまで断片的な情報だ――斉藤くんや賀来さんは途中で倒れていたようだし、渦生さんが来たのはその後だ――。詳しい話を聞きたい」
そこまで聞いて、がば、とかすみは顔を上げる――そうだそのことだ、一番にそっちだろう、何て薄情なんだ私は――。
「賀来さん! それに斉藤さん、二人は無事ですか!?」
「もちろん。しかるべき手当てをして話を聞いた後、先に帰ってもらっている。怪仏に操られていたという賀来さんも、しっかり意識を取り戻しているよ」
うなずいて、百見は続けた。
「君のおかげだ。本当に、よくやってくれた」
百見は微笑みさえ浮かべてそう言ってくれたが。
温かなはずの、その言葉が鈍く突き刺さる。
「あの」
小さく片手を上げた。どうしても顔はうつむく。とても百見の顔を見ていられない。崇春にどんな顔で見られるか、知りたくない。
「……私の、せいです」
消え入りそうな声をどうにか、それだけ絞り出せた。
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