四ノ巻1話 戦い済んで、まだ夜は明けず
――それよりも以前、
――駆けていた、駆けていた。
駆けていた、駆けていた。制服のブレザーをはためかせ、スカートの裾が乱れるのも構わず。何かを追って懸命に――だがしかし、何を追っていたのだったろうか――。
思う間にも見えた、霧の向こうを駆けてゆくその人が。大きな背をかすみに向け、何かを追うように走っていく
そしてその先。怪仏事件の全ての黒幕――と思われる者――、東条
追いつこうと足を速めたそのとき。かすみの中から、その背から、それらは出た。ぬぅ、と引きずり出されたように――ぬらつく
花弁のような裾をひらめかせ、緩く宙に舞う
かすみの倍ほどもある背丈、柱のような脚で地を揺らし、駆けていくのは
自らの意思で
「吉祥天、毘沙門天! あの人たちを――黒幕を捕らえて!」
けれど、黒幕の背を指差す
毘沙門天はといえば、黒幕をにらんではいたが。その目が不意に、天へと向けられる。
白い霧の立ち込める中、そこだけ不思議に明るい雲――淡く光を帯びた、夜明け前のような日暮れ後のような、どこかセピア色の一面の雲――から。つ、と筆が差し出された。たとえるなら海を
それが毘沙門天へと差し出され、その体へと下ろされる――押し潰すでもなく打ち落とすでもなく、
筆先が触れたその体の上。弾けるような焦げるような音を立て、黒い電撃のような光が
怒ったように振り回す、毘沙門天の
が、やはり同じだった。大きな目を瞬かせ、小首をかしげる吉祥天の体に触れた筆は、同じく黒い電光を上げて弾かれた。
吉祥天は気分を害したように頬を膨らませると、目の下を指で引き下げ、んべぇ、と舌を出してみせた。筆へ向けて。
次に筆が向かってきたのは、かすみの方だった。
す、と淀みない動きで差し出された筆先は、視界の全てを覆うような毛の群れはかすみの胸へ、その内側へ沈むかと思えたが。同じだった、黒い電撃が弾いた。筆の穂先も、かすみをも弾き飛ばすように。
「あっ……!?」
しびれるような痛みに顔を歪めたとき。
毘沙門天もまた、その顔を――いや、その姿を――歪めていた。
肉を裂く音を上げて生え出る、新たな三つの顔。血の
四面十
そして四つの顔、その目の一つが別の敵を
四つの顔は唇を吊り上げ歯を剥き出し――怒りに顔を歪めたか、それとも笑ったのか――、八つの腕は刀を振り上げ、残る二腕は宝塔と
空を裂く音を立て、その巨体ごと叩きつけるように振るい下ろした剛刀の群れは。
斬り裂いた、確かな手応えをその手に返して――その感触は
東条
血を噴き出させて裂いていた。崇春さえも、もろともに――。
「ぅ……わああああぁぁっっ!!」
叫びと共に毛布を払いのけ、畳の上で身を起こしたかすみは。
「大丈夫か
ものの見事に打ち倒した。様子を見ようとしてか、顔を近づけていた崇春を。自らの額で。
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