四ノ巻『胸中語るは大暗黒天』 序 預けるその背は大暗黒天
――
昨日――そう
その男が、今。土下座していた頭を上げた――生徒会室の床の上で。
「――と、いうわけさ。僕が怪仏を操る力を得た理由、それを人に
東条紫苑は、にこやかにそう言った。土下座した男の顔ではなかった。何の陰りもなく穏やかに、気づかう様子すら見せて、かすみたち一人一人の顔を見渡していた。
背筋を伸ばして正座したその男だけが、まるでその場に立つ全員を見下ろしているかのようだった。玉座から臣下らを見渡す王のように。
距離を取って立っていた
「総合して言わせてもらうが。ふざけた話だね」
片手でひじを支えたまま、もう片方の手の指で眼鏡を押し上げる。
「その話、仮に事実だったとして。そこに正当性があるとでも?」
座した紫苑の表情は変わらない。浴びせられた声を柔らかく受け止めるように、微笑んだまま穏やかな声で言った。
「いいや? 事実は事実、だが全てを正当というつもりはないんだよ。僕のわがままも多分にあるんだが――、だが、だよ?」
並びの良い、白い歯を見せて表情を崩す。小さないたずらがばれた子供のように。
「僕の言った経緯を事実と仮定して考えて欲しい。ついでに、七福神の話も事実として。それぐらいの役得は、ズルは許されるんじゃないかな? なにせ――」
そのとき。
「崇春さん……!」
「崇春!」
かすみと百見は声を上げた――黒幕の目の前、あまりに無警戒過ぎる――が。
崇春は
「なるほどのう。お
その目を真っ直ぐ見返し――どこか嬉しそうな色をその目元にたたえて――、穏やかな顔で紫苑はうなずく。
「ああ、なにせ。僕は守ってきたんだからね、経緯はどうあれ、正当性はどうあれ……この学校を。生徒の皆を。怪仏の脅威から――」
その言葉の途中。高い音と共に叩き割られた、生徒会室の窓が外から。
跳び込むように体を窓に浴びせ、無数のガラス片と共に室内へ下り立った者――ナイフを握った手を床について背を丸め、擦り切れた長いコートに身を包んだその男――が、ゆっくりと顔を上げる。
整ったその顔は――やつれたように頬がこけ、栄養が足りないかのように髪がざらついた以外は。そして目の下から鼻筋を通り、横一文字に太い傷痕が走る他は――、生徒会長、東条紫苑と同じだった。
ゆらり、と立ち上がるその男は。うつむいたまま、表情もなく。東条紫苑へナイフを向けた。
服のほこりを払って立ち上がり、身構えながら紫苑が言う。
「そう、守ってきた。まさに、奴から。そして奴の――」
ナイフを構えた、もの言わぬ男の背から。
ゆらり、と、もやが立つ。黒い光を帯びたそれが一つの形を取っていく。青い肌、武器を握った四本の腕。黒く豊かな髪と額に第三の目を
紫苑は言う。
「奴の怪仏。我が『
紫苑の背から、もやが立ち上がる。その身を包むような黒いもやが。
「奴だけは僕が止める。その責が僕にはある」
どっこらせ、とつぶやきながら、その傍らに崇春が立つ。
構えを取るその背から、金色のもやが立ち昇る。
驚いたように見てくる、紫苑の目を見返して言う。
「気に食わん。お
敵に顔を向けながら、目だけで崇春を見て。口元で笑って紫苑は言う。
「義によって助太刀いたす、と?」
敵を見据えたまま崇春は言う。
「いいや。たまたま同じ方を向いたまでよ」
微笑んで紫苑がうなずく。
「ありがとう。それより……来るぞ。奴が――大自在天の男、『シバヅキ』が」
崇春が自らの分厚い掌に、重く拳を打ちつける。
「応よ!」
身構える二人に向かい、今。ナイフを構えた、大自在天の男が跳びくる。
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