三ノ巻17話  再び、追う


 ――一方、そのかなり前。


「おのれええぇ! 待て、待たんかああああぁぁ!」

 叩きつけるような足音を三階の廊下に響かせ、崇春は怪仏を追っていた。


「はっはっは! さらばだ諸君、また会おう! 次回の私にうご期待! 極聖烈光きょくせいれっこうライトカノン、応援よろしくうううぅ!」

 その遥か前をライトカノンが、声を響かせながら廊下の角を曲がる。


 崇春は角の手前で足を止め、ブレーキをかけつつ――草鞋わらじなのでどうしても滑る――滑走。その数瞬に大きく息を吐いて吸い、呼吸を整える。

 そこから方向転換し、再び足を動かそうとしたそのとき。


「どこだ、こっちかおらァ! ……って、だああッ!?」

 反対側から駆けてきた円次と正面からぶつかり、お互いが倒れる。


 円次が顔をしかめて立ち上がる。

「畜生……またかよオイ!」


 この放課後に、怪仏らは何度も現れた。崇春らは当然それを追いかけたが、いずれも見失っている。

 それは今回のように二方向から追った――偶然そうなった場合も、連絡を取り合って追い詰めようとした場合もあるが――状況でもそうだった。


 円次は舌打ち一つ、腹いせのように横の教室の引き戸を蹴る。それは大きな音を立てたが、室内に反応する者は誰もいなかった。放課後だから、というだけではなく。普段から使用されていない空き教室だった。


 しばらくして、息を切らして百見が駆けつける。

 立ち尽くす円次と廊下に腰を下ろしたままの崇春を見て、何も言わず息を整える。


 崇春は床を叩いた。

「おのれ……なぜじゃ! なんであとわずかのところで、いつもいつも逃げられるんじゃい!」

 円次も口元を歪める。

「ああ、まさに神出鬼没ッつーかよ……」


 百見の眉が不意に、ぴくりと動く。

「神出鬼没……、なぜ、か……。そうだ、それがおかしい……整理しよう」

 あごに指を当て、その手の肘を反対の手で支えながら言う。

「まず、僕たちが奴らを追いかけてきて。どうやって逃げられてきた?」


 崇春が言う。

「そりゃあ、ものすごい速さで振り切られたりじゃが――」

「それがまずおかしい。僕や谷﨑さんならともかく、崇春の足をそんな簡単に振り切れるのか? 仮に振り切れたとして、あの目立つ格好でどこまで走るんだ? 行く先々でもっと騒ぎが起こるはず。そうすれば僕らも、それを聞きつけてさらに追跡できただろう」


 円次が眉根を寄せる。

「つまり……どっかで消える、ッてことか? 瞬間移動的な?」

 百見は小さく首をひねる。

「もちろん、あの怪仏がそうした能力を持っている可能性もありますが。僕らはその瞬間を見たわけではない。あの目立ちたがり屋の怪仏なら、これ見よがしに目の前で使ってもおかしくないのに」

 目立ちたがり屋、と聞いたところで、崇春が強く拳を握る。


 それには取り合わず、百見は続けた。

「怪仏ならおそらく、本地ほんじ――本体たる人間――がいるはず。もちろん先日の帝釈天のような、本地を持たない状態の怪仏も存在はしますが。業を得て真の力を発揮するには、本地の存在が不可欠」


 円次がさらに顔をしかめる。

「じゃあ何か、その人間が消えたりしたっての……ン? あれ、違うか……そうか、人間に戻りさえすりゃ、その辺にまぎれ込めるッてことか」


「ええ。ただし『人目につかない所で怪仏の姿を解く』ことが必要ですが」

 円次はまたも頬を歪める。

「人目につかないッてどこだよ、学校でよ。だいたいそれでも変だろ、さっきもだけどよ。二方向から追ってきてどこにもいないッて何だよ」


 百見は肩をすくめてみせた。

「さあ。どこかに隠れているんじゃないですか? 人目につかない所に」

 円次は荒く波打った髪をかきむしる。

「さあじゃねェよ、どこだよ隠れるッて! こことかだって鍵が――」

 言いながら引っ張ってみた空き教室の引き戸は、確かに鍵がかかっていて。音を立てるばかりで開かなかったが。

 円次はその手を不意に止めた。

「――かかって、って。……鍵?」


 百見はうなずく。

「単純な話。空き教室、専門教科の教室、倉庫や準備室……それらのマスターキーを、仮にそいつらが持っていたなら。ずいぶん増えるでしょうね、人目につかない場所、隠れる場所の選択肢が。――崇春!」


「応よ!」

 立ち上がる崇春は、大きな拳を分厚い手で、固い音を立てて握り鳴らす。


 百見は高らかに声を上げる。

「さあけ崇春、この扉を叩き壊せ! できるだけ静かに! そして後で直すとき、最小限の能力で済むように! あと破片とかこっちに飛び散らないように、できればほこりも立てないように気をつけて――」

「注文多いなオイ……」

 円次のつぶやきも、百見の注文も聞いていたかどうか。

「どっせえええぇい!!」

 崇春は肩から突進し、両開きの引き戸を二枚同時にぶっ飛ばした。盛大な破壊音と共に。


「君は馬鹿かっ! 静かにやれと――」

 百見の声が響く中。空き教室の後ろ、備えつけの掃除用具入れが。破壊音に驚くように、がたり、と震えた。


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